第20話 最初の山場

柿沼は足元に置いてあるアタッシュケースを指さす。


「これ使ったら、何とかなるかなと思ってはいるけど過信し過ぎたくないのとタイミング悪く使うと本当に全滅しかねないから条件次第って感じ」


「なるほど」


柿沼はそこまで言ってもその中身を桜利には教えなかった。


「来たぞ」


前衛を張っている男の一人が大声で叫ぶ。バリケードのはるか奥から人影がぞろぞろと現れる。


「第一前衛部隊は正面に立て、それ以外は後方で用意しろ」


黒田の号令がバリケード内に響き渡る。


「いよいよですね」


「そうだね。少ししたら君も動いてもらうからね」


桜利達の防衛側はバリケードの前に前衛を張るメンバーが立っている。防衛の指揮を執る黒田の頭の中では『バリケード内に入られたら負け』の考えを全員に共有していた。そのために前衛には怪力を誇る3人を配置しており、3人が『身体強化』の能力による強化を受けている。彼らは、最初の『当たり役』であり、進行してくる敵の前衛と盾を持つ守りの前衛が衝突する。



「前衛が防いだ。撃て」


前衛が敵をはじくことで、敵の足は止まりそこに一斉射撃を浴びさせる。全体としてはこれが何度か繰り返されると敵は一度後退した。


「もしかして、止まりました」


「前衛の人たちが頑張ってくれたみたいだね。前衛のほうの様子を見てきてくれる」


桜利は柿沼に言われ、バリケードの付近まで行き指揮を採っている黒田を探した。


「黒田さん。状況がどんなものか聞きに来ました」


「ああ、今のところは問題ない。こちらはほとんど損傷はないからな。もう一度、交戦が起きても問題はないだろ」


桜利はそのことを聞いて内心、ほっとしながら柿沼に報告した。


「了解。そしたら、さっき運ばれてきた負傷者の様子を見てきてくれない。建物の中にいるから」


「わかりました」


桜利は建物の中に入り、先程の負傷者のもとへと向かった。


「体は大丈夫ですか?」


「あぁ、なんとかな。君は..俺を一番に見つけて運んでくれた子か?」


「多分そうですけど」


「ありがとう。本当に助けられたよ」


男は桜利の手を握って感謝した。


「ゆっくりと休んでください」


桜利は柿沼にもう一度寝たことについて話した。


「わかった。多分この次の交戦はさっきよりひどい事になりそうかな」


桜利の報告を聞いた柿沼はそう漏らした。



最初の襲撃からかなりの時間が過ぎ、雪が強くなり始める。


「来ないですね」


「いや、来たみたい」


柿沼の発言に桜利は目を凝らすがまだ見えない。やがて、敵が姿を現す。 今回もこちらは前衛がバリケードを越えて盾を構え、後ろから援護射撃を行う形をとっている。しかし、今回は敵側もただでは突っ込んでこない。盾兵を前にして、敵も陣形を組む。


「前衛、一回引いてこい。後衛は援護に回れ。援護射撃開始」


黒田は嫌な予感を察知して前衛を下げさせる。前衛が引くより前に相手の後方から何か撃ち込まれる。山なりの軌道を描いてその弾はバリケードの手前に落ちやがて煙が立ち込める。


「ちょっと、やばいかも。悪いんだけど右側にいる赤坂さんに『正面』って伝えてきて」


柿沼はこの状況を見て桜利に伝言をお願いする。お願いされた桜利は赤坂のもとへと向かった。


「赤坂さん。柿沼さんが『正面』って言ってました」


「わかりました。皆さん、我々はここからタイミングを見て正面の戦闘に参加します」


そう言うと赤坂含めたメンバーは各々準備を始める。


「伝えてきました」


「了解」


桜利が柿沼に報告をした時、正面のバリケード付近では近距離での戦闘が行われていた。黒田が指揮をとりながら自らも戦っている。そこに赤坂の援軍が到着し射撃を行う。


「俺たちも向かったほうがいいんじゃないですか」


桜利は柿沼に『指示をくれ』と願う。


「君のカバンの中にあるナイフ貸してくれる?」


桜利の質問には答えず、柿沼は桜利からナイフを借りる。


「質問に答えるけど、君を前に出すつもりはないよ」


「どうしてですか?」


桜利は少し強めに言い放つ。ここで、柿沼は桜利の襟を掴んで下に引っ張る。


「ちょっと、いきなり何するんですか」


「敵、右の草むらの中だ」


桜利はとっさに、右の草むらを見るが何もいない。次の瞬間、桜利の目の前が真っ白になる。まばゆい閃光が桜利の目を襲う。ゆっくりと目を開くと目の前には刃先がほんの数センチで刺さる距離にあった。


「けがはないか」


桜利の目の前の刃先を片手でつかみながら柿沼が問いかける。桜利は驚いて言葉が出なかったため、激しくうなずく。柿沼は桜利からもらったナイフを桜利に刃先を突き付けている男に突き刺した。刺された男は一瞬、目を大きく見開き倒れ込んだ。


桜利と柿沼の前には距離が離れて7人の敵がいた。 しかし、いち早く味方がこちらの異変に気づき、かなりの人数が寄ってきて交戦となった。


「立てる?」


手を差し出して尋ねてくる柿沼に対して、桜利は自分で立って見せる。


「なんで、正面に行かせたくないのか、戦わせたくないのかわかった?」


柿沼の問いかけに対しては何一つ桜利は返すことができなかった。「実力不足、そして足手まといになる」ということが桜利は身をもってわかった。


「聞いてもいいですか。どうして、右に敵がいるって思ったんですか」


「勘」


「じゃあ、閃光弾がくるってわかっていたからナイフを抑えられたんですか」


「わからなかったけど、勘で避けられた」


桜利の質問に対して柿沼は半ば雑に答える。


「あなたは何者ですか」


「ただのおじさんだよ」





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