第36話 格の違いは会話に現れる
「申し訳ないけど、どちら様?こちらもいろいろと立て込んでて、人を待たせているんだ。持ち物検査って任意だよな?」
柿沼はすぐに男に返す。
「ただ今キャンペーン中でして、なんと無料で強制的に持ち物検査をやらせていただいてます」
男は笑顔で返す。
「何者?」
「人の名前聞くなら、先にそっちから言うのが、せめてもの礼儀なんじゃないの」
「柿沼」
「あーそうくるのか」
男はその返事が来るなら、先に自分たちの方を教えた方が早いと思った。
「わかった。『六花仙』の有原です。本物です」
その発言に対して、柿沼の顔は緊張感を表す。
「偽名を教えてしまって悪かった。紫仙紅葉だ。あと、そこに隠れてるのはあんたの仲間か?」
紫仙は草むらを指差す。
「なんでバレてるんですか。私」
草むらの中から男の同僚である文屋が出てくる。
「殺気の殺し方はうまかったと思うけど、むしろそれが違和感につながってわかったかな。アドバイスみたいになるけど多分、殺気を殺すより隠すことをイメージしたほうがいいかも。それなら、バレにくいし意識の振り方も楽になると思う」
「えー、殺そうと思った人からアドバイスもらうのは初めてなんですけど」
つぶやきながら、文屋は在原と紫仙の間に移動して、柿沼を囲むように立った。文屋はその際ずっと銃口を柿沼に向けている。
「これ、ほんとに荷物検査?」
「荷物検査してもいいけど、どうする?正直そんなに素直に従ってくれるとは思ってなくて」
在原は紫仙に対して困り顔で問いかける。
「なんでそんなに親しげなんですか?知り合いとかなんですか?」
「...もしかしてこの子知らない子?」
紫仙が在原に問いかける。
「...よく考えれば、うちら守護者ができたのもあの事件の後だから、知らなくても当然か」
在原と紫仙は軽いジェネレーションギャップを感じさせられた。
「この人は元天皇家直属特別近衛騎士団『木の葉』の人だよ」
「ごめんなさい。名前が長すぎてわかりませんでした。もっと簡潔にお願いできますか」
「おたくら六花仙の前任みたいなものだよ。あと、俺自身は木の葉に所属していたわけではない」
紫仙は説明の助け船を流した。
「互いに面識は?」
「俺はない」
「一方的に見たことはあるかな」
紫仙は面識がなく、在原はあると言う。
「それで、荷物検査しないなら何が目的なんだ」
自己紹介もそこそこに、紫仙は早く話を進めるように促す。ここで時間を使っている間に、桜利の方に何かあっては、自分たちのここまでの苦労が水の泡になってしまう。
「以前、軍とこの試験を実施している高校側での密約が確認された。その調査の一環で、ここに何か繋がりの証拠になるものがあるのではないかと思って調査に来た。加えるなら、私はここに絶対にあると思ってる。何か心当たりはある?」
在原の話を聞いて、紫仙は思い当たる節があった。滝の裏で桜利と見たあの白い大型のキューブ。
「あるといえばある。ただ、話す前に聞きたいんだがここに来る前に、少年に会わなかったか?」
ただで情報を渡す気はないので、紫仙も欲しい情報を聞いてみた。
「...ここに来る前に少年にあった。あんたの名前『柿沼』の方を出してきた。求めている子についての情報かはわからないが、会ったのはその子供だけだな」
「わかった。十分だ」
その話だけで、紫仙は桜利のことだとわかった。柿沼の名前を名乗ったのは、受験生に対しては、桜利だけだった。
「予想している通りだよ。ここに、おそらく軍が関係しているであろう戦略兵器があったよ。真っ白い大きなキューブがね」
その発言に、在原の目の鋭さが変わる。一方、文屋はあっさりとした顔をしている。
「すみません。私、何にそんなに焦っているかよくわかっていないんですけど、その白いキューブ?って何なんですか?」
その発言に、在原はキョトンとした。
「あれ?説明していないっけ?いいや、帰ってから守護者の全員に向けて話すよ。この方も急いでいるみたいだしね」
在原は紫仙のほうを見た。紫仙としてもここで、これ以上長い話し合いに巻き込まれるのは御免だった。
「急いで帰りたいから、こっちに来て」
在原は手招きして、困惑している文屋をそばに来させる。
「最後に一ついいかな」
「なんだ?」
「さっき話に出てきた少年だけどさ...もしかして」
在原の発言に、紫仙は答えるかどうかためらった。
「...そうだよ。あの子はお前が予想している通りの子だよ」
その発言を聞いた在原は一瞬、表情を曇らせる。その顔は、文屋には見えていなかった。
「...あんたはこの後、ここから出る術はあるのか?」
その発言に今度は紫仙が固くなる。
「まだ、やることがあるんでな。ところで聞きたいんだが、この近くに帰る船があるのか?」
紫仙は在原に別の話題を振る。
「本当は船に戻る予定だったんだけど、ちょっと変更かな。裏技を使うことにするよ。うちの船はもう海岸から引き上げているころだろうから」
「そうか」
「じゃあ、また今度敵か味方かわからないけど」
「さようなら」
在原が紫仙に向けて言うと、在原は何やらぶつぶつと唱える。やがて、2人の姿は紫仙の前から消えた。予定外のアクシデントが紫仙を襲ったがさらなるアクシデントに見舞われるのは、数分後の事だった。
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