第37話 最後に記憶に残るなら、満面の笑みで

紫仙は急いで桜利の後を追って、海岸に向かう。先ほどの在原との会話で特に危険はないことはわかっているが、PFSのメンバーと遭遇している可能性を紫仙は考えた。


だからこそ、その光景は紫仙の目に強烈に突き刺さった。


「何やってんだ。お前」


浮いている桜利の体と横に並んでいる魔女を見て、紫仙は紫焔を出して刀を構える。


「不敬だな」


紫仙の横に来た魔女に対して、紫仙はすぐさま距離を取る。


「勝てると思っているのか」


「負ける気はないな」


実際、この魔女と対面した紫仙は万全の状態でも荷が重いのはわかっていた。魔女の眼は宇宙のように真っ暗でどこまでも続いているような美しさがあり、紫仙は一瞬引き込まれた。


「ボケっとするな」


魔女は紫仙の額を爪でつっつく。近づかれたことに全く紫仙は気づかなかった。


「ゆらゆら、ふらふら…」


紫仙は詠唱を行い、紫蝶での短期戦を狙う。能力自体が不安定な状況だったが、この状況においてはやむを得ないと考えた。


「そいつは無しだ」


ワントーン下がった魔女の声が、紫仙の耳に入ると同時に紫仙の左手が切り落とされ思わず膝をついた。


「ここで死にたいか」


魔女強者紫仙弱者に問う。


「諦める気はないね。お前に立ち向かうために俺の人生があった。ここで、戦うから今日まで強くなってきたと思ってる」


右手に持つ刀を地面に刺し、それを支えにして再び立ち上がる。


「生きていたら何がしたい?」


「...その子の生きる時代を見ていたい」


紫仙は桜利の方向を見る。


「つまらない答えだ。しかし、まぁ合格だな」


魔女は紫仙の傷口に触れ魔法を唱える。紫仙の傷の痛みがゆっくりと引き始めた。


「何をした?」


「貴様の左腕はとうの昔に腐っていた。だから、私に不敬を働いた罰として切り落とした。治療は済んだから痛みは無いはずだが?」


紫仙は痛みを今は感じていない。むしろ体の調子が良くなったと感じる。


「何が目的だ」


「ここに来た理由は実験をしに来ただけだ。実験結果がそれだ」


魔女は桜利のことを指差す。


「なんの実験だ」


「死んだ人間を生き返らせる実験。止まった人間の針をもう一回動かせるかの実験だな」


「お前がやったのか」


紫仙の脳内には一瞬、最悪の可能性が浮かび上がった。


「安心しろ。私が来た時にはすでに多くの人間が死んでいた。もちろんこの実験体も。死んでいる人間なら問題ないだろうと死体を再利用させてもらった。こいつを殺した奴に関しても私が作った人形が殺しておいた」


「わかった、その子はいつ起きるの?」


「わからん。心臓自体は動いているがまだ、生き返ってきたわけではないからな」


「なるほどな」


紫仙は一度冷静になって考え始める。まず、紫仙は桜利は必ず息を吹き返すと確信していた。そうしなければそもそも考える理由が無くなってしまう。その場合このあと何をするべきかを考える。数日、下手すると数年起きないことも想定しなくてはならない。その時に何が必要か、ここから何か起こせるアクションがないか考える。


「ここから、お前は脱出する手段はあるのか?」


「ある」


「この子も一緒に連れていくことはできるか?脱出した後に『鷲宮風也』にその子を渡すことはできるか?」


紫仙の問いに魔女は答えない。魔女の視線は紫仙の紫色の眼に吸い込まれていた。


「できるとも。あぁ、できるとも」


漏れるような笑いから、高笑いをする魔女は紫仙の質問に返す。


「貴様はそれに命を賭けるのか?」


「やってくれるんだな」


魔女は紫仙の願いを承諾した。むしろ、叶えてやりたいと思ってしまうほどにその紫色に輝く眼が美しく見えていた。紫仙は魔女についてくるように伝えてC地点まで戻る。


「久しくこんな光景を目にすることはなかったが、酷いさまだな」


「…そうだな」


改めてその光景を目にしたとき、紫仙と魔女からは同じ感想が出てきた。あたりには雪が積もっているが隙間から死体が見えていた。


「こっちだ」


紫仙は魔女とともに建物の中の管理室の中に入っていく。


「ここから脱出するのはすぐに可能なのか?」


「数分あれば可能だな。お前は何が狙いでここに来たんだ?」


魔女は紫仙の行動の意図が読めなかった。紫仙はその場にあるパソコンを起動するとUSBを刺してファイルを開き始める。


「暇ならこっちの手伝いをしてくれないか。どこかに名簿があるはずなんだがそれを探してくれ。あと、重要そうな資料があったら取って欲しい」


魔女は素直に指示に従い手近なファイルを手に取る。ページめくりながらその情報を女は記憶していく。一方の紫仙はパソコンの中のファイルを開いては保存するを繰り返していく。USBの数はすでに3本を超えた。





「こっちは終わったぞ。一通り見たがそれらしきものはなかった」


一通りの資料を見た女は紫仙に伝えると、紫仙も5本目のUSBを引き抜いた。


「こっちも終わった。名簿は電子化されているみたいだ。そっちは何かあったか?」


魔女は首を横に振る。2人は建物を出ると少し広いところに向かった。


「じゃあ、頼めるか」


「その前に聞きたいのだが、お前の能力はなんだ」


女の声はワントーン下がり眼光で紫仙に圧をかけた。濁すなと言わんばかりの圧力をたった一言で出す。


「エネルギー変換。変換元は太陽だ」


すんなりと話した紫仙はふと空を見上げると、闇夜に分厚い雲がかかっているのが見える。その雲は少し紫仙を不安にさせたが、それでも紫焔を展開した。


「...もしやこの雲は邪魔か?」


魔法陣の展開をした魔女が話しかけた。


「そうだな。それでも何とかなるとは思う」


その言葉を聞いた魔女は空に向かって詠唱する。その瞬間、ゆっくりと空が割れ満天の空が顔をのぞかせた。


「マジかよ」


笑いながらも、流石に紫仙も少し引いた。だが、条件はそろった。普段の変換を超えるレベルまで引き上げても、不思議と今の紫仙は何も感じず、むしろ気分が高揚していた。


「助かる。なんかわくわくしてきたよ」


紫色を輝かせた眼で女に向かって紫仙は礼を伝えた。


「...名前は?これから未来に賭ける者の名を私は知りたくなった」


「紫仙紅葉。そっちは?」


「白銀の魔女。人は私をそう呼んでいるな」


紫仙はその名を聞いて驚いた。人伝に聞いていたが本当に存在しているとは思わなかった。その人は彼女の存在を一言で表すならば「理不尽」と言っており、紫仙は先程のことを思い出すと納得した。魔女はテレポートの準備を始める。




光り始める魔法陣に紫仙は近づき、桜利のポケットにUSBを入れ、手を握った。


「よく頑張った。だが、ここからはもっと厳しい戦いが待ってる。それでもそれでも君なら、必ず乗り越えられる。信じてるからな。ごめんな」


別れの挨拶


「よく、笑えるな」


「『せめて、別れぎはに見せる顔は笑顔で』って昔言われたんだよ」


「やはり...特別なのだな。さようなら紫仙紅葉」


静かになった島では、紫色の炎が激しく燃え、蝶が舞う。紫仙は右手に刀を持ち構える。




常寂光 頂に咲く太陽 心はここに 円環再び 待つ我が心



「火影焔」


刀を積もる雪を貫き地面に突き刺す。紫色の炎は深く深く伸びていく。やがて、巨大な地響きとともに大地が割れ始めた。それでも紫仙は刀を離さず、紫焔の変換のギアを上げていく。



やがて、その島は原形を残すことなく壊れる。



意識が無くなりかけ、落ちていくなか、紫仙は一人の少年を思い続けた。



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