第40話 虎の尾を踏み、眠れる竜が起きてきた
都内、霞ヶ関の某建物のフロアの取り調べ室に1人の女が待機させられていた。彼女は、昨夜この建物に来てからずっとある男を待っていた。
「意外と、おとなしくしているんですね」
取り調べ室の中に六花仙の文屋が入り、女の前に座った。
「まあな。文屋、お前、試験の日に例の島に在原と行ってきたんだろ、何があったか伝えろ」
「できません」
その発言に、女は椅子から腰を上げると同時に、机に置かれた文屋の右腕を掴み壁に押し当てた。椅子と机から引き剥がされた文屋は、地面に座り込んでしまう形となった。
「もう一度言う。何があったか伝えろ」
「断ります。今、下手なことを言うことのできない状況なのはお分かりですよね?」
「私には関係ないことだな」
先日、国連での『日本の新型兵器の開発疑惑』で国内は混乱していた。下手をすると、国際的に大きく信頼を失いかねない状況に政府直轄のエージェント「守護者」は対応に追われるところだった。
「在原は?」
「今、首相官邸にいるはずです」
腕を放された文屋は、椅子と机を直して座わり直した。
「どのくらいで戻る?」
「分かりませんよ。私だってもう2日も顔を合わせてないんですから。連絡も特に無いので、正直我々も動ける状態じゃないんですよ」
在原は島から戻る際に、島が爆発するのを目撃した。文屋と船にいた人間に「この件は下手に外部に漏らさないように。例え、守護者の中でも盗聴されてる可能性が捨てきれないから禁止ね」と伝えていた。そのため、現在かなり緊迫した状態が守護者の中で続いている。
「『在原のワンマンプレー』と言いたいが、まぁ仕方ないと言えば仕方ないか」
「…わかってるなら、あんな強引なこと言わなくても良くなかったのでは?どうしてあんなこと言ったんですか?」
「…」
「言いたくないならいいです。こっちもあなたが欲しい情報を言っていないので」
女は互いの置かれている状況を十分理解している。無駄だとわかっていて、八つ当たりのように意見をぶつけていた。
「話は終わった?」
ドアを開けて入ってきたのは、話題の人物である在原だった。
「悪いね。しばらく留守にしていて。留守番ありがとね、何かあった?」
「何もないですよ。そっちはどうでしたか」
「みんなに伝えようと思うんだけど、その前に聞こうかと思って。報告通りなら『今から文科省と陸軍省の関係者を皆殺しにしてくる』って言ったのは本当かな?六花仙受命 喜撰」
静かに在原は喜撰を見つめる。
「あぁ、間違いなく言った。私は今からでも、全員の首を取りに行こうと思ってる。お前が話した内容の結果次第ではな」
その声と視線の鋭さ、そして雰囲気から本気で言っていることが在原には伝わってくる。何より恐ろしいのは、喜撰が実際にそれを可能であるということが、在原と文屋に恐ろしさを与える。
「動機は?」
「…」
「文屋君がいて話せないなら退出してもらうし、私が邪魔なら私は退出するけど」
「話さないと、始まらないか。端的にいうなら『私の娘がその試験に参加していた。』これが理由だな」
その理由を聞いて、文屋に疑問が生まれた。
「でも、それなら別に関係者全員ではなくではなく、高校側の関係者だけで良いのでは?陸軍に関してはなぜ?」
「娘は、私と話していた高校とは別の高校を受験した。つまり、私はあの子がそもそもこの高校を受験するとも、そんな試験に参加することさえも知らなかった。それで、お前らの調べた資料を見たら、『密約』の話が出てきたからだな」
感情のこもった声が狭い、取り調べ室に響いた。
「いいかな。娘さんの能力って…」
「…あたしと同じだ」
その発言を聞いた在原はゆっくりと自身の中で、この件の帰結を導いていく。情報一つ一つを整理し、点と点をか細い線で繋いでいくことで一つの結論を導いた。
「今の話で、全部が理解できた。あとは答え合わせをしていくだけになったよ」
「その答えに私の行動は否定されるか?」
「いいや、一般人の私だったら全然肯定してる。むしろ、個人的にはぶっ潰しにいってほしい。ただ、六花仙の在原としてはそれは認められない」
「そうか」
在原は、他の職員に話す前に島で起きたこと、そして自分たちが見てきたものを話した。聞き終えた喜撰は立ち上がると、部屋のドアを開けた。
「安心しろ、誰の首も取りに行くきはない。ただ、悪いがしばらく休職させてもらう。クソほど忙しいと思うが頼む」
「わかった。ゆっくり心の整理をしてくれて構わないよ。いつまでも待つから」
「助かる」とだけ呟いて、喜撰は部屋を後にした。
「助かった。あの場で『お前を殺してでも行く』なんて言われたら大変なことになってたからね」
「本当に言いかねないから怖いです」
「さて、みんなに話そうかな。準備手伝ってくれる?」
了承した文屋は在原と共に部屋を出て準備に取り掛かる。
「まずは、わがままを聞いてくれてありがとう。おかげで大きな混乱や事件も起きなかったこと感謝するよ」
互いに知っている情報の共有ができないことからストレスも多く溜まっていると予想した在原はまず、職員全員に感謝を述べた。
「以前、問題となって調査をしていた文科省と陸軍省の関係についてだけど、本人たちからの証言が出て黒が確定した。国連の通達によって開かれた内閣の会議において、その事実が認められた。実際、試験における内密のうちの協約が存在していたことが各大臣の口から説明されたよ。その中には、国連で話題の兵器の名前も出てきた」
在原の発言に職員の中では一つ肩の荷が降りた感覚が訪れた。
「この件に関しては、各関係者は追って処罰が下されることになった。そして次に、国連議決の調査に関してだけど、実際私たちができることが何もないことから今回は『傍観』することが決まった」
英国の調査員に全てを一任するとされた以上、守護者にできることがないと判断された。
「それ、かなり最悪な事態じゃないですか」
「考えられる中で、最も最悪だよ」
質問に在原が返す。
「その調査員って誰なんですか?」
「英国のバッキンガム家のご令嬢様だって。なんでも、過去を見れるとか噂されてる人」
その発言に様々な意見が飛び交う。
「とりあえず、私からは以上。この後、文屋君が島での出来事を説明するから。私はこれから、もう一度首相官邸に行くのでお留守番をお願いします」
そう伝えると、文屋がマイクの前に立ち、在原は部屋を後にした。その後、文屋は在原と共に島で見てきたことを共有した。島で襲撃が起きていたことやそれによる島の惨状などを話した。
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