生者の行進

あんこし

第1話 朝はパン派の家庭(改定済み)

ピーピーピー




3回目の演奏、これは人類社会最大級の発明の一つ「目覚まし時計」の音。

この装置によって我々は何度となくその身に迫る危機から救い出されてきたであろう。

そしてここにいる少年も、また、演奏によって救われる予定の1人である。


「あと5分」


しかし、時計を見てそんなことを言いながら布団を被り夢の世界に旅立とうとする。


「3回目ですよ。さっさと起きてください」


4度目の演奏の前に少年の耳に天使の声が届く。


「さっさと起きてご飯食べてください。ほかの作業できないじゃないですか」


そのお願いに抗おうとする少年は布団を自身の上半身に覆い被せミノムシの状態を作り上げ睡眠妨害を防ぐ完璧な防御陣形を形成する。


だが、この行動をすでに天使は予測していた。

彼女が手に持っていた氷を一つズボンの隙間に入れ込むと、瞬間、ミノムシはまるでネズミ花火のように布団の中で舞い踊り始める。


「ネア?、冷たい…ちょっとおまっ、ねぇ!」


そう言いながら布団から出て慌ててズボンの中の氷を床に放り出す。


「おはようございます、桜利さん」


「おはようございますじゃない、何してんの?」


「桜利さん、私はバカではないので今月3回目のこのパターンに対する桜利さんへの対抗策を出しただけですよ」


「俺専用というより、全世界の男性専用だろ」


そう言いながらこの少年、赤宮桜利は重い足取りで洗面台に向かう。

蛇口から出る水を手で掬い上げ顔にぶつける。

鏡を見るとちょっとだけ右の髪の毛が跳ね上がっているのが気になるのか、何度か水をかけて押してみるが、直らないので諦めてリビングに行き席に着く。


「パンorパン?」


「両方パンじゃねぇか」


ニコニコしながらパンを運ぶ彼女。

銀色の長いストレートが特徴な赤宮桜利の同居人(従者)ネアである。今はパンを一口食べようとする桜利を微笑みながら眺めている。


「ネア?」


「はい」


「ネアってさ、見た目若いじゃん」


「いやぁ~そんなぁ」


「高校とか行かないの?」


「あ、私『天才』なのでイギリスで飛び級制度フル活用して全課程終了して加えて、メイド学校卒業してるからこうやって桜利さんの従者やってるんですよ」


何、お前は当たり前のこと聞いているんだよって顔で返すネアに対して、お前マジでいってるのかという目線で桜利は返す。



現代では、中学3年生は9月以後、ほとんど学校に行く必要はない。

各自で必要な書類や印鑑があるときに学校に行くくらいであってその他は個人の判断に任せられている。

これが現代の多様化した教育と社会理念の一つ「実力主義」の元の日本教育である。




桜利は近くの高校を受験することを考えており、その件で父から昨日手紙が届いた。

朝ごはんを終えると部屋に戻り手紙の封を切る。

父親である赤宮司は現在イギリス外交官としてイギリスにおり、桜利は何年も顔を合わせていない。


『桜利へ

やあ!元気?お父さんは元気だよ。こっちは寒くなり始めてきましたよ。そろそろ日本の温かいものが食べたいなぁ、鍋とか囲んで食べたいものだね。この時期だと焼き芋とかもいいよね。そちらの調子はどうですか?ネアとは仲良くやってます?お前は年頃だから、ネアは美人さんでも変な気を起こさないでね』


これが赤宮桜利の父赤宮司である。もう一度言うとイギリス外交官でただの親バカである。


こんな内容が書かれていると、2枚目もあまり見たくはなかったがせっかくの手紙なので渋々読む。


『手紙見たくねえなと思った桜利へ。

しかし、久々の手紙だから読まないと、と思う桜利よ。そういう小さな思いやりのある優しい子に育ってくれて嬉しいよ。受験頑張れよ。何事もある程度は気楽にね、やるんだよ。あと、この手紙を読んだ後この住所のところに行ってみるといいよ。私の古い知り合いがいて、いろいろ詳しいので教えてもらえると思うし、話はつけておいたから』


紙の裏には住所が書かれており、桜利は仕方なく行くことにする。

服を着替えて寝癖を頑張ってなおす。


「あら、お出かけですか?」


「少し、おでかけです」


いってらっしゃい〜という声を背にして家を出る。

秋風吹く駅のホームは寒い。

手紙に鍋やら焼き芋やら書いてあったが、確かに、もうそんな季節にもなっているのを肌で感じる。


駅のホームを降りて秋空の少し雲がかかる空の下を歩くこと十数分、目的地に着いた。

そこは、Openの看板が立っていたが人の雰囲気がない。

桜利は少し緊張しながらその扉を軽くノックした。





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