第9話 一瞬の出会いが人生を変える

渡された部屋の鍵を手に、桜利は指定された部屋に向かう。指定された部屋のドアを開けると、狭い通路になっており、横幅は桜利が2人並んで通れるか通れないかくらいの広さであった。奥にはベッドが一つと、机と椅子のセットが一つの簡素な部屋。



そんなに船の中にいるわけでもないだろうからいいかと桜利はイスにナップサックを置き自分はベットの上に座った。


「全受験生が乗船し次第、船が出ます」


館内アナウンスが流れると桜利は船に乗る前の大量の車を思い出し、少し時間がかかることを予想した。


「おかしい」



桜利の声は部屋の中に虚しく消えていく。桜利が船に乗船して約1時間近くが経過したが、全く船が出る気配がない。部屋の硬いベットの上で桜利はゴロゴロして過ごし続けた。



「あーーーーーー暇」



桜利はもはや事件性すら感じ始めた。船はまだ港を出ずにいたため、桜利は我慢の限界を迎え原因を聞くために、部屋の外に出る。誰もいない廊下を桜利が恐る恐る進んでいくと階段前に警備員と思われる男が立っていた。


「どうしたんだい君?」


「船がまったく出航してなくて何かあったのかなと思ったんですけど、何かあったんですか?」


「なんか、遅刻者を待ってるとか言ってたな」


「そういうのって置いて行ったりしないんですか」


桜利は疑問に感じたことを質問した。


「なんか、どうしても置いていけないらしいって聞いたな。俺もあんまり詳しくなくてね。あと、あんまり部屋の外に出ないほうがいいよ。一応、規則では受験者は部屋での待機を命じられているからね」



桜利は、言われた通りに部屋に戻る。




「まもなく船が出航いたします」


船内放送が桜利のいる部屋に響くと同時に大きな音を立てて船が港を出る。かなりの時間、待たされての出航となったため桜利の緊張はほとんどなくなっていた。桜利の手元にある予定表ではここからかなり遠い会場に向かうと書かれていたが、そんなことより、今の桜利は自身の空腹のことで頭がいっぱいの状態だった。桜利は少し小腹がすき始めた。桜利は外に出るなと言われてたが遅刻してきてる人を待つくらいなのだから大丈夫だと思い部屋の外に出た。


先程と同じく、廊下には誰もおらず、今度は階段の前にも人はいない。そのまま階段を上がっていくと、警備員らしき人物がいた。


「すみません、食べ物の売っている売店とかありませんか」


「まず君は誰?受験生?」


「はい」


「申し訳ないが受験生は規則上、部屋から出ることを禁じられている。今回はまだ、一度も警告を受けていない様子みたいだから多めに見るが、次はないと思え。また、そういった売店などはこの船にはない」


かなり強い口調で注意された桜利は仕方なく部屋に戻ろうとする時、フロアマップが目に入った。近くで見るとそこには自販機の位置が記されている。警備員の言ってることを無視して、向かってみると何人かの受験生らしき人が自販機で買い物をしていた。買い物が終わり空いた、自販機の前に立つと無惨にも全て売り切れ表示だった。


「あの…よろしければどうぞ」


桜利が少し落ち込みながら部屋へ戻ろうとするところ、背中から声がした。振り返ると桜利の前に自販機の前に立っていた人が声をかけてきた。


「いや、大丈夫ですよ」


差し出された栄養バーの箱を桜利はそっと押し返す。


「私何個も持ってるのであげます」


そう言いながらポケットからチョコレート菓子がたくさん出てくる。


「ほら、この通り」


「…では、ありがたく」


桜利はお腹もすいていたこともあり、ありがたく受け取る。


「ついでにこちらもどうぞ」


小箱のチョコレート菓子を桜利に渡してくる。


「ありがとうございます。俺、赤宮って言います。お名前聞いてもいいですか?」


「水亭桐菜。お互い試験がんばりましょうね」


そう言って桐菜は立ち去っていった。



部屋に戻った桜利はもらった栄養バーとチョコレートを食べながら、パッケージの原材料なんかを眺めていた。いただいたのはお酒入りのチョコらしく桜利は初めての味に舌が驚くのを感じた。









「まもなく試験会場に到着いたします。混雑を避けるため、部屋の番号ごとに呼び出しますので受験生は呼ばれるまでしばらくお持ちください」


お菓子を食べてからまた時間がたったころ、船内放送が流れる。桜利はようやく来たと思い降りる支度を始める。ほどなくして呼ばれると廊下で列ができていたので桜利もそこに加わった。


「ここで本人確認の照合を行いますので受験票の提示をお願いします」


船の中にいた人とは違う服を着ている試験官らしき人が受験生にアナウンスをしている。桜利はナップサックの中から受験票を取り出し列が動くのを待ち続けた。


「顔照合と受験票確認を行いますので、受験票の提示をお願いします」


桜利は受験票を机に差し出す。


「赤宮桜利さんですね。はい、特に問題はないですね…あれ?事前に能力については検査などはされてない感じですかね?」


「すみません。検査したけれど『なし』って検査結果が出たので記入してないんですけど」


桜利の回答に対して試験官は数秒間硬直した。


「確認いたしますので少々お待ちください」


桜利は一度進んで試験会場である島に足をつけた。


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