第16話 前座

「説明してもらってもいいですか?」


置いていたアタッシュケースを拾い肩からかけた柿沼に対して、桜利は問いかけた。


「…詳しくは話さない。理由は君が知っていると良くないことが起こるから」


「え?どういう意味ですか?」


「そのまんまの意味だ。それにまったく話さないわけじゃない。あれは、戦争で利用される『軍事兵器』だと思う。その中でも、過去に大変な犠牲を生み出せたとされるだ」


「なんでそんなものがここにあるんですか?」


「わからない。そもそも本物かどうかもわからないし、全く別のものかもしれない」


「謎ですね。誰か知ってる人がいたりするんですかね」


「先に言っとくけど、今見たものはこの先の人生で口外しない方が身のためだと思うよ」


柿沼からの説明を受けるが、それでも桜利はまだ、先程の部屋の中での柿沼の表情が頭から離れない。


「多分俺から話すべきなのはこのくらいかな。これ以上、話しても情報量が多すぎてパンクしかねないでしょ」


「確かに」


『情報のパンク』に関しては桜利は言われてはじめて気づいた。そもそも、ここまでの桜利は受験生との度重なる連戦、試験官に川に落とされ、初めて見た死体、そして先程の白い部屋とあまりにイベントごとが多すぎた。


「言われてみれば、少し疲れました。いったん正規の道に戻りましょう」


「そうするのがいいかな。ここから一番近いチェックポイントはD地点になるのかな。C地点はちょうどこの滝の上のほうで登るのは到底不可能だし」


桜利は地図アプリを見ると、柿沼の言っている通りD地点の方が近い。二人はまた川沿いを歩き始める。


「そのアタッシュケースって何が入っているんですか」


「俺が愛用している武器が入ってる」


「へー。でも、箱の中に入っていたら使いにくいのでは?」


「よほどの事がないと使わないから問題ないかな。あんまり人に見せるようなものでもないし」


「そんなこと言われると何が入っているか余計に気になります」


「生体認証必須だから開けられないよ」


そんなことを話し合いながら、2人は川沿いから森の中に入り正規ルートを目指す。道はそれほど険しいわけではないので、スムーズに進んだ。


「何とか正気の道まで戻れそうですね」


「そうだね。いや、待った」


森から出ようとした桜利を、柿沼は止める。柿沼は手で「ついてこい」とジェスチャーをし、桜利は指示通りについて行き柿沼の後ろにしゃがみ込む。


「どうしたんですか?」


「誰か来ている」


柿沼が指さす方向を見ると、迷彩服に身を包んだ一人の男がこっちに向かってきている。男の手には桜利が初めて目にする本物のアサルトライフルを持っている。


「誰なんですか?あの人たち」


「わからない。あんな奴知らない」


「明らかに関係者ではないですよね」


見た目からして危ない人だと理解した桜利は木の下でしゃがみ込み、息の仕方を忘れたかのように意識して、男が通り過ぎて行くのを待った。

通り過ぎると同時に桜利の横にいた柿沼はゆっくりと男の背後に周り首を絞める。絞められた男は腕をばたつかせ必死に抵抗するが、数秒の内にいきなりぐったりとした。


一連の流れを見て、桜利は柿沼と合流しようとして立ち上がった瞬間後ろから首元にありえない力がかかる。


「??????」


理解より先に、体が気道を確保しようと自然と上を向く。鼻で呼吸しようと試みるが、首にかけられる力が強く唾が飛び出て、目の前が霞み始める。


途端に首元を抑える力が弱まり解放される。桜利は嗚咽しながら後ろを振り返ると、先程通った男と同じ装備の男が流血した左手を押さえていた。


「クソがぁ」


桜利の目の前の男が殴りかかろうとすると、真横から柿沼の腕が男の首元を掴みそのまま木にぶつかった。


「無事?」


「なんとか」


柿沼の右手からは血管が浮き出ている。


「この人は大丈夫なんですか?」


「わからない。多分、木にぶつけた衝撃で気を失ってると思うけど死んではないと思う」


「向こうにいた人は?」


「一旦は、拘束しておいた。この人と同じで、気を失ってるけどね」


桜利はよくわからない奴に襲われたこと以上に柿沼の反応速度に驚いた。2人目の男もそうだが、特に1人目を仕留めた時の手際の速さには目を奪われていた。


「とりあえず少し、来た道に戻ろうか。なんにせよこの状況を見られると少しめんどくさいからこの二人を森の奥まで運ぼうと思うから手伝ってくれ」


桜利達は気絶した男たちを来た道に運び込む。


「さてと、何を持ってるか調べますか。悪いんだけどこっちに誰か来ないか見ておいてくれない。もしかしたら、こいつらの仲間がうろついてるかもしれないからその時は静かにこっちに戻っておいで」


桜利は柿沼に言われた通りに、少し離れたところから周りの様子を見ている。


「おいで」


森の中から柿沼の声が聞こえてきたため桜利は柿沼のもとに向かった。


「とりあえずこれは着ておいたほうがいいかな」


桜利は柿沼に言われた通り、桜利を襲った男が着ていた防弾チョッキを着る。


「これ持つ?」


柿沼は桜利にピストルを差し出した。


「…もらってもいいですか」


「実弾の経験は?」


「…ないです」




結局、クーラとの特訓で実弾を使うことはなかった桜利にとっては初めての本物だった。


「一応、持っておいて。大丈夫、君に撃たせはしない」


クーラとの特訓の時、嫌でも使っておくべきだったなと桜利は今になって後悔している。受け取ったマガジンをポーチに入れナップサックを背負った。


「こいつらは誰なのかが次の問題だな」


「そこが謎ですよね」


「トランシーバーがあるんだけれど、まったく連絡が入ってこないし壊れてるのか?」


「とりあえず、俺たちは本来の予定通りD地点に向かいませんか」


「そうだな」


「本部より偵察隊に連絡。作戦決行時間に変更なし。繰り返す。変更はない。日本時間16時00分より上陸作戦を決行する」


歩き出そうとした瞬間に柿沼の持っていた無線機に通信が入る。


「今何時何分?」


「15時25分すぎですかね」


「時間がない。急ごう」


柿沼が最後の言葉を言い終わる前に島全体に警報が鳴り響いた。


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