第19話 蜂の巣
「勝った・・・の?」
ココアは目の前の光景にポカンと口を開けた。
俺達の視線の先で赤い甲虫は――
(終わった・・・)
俺は安堵の息を吐いた。
まだ周囲に敵は――働き蜂は残っている。
だが、今だけは、この瞬間だけは、ホッと一息つきたかった。
「ココア! 喜んでちゃダメだよ! 周りにはまだモンスターがいるんだから!」
「わ、分かってるよエミリー」
エミリーに注意され、ココアは緩んでいた頬を引き締めた。
エミリーはスモールソードを構えながらココアの側に駆け寄った。
「アキラさんはココアの代わりにモンスターの攻撃を受け止めて大変だったんだから、残りの蜂は全部私達でやっつけないと!」
「ぜ、全部?! これ全部、私達だけでやるの?!」
ココアはギョッと周囲を見回した。
おそらくまだ百匹以上は飛んでいるだろう。
エミリーはフンスと気合を入れているが、いくらなんでもそれは無茶だ。
俺は今にも座り込みたい気持ちを堪えながら二人に声を掛けた。
「待て、エミリー。そんな事をする必要はない。この近くにヤツらの巣があるはずだ。それを壊せば働き蜂は逃げて行くはずだ」
ちなみに一匹だけ残っていた
戦っている最中に俺達を攻撃しようとして、運悪く
「そ、そうだね。手分けして探そう!」
「あ、待ってココア! 一人で行っちゃダメ! もし、まだ
なんて恐ろしい事を言うんだ、お前は。
俺は思わず腰が砕けそうになった。
まだ
その時、俺の
どうやら魔力が尽きたようだ。
(そういえば、結局MPの数値はどうなったんだろうな?)
60を超えた所までは覚えているが、最終的にどのくらいまで増えたのかは見ていなかった。
(それどころじゃなかったしな。それにエミリーに盾を強化して貰ってからは、あまりダメージも入らなくなっていた。多分、80か90くらいだったんじゃないだろうか?)
ひょっとして100まで到達していたのかもしれないが、だからといって何だという話だ。
この流れだと「結局何もありませんでした」という事になっただけなんじゃないだろうか?
(本当に俺のジョブは、一体何がしたいんだろうな)
あまりの理不尽さに納得出来ない気分だが、今回の戦いでは上がった
【
蜜蜂モドキの巣は割とすぐに見付かった。
倒木に隠れて小さな巣が作られていたのだ。
「きっとこれじゃない?」
「いや、おかしいだろう。なんでこんな小さな巣に
とはいえ、他にそれらしい巣は見当たらない。
蜜蜂モドキには縄張りがある。近くに別の巣があるとは思えなかった。
「ここで考えていても仕方ないか。ココア、巣を壊してくれ。女王蜂がいるはずだから、そいつもやるんだ」
「分かった。うわっ! 気持ち悪っ!」
ココアが巣に近付くと、最後の抵抗とばかりに働き蜂達が一斉に彼女に襲い掛かった。
しかし、
ココアはまとわりつく蜂達をうっとおしそうに手で払いながら、バキバキと蜂の巣を踏み抜いた。
「あっ。大きな蜂がいた。多分コイツがそうじゃない。――やっつけたよーっ!」
女王蜂自身には攻撃力はほとんどない。なにせ針すら持っていないのだ。
「蜂達が逃げて行きます」
「ああ、依頼達成だな」
女王がやられると、働き蜂達は三々五々、森の中に消えて行った。
呆気ないもんだ。
話によると、こうやって去って行った働き蜂は、適当に見つけた他の巣に潜り込み、しれっとそこの一員になってしまうそうだ。
逞しいと言うか、何と言うか。
「それにしても、
ここからは後日の話だが、俺はさっき、一つ上の階層ですれ違った例のベテラン冒険者達と話す機会があった。
その際に今の疑問を口にしたのだが、彼らが言うには、「本当に他所からやって来たんじゃないか」との事だった。
以降はその時の会話となる。
「俺の勘ではそいつは”
「ぶんぽう?」
女王蜂は巣の中の蜂の数が多くなると、新しい女王蜂を巣に残し、半分程の働き蜂を連れて新しい巣へと移動するのだという。
「じゃあ、あの
「こいつも俺の勘だが、多分、元の巣にいたヤツだったんだと思うぞ」
オッサンが言うには、俺達は運が良かったそうだ。
「巣が小さかったって言ってたよな。それはつまり、その巣ではまだ新しい
なる程。俺達が戦った
「あんなのと何匹も戦わずに済んで助かったよ」
「そういう事。これに懲りたら冒険者が手を出さないような依頼は、軽はずみに受けないようにするこった」
忠告は最もだが、あれは俺が受けた依頼じゃなくて、ココアが勝手に受けていた物だったんだがなあ。
彼らベテラン冒険者は、長年の経験と勘で「どうもこいつは
だからそういう依頼はいくら報酬が良くても受けないのだという。
「まあ、もっともその勘も割と良く外れるんだが」
「むしろお前の勘は当たる方が珍しいんじゃないか?」
「なんだそりゃ! 今までの会話を全否定かよ?!」
「ハハハハ、青いな青年! 勘はしょせん勘。もしも俺の勘が全部当たるなら、俺達は今頃金持ちになってるだろうよ!」
「違いない! そうなりゃ俺のスープだけ具が少ないのなんので母ちゃんとケンカする事だってなかっただろうな!」
そう言ってオッサン達はゲラゲラと笑った。
どうにもこのオッサン達は、毎回会話の最後にオチを付けないと気が済まないタチらしい。
ココアとエミリーが戻って来た。
「魔石と討伐証明を拾って来たよ」
「討伐証明はこれでいいでしょうか?」
討伐依頼には、「指定のモンスターを確かに討伐しましたよ」という証拠が必要となる。
「一つは半分になっちゃってるけどね」
「最初に俺が切り飛ばしたヤツだな。・・・まあ、三匹分もあるし、一つぐらいは大丈夫なんじゃないか?」
一応、
苦労して倒したんだし、何らかの追加報酬は欲しい所だ。
「こっちも終わった所だ」
俺は蜜蜂モドキの巣からハチミツを回収していた。
蜂の巣をハチミツ取り用の木箱に入れ、上から押しつぶすと下からハチミツが出て来るという仕組みだ。
勿論、この木箱はココアが持っていた。
「結構取れたね」
「そうか? 小さな巣だったし、少ない方なんじゃないか?」
俺は木箱をひっくり返すと、潰れた巣の欠片を広げた布の上に落とした。
「どうする? 食べてみるか?」
「「食べる!」」
二人は巣の欠片を口に入れるとモニョモニョと咀嚼した。
俺も二人にならって一口食べる。
「うん! 甘い!」
「確かに甘いが、巣自体に味はしないんだな。巣はムリに食べなくてもいいか」
俺は巣に残った蜜だけ味わって、味がしなくなった巣は捨てた。
「ううっ。甘いのに喉が痛くて飲み込めない」
「ココアは町に戻ったら教会で治療をして貰わないとね」
そういえばココアは破傷風の疑いがあったんだったか。激しい戦いですっかり忘れていた。
戦いの最中に倒れたりしないで良かった。
疲労した体に甘いハチミツが染みわたる。
(今回は随分とムリをしてしまったなあ。盾も使い物にならなくなったし)
エミリーの魔法で強化されたとはいえ、
こうなってしまえば、流石に修理しても使い物にはならないだろう。
(下取りに出すしかないか。討伐報酬とこのハチミツの代金で、どうにか代わりの盾が買えないだろうか。・・・ムリだろうなあ)
予備の盾とはいえ、それなりに値の張る品だった。同じ物を買うには多分、金が足りないだろう。
(結局、これだけ苦労して赤字なのか・・・)
そう考えると思わずため息をつきたくなるが、今回の目的は、二人の新人とパーティーを組んで、彼女達の実力を見極める事だった。
二人共経験は浅いし、いくつかの欠点はあるが、十分に期待出来る冒険者だった。
「それが分かっただけ収穫はあった――か」
俺はそう思う事で自分の心を慰めるのだった。
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