第33話 私の瞳に映る世界はあなたが色付けてくれた
太平洋のどこかにある島で行われている試験もいよいよ終盤に差し掛かった。受験生と試験官がほとんど全滅し、先程の生き残りの1人でもあった赤宮桜利も息を引き取った。
桜利を殺した男の名前はサウム。「PFS」という組織の幹部の1人だった。彼らの目的は日本で極秘に開発されていると言われている新型兵器についての調査をすることだった。どれほどの規模でどれほど進んでいるのか、そもそも開発が進んでいるのか。
「存在するかどうかもわからねぇものをどうやって調査して来いっていうんだよ。そもそもコイツは本来、あっちゃまずいもんだろ」
資料を見たサウムは作戦に反対した。
「落ち着いてください。信頼できるパイプから日本で面白い情報を仕入れましてねー。『帝都東京高校の一般受験において陸軍が開発している新型兵器の実践模擬テストが実施されると』このような情報が入りましたのでねー」
「...場所と規模は?」
「試験会場は太平洋の島ですねー。規模としては受験生が数百名程度に加えて大人がそれと同じくらいの人数ですかねー」
「ガキと素人のみか」
「ただ試験会場の周りが日本海軍のルートと被る可能性があるのが問題ですねー」
「…上陸は日が落ち始めてからだな。先に何人か送り込めるなら送り込むべきだろ。俺は単体で正面から、お前は何人か連れて別のところから上陸。何か情報を拾ったら共有しろ」
「了解ですねー」
サウムは単独で島に上陸した後、桜利を処理して中央に向けて歩き始める。自分たちと同じような目的の連中が、先に島に来て中の人間をほとんど殺して回ったらしい。敵の戦力が分からないため作戦の方針について相談しなければいけないと判断した。連絡手段を持っていないサウムは急いで他の部隊との合流を計った。
「誰だ?てめぇ」
突如サウムの前に子供が現れる。サウムは一瞬思考を止めて、止めた思考を動かし始める。背丈はサウムの腰ほどしかない。さすがに受験生ではないと思われるその少女にサウムは警戒した。
「…」
会話する意味も、利用する事もないだろうと判断し、サウムは消すことにする。近づいて拳を振り下ろすが、ギリギリのところで避けられてしまう。避けた少女を目で捉えようとした途端、少女が視界から消える。
「は?」
視界から消えた少女がサウムの背後を取っていることに、サウム自身が気付いたのは数秒後だった。不気味な笑みを浮かべサウムを見つめる少女にサウムは警戒を強める。サウムはもう一度距離を詰め拳を当てにいく。
今度は当たった。当たったが受け止められた。
サウムは今度、現実を受け止めるのに数秒を要した。そこら辺の木程度なら、余裕で跡が付くほど固いはずの拳が受け止められた。
「なんだ、お前」
サウムの問いかけに対して、少女は無反応だった。何も感じさせないことがサウムにとってはこれ以上ないくらいに不気味に思えた。。
「個人か?それとも組織か?」
答えようともせず、爪をいじりだした少女にサウムの蹴りがクリーンヒットする。外見通りサウムの足に当たった少女はあまりにも軽く吹き飛んで行き木に叩きつけられた。
「なんだったんだ。こいつは」
サウムは打ちつけられた少女を見ながらぼやく。
「規定以上ノ損害ヲ感知 魔法陣ニヨル戦闘ヲ開始シマス。記録用コード起動ヲ確認」
突如、不気味なことをしゃべりだした少女にサウムは驚きながら一度距離を取る。彼女の足元からは、謎の魔法陣らしきものが現れている。サウムは両腕を能力である『鋼の鎧』でまとい出方をうかがう。
「魔法陣展開」
魔法陣が右手を通り抜けると、サウムの視界から少女の姿が消える。瞬き一回でサウムの横に行った少女はサウムの顔面に向かって拳をたたきこむ。間一髪で防いだサウムは再び距離を置く。
サウムは今の一撃で少女の拳が自分の鋼の鎧よりも固いのではないかと疑った。鋼の鎧を使っていて、痛みを感じることなんて、今までに無い初めての経験だった。
「魔法陣展開」
今度はサウムの足元に魔法陣が現れる。サウムは一段階ギアを上げて、魔法陣を無視して少女に近づいたが、拳を振ると元の場所に戻されていた。
「おちょくってんのか」
「魔法陣展開」
激昂するサウムを無視して少女は魔法陣を展開し続ける。サウムは魔法陣がどこにあるのかを探す。サウムが視線をずらしたのを見逃すことなく少女は近づき次はサウムの腹部に叩き込んだ。サウムは何も起きないことに混乱したが、単純に少女は「魔法陣展開」と言っただけで起動は行わなかった。
一瞬、意識が飛びかけたサウムはそのまま反撃に出ようと右こぶしを少女の顔に入れ込んだ。発泡スチロールのように軽い体は吹き飛んでいった。重たい一撃をもらったサウムも膝をついて呼吸を整える。確認できた限りでは、あの少女は森の中まで吹っ飛んでいった。
妙な違和感がサウムを襲った
視界が妙にぼやけると感じたサウムは、まぶたを一度閉じる。そのまぶたが開くことは二度となかった。亜空間の中から長身の女が現れ、サウムの死体を空中に浮かせたまま、森に飛ばされて倒れていた少女も一緒に浮かせて歩き始める。
現れたのは魔女と呼ばれる存在だった。別に彼女が自分からそう名乗ったわけでもなく勝手に彼女に恐怖した人間が呼んだだけで、本人はもはや自分の呼び名などどうでもよく感じていた。誰とも群れることなく生きてきた彼女にもついに最近、友達という存在ができていたらしい。しかし、そんな存在のことを考えたのはその友達が死んだ後だった。
世界に色が付いた…友達がいなくなってから
海の色が青くなり、山の色は自然な緑に包まれ、空の色は常に輝いて見えた。数千年、人の時代を見続けていた彼女にとって初めての体験をここ十数年で体験している。だが、なぜか魔女は自分が朝起きることも、花に水をやることも、本を読むことも、すべての物事に対して気怠さを感じていることに疑問を持っていた。
その疑問の解消になるかもしれない実験のために彼女はこの島にやってきた。友達と同じ血を引く男が死んだと知って…
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