第5話 彼女の愛に法は通じない


「さぁ、出かけましょう」


「どこに?」


「それは…考えていません。場所なんてどこでもいいので」


そう言ってネアは車を走らせ始めた。まったく家に帰る気はなくそのまま高速道路に入った。


「桜利さん見てください。車がほとんどいないので飛ばし放題ですよ」


ネアの発言とともに車のメーターが一気に上がっていく。


「ちょっと、法定速度は守ってよ?」


「はははは。いいんですよ。ちょっとくらい破ったって」


「危ないでしょ」


「まぁまぁ、気にしない気にしない」


そういいながらネアはフルスロットルで車を運転し続けた。







桜利はよくわからないまま、ネアの運転は続き最終的に海岸で車を停めた。


「うひゃーーー寒っ」


車から降りた途端冷たい風が2人の体を襲う。


「ネア、ここはどこ?」


「海ですね」


ネアは近くの自動販売機でココアを2本買い、1本桜利に渡す。2人は石段に座りココアをすすった。波の音だけが桜利の耳に届く。


「最近、桜利さんは毎日帰ってくるとくたくたじゃないですか。顔も明るくないし」


「…そうだったかな」


「はい。だから、気分転換にでもと思って車を飛ばし海に来たわけですけど…寒いですね」


「うん、そうだね」


「やっちまいました」


「やっちまったな」


桜利とネアはクスクス笑った。こんなことで笑うのはいつぶりだろうと桜利は思った。いつしか、自分が笑うことを忘れていたのすら思い出した。


「桜利さん私と約束してください」


石段を立つと砂浜に立ったネアが桜利に向かって語り始めた。


「どんな困ったことがあっても、抱えず私に相談してくれませんか」


「あれ?そんなこと」


桜利にとっては意外なことだった。もっと重たい内容かと思っていたが意外とシンプルな内容だった。


「いや、本題は次の『桜利さんの好きなとこ100選』についてなんですけど…」


くだらないことだった。


「いや、どうでもいいことを…」


「いいえ、これは大事なことです」


いきなりネアの声のトーンが下がる。


「桜利さんには理解できないかもしれませんが、好きな人が毎日毎日暗い顔をしていることがどうでもいいことなわけないじゃないですか。それは私にとって何よりも悲しいことなんですよ」


ネアの顔は真剣だった。


「私はあなたが大好きです。どんな存在であっても」


正面から言われて桜利は少し頬を赤らめた。


「いいですか、桜利さん。私のほうが桜利さんより強いです。そしてあなたを愛してます。ですから、私を頼ってください。私はあなたの苦しみを半分請け負います。空いた半分には私の愛情であなたを埋め尽くしますので」


そういいながら桜利の前でネアは両腕を差し出す。「抱きしめろ」と無言の圧力をネアは桜利にかけた。


「…いや誰にも見られていないとはいえ、流石に恥ずかしいので早く来てください」


そういわれたので桜利は恥ずかしがりながらネアの首の後ろに手を回す。柔らかい香りが桜利の鼻を潜り抜ける。ネアの体温が腕から伝わってくる。


「というわけで桜利さん、早速今困ってることを相談してください」


「え?」


腕を戻すと桜利は一瞬戸惑う。思い当たる節がなかった。


「ピンとこないですか?話では先生のハンカチが取れないと聞いています。なのでアドバイスです」


そういうと胸元から口紅を取り出して桜利に渡す。


「これ何?口紅?」


「口紅型の閃光弾です。根元が柔らかくなっていて、つぶすと起動する構造になっていますので是非使ってみてください」


「でもいいのかな?これ使っても」


桜利はずるになってしまうのではないかと疑った。


「先生からルールを聞いた限りは大丈夫でしょうし、桜利さんが今後戦っていくにはこういったものは大いに役立つものだと思いますよ」


「じゃあ、今日使ってみようかな」


「それについてなんですけど、先生から『今日は休暇でいいよ』と伝言をもらってますので今日はお休みですよ」


それなら明日以降試だなと桜利は思った。話し込んでいるといつの間にか日が昇り始めていた。


「桜利さん、せっかくですからこのまま優雅にモーニングにでも行きませんか?」


「いいね」


朝日に照らされながら2人は車に乗り込んだ。








海までいった次の日、朝9時に事務所の前に行き、いつも通りに走ってからいつもの部屋に桜利は向かった。


「さぁ、来い」


いつも通り、桜利は風也の胸元のハンカチを狙いに行く…のではなく別のプランを虎視眈々と狙っていた。


風也に飛ばされたあと一回転して衝撃を殺す最中に口紅をくわえる。そして、うつむきながらもう一度掴みに行く。掴もうとした右手を風也に防がれた瞬間顔をあげてくわえた口紅を強く噛んだ。


「???」


瞬間まばゆい閃光が風也の視界を襲う。その瞬間に桜利はハンカチを掴んだ…はずだった。


「うーん、60点かな」


「うそでしょ。避けたんですか。それともわかってました?」


腕を離された桜利は驚愕する。自分の行動が読まれていたのかと思った。


「いや、くらってた。全然見えなかったよ。なるほど考えたね」


「いいんですか?こんなの使っても」


「戦場で使ってはいけないものなんてないでしょ」


その説明を聞いて桜利は納得した。確かに、何を使われても文句はないかと…それが自分の使えないものだとしても。


「これで受け身についてはとりあえずってところかな。今日はこれで切り上げようかな」


「明日はまた別のことですか?」


「そうだね。受け身特訓がここまで早いとは思わなかった」


桜利からすると1か月近くやってたからだいぶ長く感じていたが、一つの壁を越えたことに満足しながら帰宅した。





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