第35話 黄泉ノ円環 不知火
炎の壁の向こうで、桜利が海岸に向かって走った時、反対側に柿沼は立っていた。
「もう一仕事かな」
目の前にいる男たちは先程の奴らよりも腕利きだと柿沼は判断する。仕掛けてくれる様子もないので、柿沼のほうから仕掛け始めた。手前にいる男の防弾チョッキの隙間を縫って斬り裂いていく。柿沼の緩急をつけた動きに手前の男は反応できず、首元を斬られ倒れるがその横の男は反応しきった。
「マジか」
柿沼は驚くとともにいったん距離を取る。流石に桜利が自分自身を刺そうとしたナイフを左の手のひらで直接受け止めたのは失敗だったなと心の中で悔やんでいた。しかし、柿沼の視点では胸に傷を負った男が桜利を撃とうとしていたところを止めてから桜利とナイフの間に入ろうとしたためギリギリのところだった。
「お宅ら、さっきの奴らと違う人たち?どこの国から来たの?目的は何?」
左手の調子が悪いため思った以上に体が重く、一呼吸置くために柿沼は会話を試みる。
「それに関しては、私が話しましょうかねー」
後ろから現れた女に対して、男たちは屈んで頭を下げた。
「あんたが親玉?」
「半分正解ですねー。実際はもう一人私と同格がいますかねー」
「どこにいるの?」
「私たちとは違って普通に海岸から上がってるはずですねー」
その発言に柿沼は少し眉を顰める。下手すると、桜利が途中で遭遇する可能性があると思うとここに長くはいられないと思った。
「なんでそんなにペラペラ喋ってくれるの?」
「なんでかと言われますとねー、これから死ぬ人間でしたら何を聞かれても問題ないと考えましてねー」
女がその言葉を言い部下たちに触れると横にいた3人の部下が途端に崩れ落ち地面に溶け込んでいった。
「もしかしなくても頭がおかしいよな?」
女に対して柿沼が問う。
「申し遅れましたねー。私の名前はハッジ。『PFS』の最高幹部の一人ですねー」
溶けた部下が眠る地面に口づけをして優しく目を閉じている。
「『PFS』か。大手のそんな会社が何の用で」
「新型兵器があると聞きましてねー」
表情を険しくする柿沼はハッジが自分の本命の敵だと理解すると同時に、桜利と共に見たあの白いキューブの正体も確信する。
「元から生かして返す気なんてなかったが、なおさらその気が無くなったな」
柿沼はジャケットの胸ポケットから煙草を取り出して火をつける。
「ではねー、消させてもらいますねー」
ハッジが柿沼を指さすと、地面から突如、人間の腕の骨が現れて柿沼の足を掴む。柿沼はすぐに刀で突き刺すと骨はすぐに砕けて地面に溶け込んでいく。
「終わり?」
「そんなわけないですよねー」
ハッジの足元から棺桶が現れる。
「この棺桶の中は、今日ここで死んだ人を私が取り込んでできた最強の兵隊さんですねー。先程あなたが壊した骨のおかげですべての用意ができましたねー」
ハッジの能力の発動にはまず、死体を棺桶に収集する。次に、棺桶の中身を対象に攻撃させることで棺桶の中に集められた骨は攻撃した対象を敵として認識し排除するものだった。
「
柿沼の目の前に現れた真っ黒の棺桶が開き漆黒が顔を出す。鈍い音とともに中から2メートルを超える大型の骸骨兵が出てくる。骸骨兵はその見た目に反した素早い動きで柿沼に腕を振りかざす。柿沼はギリギリのところで反応して交わす。
「反応してきますねー」
「流石にね」
骸骨兵は棺桶の中から骨の剣と盾を引っ張り出し、柿沼を猛攻する。攻撃を受けながら柿沼は今のパフォーマンスがよくないことを自覚していた。左手の調子が悪い以上、左手に意識がいきすぎなのもわかっている。紫焔を使いたいと思っても、リソース的に確実にやれるとき以外は使う気はなかった。
「後ろががら空きですねー」
がら空きの柿沼の背中をハッジが手に持った骨で殴りつける。その攻撃を避けようと一瞬、正面への集中が途切れ骸骨兵の攻撃をもろに食らって柿沼は宙に飛ばされた。
柿沼は心臓の音が段々と大きくなっているのが分かる
地面に背をつけながら自分の心臓の音を聞き、久しぶりに柿沼は自分が『生きている』というのを感じる。終わらない、終わらない、まだ終わってはいけないそう言い聞かせ立ち上がる。
「意外としぶといですねー。この島の惨状を見る限りあなたも死にかけだと思っていたんですがねー」
「生憎、背負っているものが重くてね。逆に支えになってんだ」
柿沼は地面に刀を置くと、手のひらと手のひらを合わせて構えた。
「黄泉円環 不知火」
柿沼の足元から紫色の炎の環が広がり始める。ハッジは警戒し骸骨兵を盾にして、柿沼の行動に注意を払う。環は静かに広がり骸骨兵の足元を超え、ハッジの足元も超えるが特に変化はなかった。
「骸骨兵行ってくださいねー」
ハッジは柿沼への警戒よりも先に潰すことを決め、骸骨兵を前に出す。骸骨兵が柿沼に渾身の一撃を振りかざし、その一撃に対して柿沼は負傷した左手で受ける。
その場にいた3名の体が左腕という存在を忘れた
柿沼の左腕が逝った瞬間、骸骨兵とハッジの左腕も逝った。一瞬、機能が停止した骸骨兵に柿沼はありったけの紫焔をまとった右の拳をぶつける。
「何をされたかわからないんですよねー」
「一回限りの切り札」
「そうですよねー」
ハッジは隠していたナイフで柿沼を刺しに行くが、ひらりと交わした柿沼の紫焔にハッジは焼かれる。
「...アーシフ」
燃え盛る中ハッジの最後の言葉は柿沼の耳にしっかりと入ってきた。実際、ハッジも骸骨兵も今の柿沼には強く感じた。左手に癒焔を使ってはみるがあまり効果は期待できそうにない。
「左腕…ギリギリ許容範囲内か…」
柿沼が予想していなかった連戦に次ぐ連戦。それも、圧倒的な戦力差を考えればむしろ上手くやったと言える。ハッジの話ではまだあっち側の仲間がいるらしいため、柿沼は急いで桜利の様子を見に行くために向かおうとした。
「ちょっと止まってもらっていいかな?そこのお兄さん、お時間よろしいですか。こら辺は物騒でね、持ち物検査とかいいですか」
コート姿で明るい笑顔をした男が現れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます