第4話 終わりのない道を歩み始める


風也と別れても桜利はずっと先ほどの出来事が頭から離れなかった。



『天が割れた』



桜利の知っている言葉で表現するならこのほかになかった。雨上がりの夕焼けを背にしながら桜利は帰った。


家に帰ってしばらくすると、ネアが買い物袋を手に持って帰ってきた。


「おかえり」


ネアは桜利の顔を見るとにっこりと笑った。


「お顔の曇り、晴れたみたいですが何かありましたか?」


桜利はさっきの風也との出来事を話した。


「それはそれは…よかったですね」


聞いてきた割に案外反応がよくなかった。しかし、反応とはまた別に夕食はいつにもまして豪華な海鮮丼が出てきた。桜利は昼ご飯を食べてないこともあり夕食を満足いくまで堪能し、眠りについた。




朝7時すぎに昨日の事務所についた。桜利が大きな欠伸をすると中から風也が出てくる。


「ちゃんと来たね」


「そうですね」


昨日のことについては、特に触れる気はないらしい。


「何するんですか?」


「走る」


「どのくらいですか?」


「わかんない、君がどのくらいかによってかえようかなと」


「???」


「とりあえずこれつけて」


渡されたのは片耳にはめるイヤホンだった。桜利がはめてみると耳元で「聞こえたら手を挙げてください」という音声が聞こえる。


桜利が手を挙げると「動作良好」の音声が聞こえる。


「音声は聞こえた?」


「はい」


「それじゃこの後は音声に従って走ってね」


桜利は音声案内に従って走り始めた。ルート自体は変わったところはなく、ただ走った。



それから桜利はしばらく走らされた。最近はほとんど運動もせずに生活していた桜利にとってこのランニングはシンプルに厳しいものだった。


息が上がりながら桜利はなんとか事務所の前に帰ってきた。


「お疲れ様」


風也が中から出てきて水を一本差し出すと受け取った桜利は勢いよく水を喉に流し込んだ。


「よく走ったね」


「どのくらいですか今ので?」


荒い息のまま風也に問いかける。


「…5キロくらいかな?だいぶ時間たっていたけど君普段から運動してる?」


「いやまったく」


「ふーん、異常だね、やっぱり」


「何か変ですか?」


「…ついてきて」


風也に言われて息を整えながらついていく。案内されたのは、他の部屋とは違った重そうな扉の前だった。風也が手に持っていたカードキーによって開く。


「どうぞ」


桜利は広い空間に案内された。ほかにも部屋がいくつかある。


「何するんですか?ここで」


「今からここで一つ目の特訓を始めます」


桜利は身構えた。


「でも、その前に受け身の取り方と練習してからね」


身構えた桜利がキョトンとする。


「受け身?」


「うん、体動かす基本だからね」


受け身の基本の講習を一通り受けたその後、桜利は死ぬほど受け身を取らされた。

風也に倒されたり、回されたり、いろいろされながら桜利は受け身を取り続けた。


「今日のところはこのくらいでいいかな」


「はい」


ボロボロになりながら声をひねり出した。その日桜利はそのまま自分の足で帰宅した。


「おかえりなさい〜。ご飯にする?お風呂にする?それとも…ってあれ?」


ネアのボケに返すより先に桜利は玄関でダウンした。


「ご飯」


掠れた声で桜利が呟く。


「…お疲れ様です」


優しい声をかけられながら桜利はネアに運ばれた。




翌日、桜利は全身の筋肉痛に苦しみながら事務所に向かった。


「おはよう」


今日は風也のほうが先に事務所前にいた。挨拶すると昨日と同じイヤホンを桜利はもらう。


「今日も元気にいってらっしゃーい」


風也の声を背にして桜利は走り出した。


「おかえり」


昨日とはまた違う道を走らされた。


「昨日よりは顔色いいね」


桜利自身はまったくそんなことを感じず昨日と同様にもらった水を喉に流し込んだ。一息すると昨日と同じ部屋に連れていかれた。


「昨日のおさらいからやっていこうか」


昨日のおさらいの後、特訓の内容を教えられた。桜利と風也の特訓のルールはシンプルなものだった。



・桜利は風也の胸元にあるハンカチを取れればそこで終了

・風也は向かってくる桜利に対してけがをさせてはいけない



その日、桜利はまったくつかめないことから一瞬、幽霊なのではないかと考えるが次のタイミングには転ばされているのでその時、人間なんだと実感した。



家に帰り再びネアに助けられながらその日を終えた。





そんな日々が数週間続いた。





「おはよう」


「もう、こんばんはの時間です」


本日の集合は18時。外は暗く寒い。いつもの通り走ってからまた風也と戦うものの一回も勝てていない。


「今日はこのくらいにしようか」


風也が珍しく早く切り上げた。


時刻は深夜の3時を過ぎたところだった。


「なんて時間までやってんだ」


結果の出ない日々の不満などをため息交じりに桜利がつぶやきながら事務所を出ると一台の車が止まっていた。


「HEYそこの君、今から私とドライブいかない?」


窓を開けて出てきたのは、銀髪グラサンのヤンキー…ではなく、銀髪ロングのネアさんだった。


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