第41話 見知らぬ天井をただ見つめていた

国連での議案が提出されてから3か月経ったその日、イギリスからの調査報告書が発表された。報告書を読むのは、調査した本人ではなく代理の人物だった。


「まず、調査した私ではなく代理人を遣わしたことをお許しください。本来であれば、私が直接説明するべきなのですが、身体の関係上、円滑な会議に支障をきたす可能性があるためこのような形をとらせていただきました。さて、本題にいたしましては結論から言いますと『』という結論を出させていただきました」


この発言に真っ先に異議を申し立てたのは、議題を提出した東アジア共和国の代表だった。


「審議不可能とはどういうことか?詳しく述べていただきたい」


イギリスの代表者は次の報告書を取り出して、読んだ。


「審議不可能という答えに対して疑問を持つ方が多くいると思われます。今回の調査では、まず初めに国際衛星より提出された資料に表記されておりました座標から島を観測いたしました。観測の結果、日本時間の試験開始から翌日の深夜1時を過ぎた頃に、衛星の映像から突如、その島のみが消えておりました」


その発言に室内がざわつき始めたが、話し手は気にせず続けた。


「衛星からの消失を調査するため、私自らが足を運び現地に向かいましたが、その座標に島は存在しておりませんでした。今回の事案に関して推測などによるあいまいな回答は今後の国際機関のあり方に疑問を生み出しかねないことから、審議不可能とさせていただきました」


この回答に共和国の代表の表情は硬くなった。日本の代表は表情にこそ出ていなかったが、内心では寿命が十五年は縮んでいた。












国連での発表が出て、2ヶ月が過ぎ新緑が山に姿を見せていた。重たい、重たいまぶたがようやく開いて、桜利は目を覚ました。見慣れない天井を一点に見続ける桜利は、今自分がどこにいるのかわかっていなかった。腕を動かそうにも、そもそも腕の感覚が全くないので自分の腕がどこにあるのかわかっていなかった。発声をしようにも体が、喉の動かし方を忘れてしまったのか、上手く声が出てこない。




襖を開けて入ってきたネアと桜利の目が合った。


「え?」


拍子抜けたネアの声が桜利の耳に入ってきた。


「お、お、起きたーーーー」


持っていた桶を盛大にひっくり返して、ネアはその場に尻もちをついた。


「え?化けて出た?」


空いた襖から入ってきた風也がネアと桜利に向けて話しかけた。


「おはよう。体調はどう?」


「あ、おはようございます。なんか、体の感覚がないんですけど」


風也は桜利の腕や足を揉み始める。次第に、桜利は自分の体が揉まれている感覚を感じ始めた。


「どう?」


「今、触られている感覚ありますね」


「手をグーパーできる?」


桜利は意識を自分の右手に向け、指先までの神経に動くよう命じた。指の第一関節からゆっくりと丁寧に指が折られ、グーができあがった。

次に、逆に右手の力をゆっくりと抜いていき、指を開ききった。


「できた。悪いんだけどネア、上半身起こすの手伝ってくれない?力が全然入らないや」


「了解です」


ネアが寝ている桜利の上に立ち、両手を握って引っ張ると桜利の体が起き上がった。


「お腹とか空いてる?」


「感覚がないんですよね」


「一旦、お粥かなんか作るんで食べてもらえます?」


「わかった」


ネアと先生は一度、部屋から出て行き十分ほどで戻ってきた。


「はい、あーん」


桜利は少し恥ずかしかったが、体が思うように動かないので口を開けた。口に入ったお粥を一口噛むと、久しぶりに動かす顎の筋肉が驚いたのか、うまく顎を動かせず、少しこぼし飲み込むのに驚くほどの時間を要した。久しぶりのごはんに体が喜んでいるのか、だしの味までしっかりと舌がとらえた。


「なにこれめちゃくちゃおいしい」


「ですよね」


桜利の感想に『当たり前』の表情でネアが返した。


「この部屋には誰も来ないですか?」


半分ほど食べ進めたところで、桜利に疑問がわいた。


「ここは、先生がお持ちになっているお屋敷で、山の中にありますから基本誰も来ませんよね」


「そうだね」


その回答に桜利は安心した。この質問が今の桜利にとって重要なものだということにまだ誰も気づいていなかった。
















また、同じ頃イギリスの屋敷の一室で、とある少女が悩みを抱えていた。


「お疲れ様ですお父様。例の件はどのような形になられましたか?」


「『貴殿の活躍のおかげで大事に至らなかった。ご苦労』だそうだ。よくやったな」


父親からの言葉に対して少女は立ち上がり頭を下げ部屋を後にした。長い廊下を歩き自分の部屋に戻ると、その体を思いっきり布団に投げ出した。



うそをついたのだ...世界を相手に




彼女の悩みは、報告書に書いた内容が事実とは違うものであること、しかもそれを誰にも伝えずに報告したことだ。もちろん、父にも母にも。初めに彼女は、衛星の映像確認を行ったが、島が消えているとわかってから自ら現場まで向かった。


その場で彼女が能力を使って見たもの...それが『』を知っているのは彼女だけだった。


船の上でそのすべてを見た彼女は、許されるだけ時間を存分に使いその結末をどこに向けるか、どの選択肢をとることが、最も犠牲者を出さないかを考えた末があれだった。広く学問を学んだ彼女が歴史的側面、地政学的側面などから一応の正当性が付くように導いた答えが受け入れられたことは、彼女の不安を少しばかり解消したが、それでも不安は残っていた。



「お父様になんて伝えよう」



彼女に仕事が来たのは、父親のおかげでもある。今こうやって生活しているのも父親のおかげと考えると今回の行動は裏切ってしまったとも彼女は取れると考えていた。顔を枕に沈めて呻くことしか、今の彼女にはできなかった。







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