第42話 起きた体と目覚めぬ心
お粥をすべて食べ終わると風也もネアも桜利の部屋から出ていった。一人になった桜利は、起こしてもらった体を再び寝かせて、天井を見つめた。
その日...桜利は一睡もすることなく朝を迎えた。
「おはようございます。桜利さん」
「おはよう。ネア」
桜利の寝ていた部屋に入ってきた、ネアは向かい側のふすまを開け太陽の光を部屋にお出迎えした。ただ、その光は桜利の気分を害した。
「ネア、申し訳ないんだけどちょっと閉めてもらっていい?」
「あ、ごめんなさい。まぶしかったですよね」
慌てて閉めなおすと廊下に置いていたトーストを桜利の前に持ってくる。
「食べれますか?」
「食べたいんだけど、先にトイレ行ってきてもいい?」
「出て右にありますと」
桜利は腕に力を入れて、自分の上半身を起こした。両足の膝をまげて、さらに腕に力を入れて起き上がろうとするが、途中で崩れた。すかさず、横からネアが肩を貸してもらい、なんとか立ち上がることができた。
「肩を貸しますね」
「ごめん」
桜利はネアの手を借りながら、何とかトイレまで来ることができた。ドアを開け便器に座る。
「ネア、そこにいる?」
「いますよ。私がいなかったら、桜利さん部屋まではいつくばって戻ることになりますからね」
「...ありがとう」
再び、ネアの方を借りて部屋まで戻った。八等分に斬られたトーストのうちの一枚を、桜利は口に運んだ。
「ネアはここにずっといる?」
「こちらのお屋敷にしばらくいる予定ですよ」
その発言に桜利は安心した。
「今日、全然寝れなかったんだよね」
「桜利さん、今までたくさん寝ていましたからね。体が寝たくないのでしょう。お風呂とか入ります?」
「そうしようかな」
「では、お風呂を沸かしてきますね」
ネアが部屋を後にすると、桜利は残りのトーストを食べ始めた。しかし、残り二個になったところでその手が止まった。桜利は突然自分の体を布団の中に丸めて、布団の中で震え続けた。
「お風呂沸きましたよー」
桜利を呼びに来たネアはその光景に困惑した。
「どうしたんですか?そんな毛布にくるまって」
「何か...いる。誰かが俺をずっと見ている」
か細い声で布団の中から桜利がネアに伝える。ネアは襖を開けて、庭を見渡すが特に変化はない。そもそも、セキュリティー自体が相当なものを用意してあるこの屋敷に近づくなんてことは、ふつうはできないことをネアは知っていた。
「桜利さん、お外には誰もいませんし、誰かが監視していたりもしませんよ」
「いるもん」
まるで駄々をこねる子供のように布団の中から桜利は叫んだ。そうされてしまっては、ネアとしてはもうどうしようもできなくなってしまったため、静かに部屋から退出した。
その日、桜利は布団の中から出れず眠りにつくこともできなかった。
「調子は?」
「昨日も眠れなかったそうです。今日の朝、ご飯を食べている途中に体力の限界が来たのか意識を失うように眠りました」
桜利は目覚めてから再び眠ることができず、3日目の昼にようやく眠りにつくことができた。桜利が目覚めた後、屋敷から出ていた風也は3日目の夜に戻りネアからの報告を受けた。
「一応、今寝ることができているならまだましか」
「寝ているというよりうなされているのほうが正しいですけどね」
先程、様子を見に行ったネアが見たのは、うなされている桜利だった。
「予定が大幅に狂っちゃった」
目覚めた桜利からなにが起きたのかを聞いて、情報の整理と事実確認を行いたかった風也とネアにとっては困った状況が続く。国連での決議と発表に対して不可解な点が多いと感じており、桜利が持っている情報がカギだと考えていた。
「よくよく考えれば、このようなことが起きることも想定しておくべきでしたね」
「初めての経験だったからね。主に悪い方のね」
頭の中で紅葉が残した映像を思い出した。
「起きてからの桜利さんを見る限り無意識に試験のことは記憶の中に封印しているように思えますね。加えて、極端に孤立することを嫌がりますね。これに関しては若干、悪い気はしないんですけど...」
「布団から出られない状況を良しとは言えないでしょ」
「そうですよね」
そういいながら、ネアは淹れた紅茶を口に運んだ。現在の桜利は自己防衛の機能が発動していると予想されている。
「どうしましょうかね。心の問題に関しては他人が介入することはよくないですもんね」
「介入が悪いわけではないけど、過度な介入は別の問題を生み出しかねないからね」
「それでも、今の桜利さんに必要なのは第三者の介入ですよね」
「第三者というよりは、君の介入でしょ。彼に必要なのは」
軽く笑いながら風也はネアの目を見た。もちろん適任者が自分であることはネアもわかっているが、どのように桜利の心に触れることが良い結果を生むか答えが出ていなかった。
「...私よりも適任がいればいいんですけどね」
「...いないのを知ってて言ってるくせに」
虚しさ...ともいえる時間が二人の中で過ぎていく。このような時に誰よりも適任と呼べる存在が今の桜利には居ないことはネアに悔しい思いをさせた。
「次に桜利さんが起きた時に何とかしてみます。失敗したら...すみません」
「誰も責めることができないから大丈夫、大丈夫」
肩を叩かれたネアは、少しの不安を胸に抱いてその場で眠りについた。
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