第32話 終演?
エージェントと別れて歩き進んだ桜利には海が見えた。試験開始前は感じもしなかった冷たい風が桜利を襲う。最初に説明を受けた場所はひどく荒れている、もちろん人の気配はない。船を探そうと歩き始めた途端、桜利は首を掴まれる。
「かっっ」
首から手をどかそうとするが、抗うのが間に合わないと感じた桜利は腰に隠していたナイフを腕に刺そうと狙った。
「こんなところでガキが何してやがる」
ナイフを振る前に首の拘束が解かれ、桜利は深く息を吸った…最後の障壁を目の前にして。
すぐに自分を掴んだ人物から離れて、桜利は右手にハンドガン、左手にナイフを持って構える。
「誰ですか」
「名乗ると思ってんのか」
無言で飛んでくる拳に、桜利は持っているナイフを合わせたが、男の拳はナイフを砕き桜利の腕に直撃し、桜利は後ろに倒れ込んだ。
桜利の右腕から「ミシッ」と鳴ってはいけないであろう音が生まれた。
「逃げなければ死ぬ」桜利が一撃くらっただけで気づいた。目の前にいる男は間違いなく『殺す』という気持ちをその一撃で感じた。
逃げるための機会を伺いたかったが、そんな暇はなかった。割り切った桜利は、追撃が来る前に右手に持つハンドガンを撃ったが、外れてしまう。
男が距離を詰めると同時に、桜利は左手を添えて確実に弾を当てにいく。
桜利の撃った弾丸は確かに男に向かっていき当たったが、弾が男の体に負けてしまい弾かれる。
「え?」
桜利の思考が完全に追いつかなくなった。桜利が使っているのは死体から剥ぎ取った実弾の銃いわば「人を殺せる銃」だった。
人間の体が弾を弾くなんて事象を桜利は考えなかった。いや、そもそもそんなことは「ありえない」ことだと思っていた。
反応が遅れた桜利に対して、男は右の拳を桜利の胸にぶつける。桜利は勢いよく後ろに飛ばされて、木に打ちつけられ地面に落ちる。すぐに体を起こそうとするが、右腕に力が入らない。後ろの木に身を寄せて何とか立ち上がる。
「普通の人間は弾丸に当たったら死ぬ。常識だよなぁ」
男は桜利に近づくと右足のけりを入れる。桜利は素直にくらって左に飛んだ。
「俺の能力は『鋼の鎧』っていう一般的なものだ。だが、そこらの奴らとは練度が違う」
転がり倒れた桜利を踏みながら男は話し続ける。
「使用すればするほど能力ってのはそいつの体に馴染んでいく、どういう意味か分かるか?」
男は桜利の体を思いっきり蹴った。
「俺はこの能力を極めた結果、最強の鋼の肉体を手に入れたも同然なんだ。お前みたいなガキは出会った時点で死ぬのが決まってんだよ」
男が桜利の頭を踏みつぶそうと足を落とすが、桜利は間一髪で避けた。桜利は右腕の感覚がほとんどなかった。先程から呼吸をするたびに、胸から激痛が走っている。それでも、近くの木を頼りになんとか自分の体を起こそうとする。ようやく立ち上がれた桜利を見る男の目は冷徹なものだった。
肩で息をする桜利はもう一度構える。
ここまで自分を繋いでくれた人がいた。柿沼が、桐名が、赤坂が、名も知らないおっさん達がここまで連れてきた。「ここから先は自分で歩かなければ行けない」と桜利は自らに言い聞かせて、体を起こした。目の前にいる男を超えて生きて帰るため、一歩踏み出した。
「ようやく、くたばったか」
舌打ち待ちじりに男はぼやくと、背を向けて歩き始める。桜利が男の元に届く前に体が雪に落ちた。
当たり前のことだった。桜利は連戦に次ぐ連戦、しかも全員が自分よりも上の実力を持つであろうものばかり。心身ともに疲弊し切っており、男と対面している時点では体の感覚もきえていた。意識が霞む中、桜利は何も考えることはなくただぼーっとしていた。まるで、昼下がりに満たされた腹をさすりながら眠るように。
20××年1月某日、帝都東京高校一般試験実施会場が謎の特殊部隊の襲撃を受けた。襲撃を受けた当日、運営関係者から緊急を知らせる連絡が学校に届いた。しかし、学校側が政府に緊急の知らせが届いた旨を伝える必要はなかった。
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