第3話 雨が降り、そして止む

桜利と風也は送られてきたメールを覗き込むように見る。


「測定結果 

能力『確認不能』

以上の結果となりました」


『能力』とは現在、世の中の誰でも使うことができるものであり、これがあることが普通なことである。桜利は能力を持たない人のことを聞いたことがなかった。


「えっ?」


桜利の本当に心からの疑問の声が出た。桜利は結果に「能力がない」と真正面から言われたのを受け入れられない。


「こんな結果出るんだね」


「いやいや、何かの間違いでしょ。そもそも能力のない人なんて見たことも聞いたこともないですよ」


桜利はこの結果を否定したかった。先ほど渡された資料を見て書かれていた『能力使用者が前提』という言葉が頭から離れなかった。


「長く生きてるけど私もないかな」


「きっと何かの間違いですよね」


その声は数分前の声とは違い震えている。


「一応、確認のためにメールで検査機関に聞いてみるけど…間違ってることは考えにくいかな。まぁ何とかなると思うよ。とりあえず受験するなら学校からの印鑑とかいると思うからもらってきな」


そうは言われても桜利は心が沈んでしまっていて何にもやる気が起きない。その後の風也からの言葉も流しながら聞いていた桜利は、分厚い雲がかかる中、足取り重く家に帰った。







「おかえりなさい」


「あぁ、うん。ただいま」


「どうしたんですか?そんな暗い顔して?というか何しに行ったんですか?」


桜利は風也に会ってからのことをネアに話す。


「あらあら、そんなことが。でも大丈夫ですよ。私も以前あの先生から教わった経験がありますが、あの方なら桜利さんを合格に導いてくれますよ」


そういいながらネアは作ったココアを桜利に差し出す。


「それに桜利さんは強い子なんですから大丈夫です。私もできることはしますから、『やらないで終わる』より『全部やって後悔する』ですよ」


「ありがとう」


覇気のない声で桜利は答える。


「学校の書類は私が今からいただいてきますから、明日から先生のもとに行けるようにしておきますね」


ネアが家を出ていき、一人になった桜利は家の中での孤独感に耐えられなく外に出た。しかし、外に出ても気分が変わることはなく重たい空気を両肩に感じながら彷徨った。

桜利の見る世界に色はなくただモノクロの世界だけが続いてるように感じた。

ネアが言ったことを正しいと思いながら歩いた。ただ心の中にあった小さな期待感を誰も知らない『何か』に奪われたのが受け入れられないだけだった。


「俺にはないんだよな」


桜利は立ち止まり父のことをふと思い出した。桜利の目から見ると司はいたって普通の家庭に生まれた人間だった。そこから自分の才能を磨き外交官まで上り詰めた。その父を知っている桜利にとっては『才能がない』と言われるのとほとんど同じように感じられた。


「健康で生きてるだけでいい。無理に何か背負う必要はないし何かに優れている必要もない」


たまに会う司の口癖を思い出した桜利は寂しさを覚えた。

ネアにも言われることだ…言ってる本人はそうかもしれないが桜利からしたらその言葉はプレッシャーに変わってしまう。今までの人生をぼんやり思い返してもうまくいかないことのほうが多かった。だからこそこの受験を機に変わろうとしている矢先の宣告である。



雨が降ってきた、傘がない。



降り始めた雨は強くはないがやむ気配はない。


「あれ?こんなところで何してるの?」


桜利の目の前に風也が現れる。右手に買い物袋を持っていた。


「いや、特に何も…」


「外に出てて何もしてないほうがおかしくない?雨…降ってるし」


「…」


しかし、桜利は黙り込んだ。


「まぁ、能力がないことを引きずっているってことで話進めるけどいい?」


「…」


「返事がないのは『いい』ってことね。そもそも何か勘違いしているんじゃないかな。『能力がない人間』が『才能がない』や『弱い』は誤った認識だよ」


桜利はその言葉が右から左にただ流れていくように感じる。


「君のお父さんの口癖は『失敗』を許す言葉であって『逃げること』を肯定する言葉ではないと思うよ」


そんな正論を話されても桜利には響かない。ただ…つらくなるだけである。


「雨…強くなってきたね」


「…」


それでも桜利に話す気は起きない。


「生者断罪 死者妄想 獄の王 『閻魔』」


いきなり変なことをつぶやきだした風也に桜利は冷たい視線を送ったが、やがてその視線は風也の頭上に向けられる。ゆっくりと分厚い雲が二つに割かれ光が差し込み風也を照らした。


後光を浴びたその男は絵の中の神のように桜利の前に立っていた。


「人が強くなる方法を教えてあげる。『過去の自分を抱きしめて、未来の自分に笑って手を振る』ことさ」


目の前に手を差し出すこの怪しい男の手を握ることを桜利はためらった。


「信じるならこの手を取るといい。君を強くしてあげよう」


「…信じていいんですか」


「もちろん、賭けてもらっても構わないよ」


桜利はその出された恐る恐る手を握った。自分の不安な気持ちを吹き飛ばした男に賭けてみることにした。


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