第11話 MP

 戦闘時に俺が受けたダメージ量に応じて増える謎の数値。

 MPの表記はあるものの、それが何の数字で何に使うものなのか、俺にはさっぱり分からなかった。


「MPのMは、マジック、じゃない? SMのM? MPは『マゾ的な数値ポイント』を表しているのか?!」


 MPという表記が、ゲームであまりに見慣れたものであったため、つい、マジック・ポイントの略だと思い込んでいた。

 だが、MPはマジック・ポイントではなく、マゾ・ポイントではないのだろうか?


(全てはMPを溜めるため。

 俺の魔力装甲マナ・アーマーが攻撃を相殺しないのも、受けたダメージをMPとして変換する、このシステムのせいだったんじゃないだろうか?

 俺の魔力が10と微々たるものなのも、魔力装甲マナ・アーマーで攻撃を受けないから――つまり魔力を防御で使う必要がないから。と考えれば理屈は通る。

 ――いや、待て。【七難八苦サンドバッグ】が前衛職とは限らない。もし、後衛職だった場合、魔力は魔法を使う際に必要となる。

 という事は、逆説的に考えて、【七難八苦サンドバッグ】は魔法を使わない前衛職という事になる。

 そもそも、ここまでしてMPを――マゾ・ポイントを溜める事に何の意味があるんだ?)


 分かったようで、実はさっぱり分からない。

 一瞬、経験値的な何かかも、とも思ったが、それだと武装解放トランスレーションを解除した際に消えてしまう意味が分からない。


 考え込んだ俺に、仮パーティーのメンバー、【闘技者モンク】のココアが声をかけた。


「どうしたのよアキラ。早く行こうよ」

「ん? ああ、分かった」


 今はこれ以上考えても意味はない――か。

 MPがマゾ・ポイントというのも、ただの思い付きであって、なんら根拠のあるものではない。

 ・・・どうも俺は前世の記憶を取り戻して以降、M感情に振り回される機会が多いせいか、考えがそっちに偏る傾向にあるようだ。


「なんにせよ、結論を出すにはデータが少なすぎる」


 俺は頭を振って気持ちを切り替えると、モンスターの索敵を開始したのだった。




 依頼条件の小魔石80個は、ほぼほぼ予定通りの時間に集め終える事が出来た。

 ココアはまだ戦いたそうにしていたが、俺はキャンプに戻る事に決めた。


「ええ~っ。そろそろレベルが上がりそうな気がするんだけど・・・」

「ダメだ。そう言って欲をかいた時に限ってミスをするもんだ」


 これがゲームなら、レベルアップまで戦うのもアリだろう。

 しかし、これはゲームのようでゲームじゃない。

 俺達冒険者にとっての現実リアルだ。

 あと少し、あともう少しと深入りしたせいで取り返しが付かなくなる。――その時、冒険者はその代価を自分の命で支払う事になるのだ。


 ココアは「ちぇっ」と舌打ちしたが、エミリーの不安そうな顔を見て肩を落とした。


「分かったわよ。どうせ明日もあるし、今日無理して焦る必要はない。そう言いたいんでしょ」


 そういう事だ。

 しかし、【闘技者モンク】のココアと【小賢者セージ】のエミリーのチームは、ジョブとしては絶妙に噛み合わせが悪いものの、行動派のココアと慎重派のエミリーと、性格面では上手くバランスが取れているようだ。

 あるいは、だからこそ二人はチームとしてやっていけるのかもしれない。


「じゃあキャンプに戻るか」

「「えっ?」」


 真っ直ぐ歩き始めた俺に、ココア達が驚きの声を上げた。


「今、戻ると決まっただろ? まだ何かあるのか?」

「いや、それはそうだけど。アキラ、あんたキャンプの場所が分かってるの?」


 どういう事だ?

 どうやら彼女達は、俺が地図も開かずに歩き始めた事に驚いたようだ。


「なんだ、そんな事か。ずっと俺が先導して歩いていたんだぞ。大体の場所くらい分かっているさ」


 それでも二人は納得出来なかったのか、何か言いたそうに顔を見合わせた。


「心配しなくても地図なら背嚢に入っている。もし迷ったらその時に見るさ」


 俺はそう言うと歩き始めた。

 二人は少し遅れて俺の後に続いた。


 それからしばらく後。俺達は問題無く、荷物を置いた広場に戻って来た。

 ここでようやく二人は安心したようだ。

 そして俺も、自信満々に大口を叩いた手前、迷ったりしないで本当に良かった、と、ホッとしていた。


「やはり人間、謙虚が一番だな。謙虚は美徳。日本の文化はこの異世界でも通用する」

「何? アキラ。一番が何だって?」


 俺は「何でもない」とかぶりを振った。


「それよりも飯にしようぜ」


 夕食にはかなり早い時間だが、俺達は昼飯も食わずに戦っていた。

 言われた事で空腹を思い出したのだろうか? エミリーのお腹が小さく「クウ」と鳴った。


「エミリー、お腹が鳴ったよ」

「ココア! わざわざ言わないでよ!」


 顔を真っ赤にして友人の服を引っ張るエミリー。

 俺は小さく吹き出すと、自分のテントに向かったのだった。




 ダンジョンの中には昼も夜もない。

 何日もそんな場所にいると、外と時間がずれて来てしまう。

 そこで俺達冒険者は、とある道具を使って今の時間を知るのである。


「よし。まだ燃え尽きていないな」


 俺が確認したのはテントの外に置かれた小さな壺。

 壺の口は上ではなく、横向きに付いている。蚊取り線香の豚を思い浮かべて貰えば近いのではないだろうか?

 壺の中には、小さな火がついた太いロウソクが立っていている。

 ロウソクからは薬草を煮詰めたような匂いが漂っている。

 弱いモンスターはこの匂いを嫌い、近寄らない。

 つまりはモンスターよけのロウソクなのだが、このロウソクが燃え尽きるのが大体八時間。

 俺達冒険者はロウソクの残りの長さで時間を知るのである。


 俺は壺の中のロウソクを新しい物に取り換えた。

 まだ一~二時間は使えそうだが、ケチってモンスターに襲われては割が合わない。

 そんな俺をエミリーが不思議そうに見ていた。


「どうした? 何か気になるのか?」

「・・・あの。最後まで使わないんですか?」


 エミリーも大分俺に打ち解けて来たのか、最初の頃と違って、話しかければちゃんと返事をしてくれるようになっていた。


「そりゃあ、まだ少しは使えるだろうが、残りを気にしながらだと気が休まないだろ?」


 ダンジョンの中にいる以上、完全にリラックスする事は出来ないが、それでも、可能な限りのオンオフは必要だ。

 人間の集中力はそう長くは続かない。

 休める時には休んでおかないと、思わぬところで精神の疲れが出て、つまらないミスをしてしまうものである。


「はあ、そうなんですか」


 口ではそう言ったものの、それでもエミリーは、「まだ使えるのに勿体ない」という気持ちの方が強いようだ。

 火を消した短いロウソクを名残惜しそうに見ている。

 まだ稼げない新人冒険者にとっては、モンスター除けのロウソクに使う出費も無視できないのだろう。


(俺にもこんな頃があったなあ)


 あの頃はとにかく必死だった。何でもやったし、何にでも挑戦した。

 ジョブも発現しないクズ冒険者は、そうでもしなければパーティーに残れなかったのだ。


「それよりも、メシの支度はしなくていいのか?」


 エミリーもココアも、荷物を置いた後、何もしていなかった。

 俺か? 俺は石を積んで簡易なかまどを作り、鍋の水を沸かしている最中だ。

 食材を煮込む前に今の時間が気になったので、モンスター除けのロウソクを見に来ていたのである。


「えと、それは・・・」

「何してるのエミリー」


 ここでココアが現れた。

 彼女は手に持った袋に手を入れると、中から硬パンと干し肉を取り出した。


「それがお前達の食事か? 湯は沸かさないのか?」

「炭って高いじゃない。それに荷物になるしさ。別に水のまま飲んでも困るもんじゃないし」


 ココアはそう言うと、硬パンを小さくちぎって口の中に放り込んだ。

 何も付けていないパンは、口の中の水分を吸って喉を通り辛いらしく、彼女は顔を歪めながら苦労して飲み込んだ。

 エミリーは干し肉に齧りついたが、噛み切れずに困っている。

 俺は二人の様子に呆れてしまった。


「出費をケチるからそうなるんだ。その干し肉を渡せ。一緒に柔らかく煮込んでやるから」


 幸い、鍋は大きめの物を持って来ている。――というか、新人相手に「道具は全て個人持ち」と決めた時点でこうなる気はしていた。

 ココアは自分で条件を切り出した手前、少し渋っている様子だった。

 彼女は「炭だってタダじゃないし」などとブツブツと呟いていたが、エミリーはサッと彼女の手から干し肉を奪うと、自分の分も合わせて俺に差し出した。


「ちょ、エミリー!」

「アキラさん、お願いします」

「お、おう」


 余程硬い肉だったらしい。

 俺は受け取った干し肉を刻んで鍋に入れると、パラパラと食材を足した。


「それは?」

「干した漬物野菜と大麦だ。干し肉だけだと、三人分にはボリュームが足りないからな」


 干し肉と干し野菜の簡単雑炊だ。 

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