第12話 発病

 食事を終えた俺達は、交代で見張りをしながら寝る事にした。

 俺の順番は二番目。

 寝て、見張りをして、寝る、という一番キツイ順番になる。

 ココアとエミリーが女で子供だから気を使っての事、ではなく、俺がこのパーティーのリーダーだからだ。

 リーダーが一番楽をしているようではパーティーは長続きしない。

 口で何を言っても人は付いてこない。上に立つ者が率先して苦労をしてみせる必要があるのだ。


(まあ、社長をやっていた前世の親父の言葉の受け売りなんだが)


 最初の見張りはココアに決まった。

 俺は彼女に後を任せると、テントの中で横になった。


「やっぱり温かい食事は大事だよな」


 ダンジョンの探索中は、どうしても気を張り詰めてしまう。

 温かい食事は精神をリラックスさせるだけではなく、体を中から温め、内臓の働きを活発にする。

 逆に内臓の働きが低下している所に、消化の悪い物を食べては、お腹を下しかねない。

 自衛隊や各国の軍隊の戦闘糧食レーションだって、同梱している固形燃料で温めて食べるように出来ているくらいである。


(それにしても、俺の作った雑炊はエミリーに大好評だったな)


 あの体の何処に入るんだ? と驚くくらい、彼女は旺盛な食欲を見せた。

 逆にココアはあまり食事が進まない様子だった。

 ココアの分までエミリーが食べていたので、料理が残るような事は無かったが。


(日頃の印象と違って、意外とココアの方が繊細で、エミリーの方が肝が据わっているのかもしれない)


 やっぱり人となりというのは、一緒に過ごしてみないと分からない物だ。

 俺はそんな事を考えているうちに、いつしか眠りについていた。




「アキラさん! 起きて下さい! ココアが! ココアが大変なんです!」


 エミリーの声に俺は瞬時に覚醒した。

 ダンジョンの中で寝ぼけるようなヤツを、俺はSランク勇者パーティー『竜の涙』の【聖騎士クルセイダー】、カルロッテ以外に知らない。

 アイツはガチで寝起きが悪いからな。


「何があった?!」


 俺はテントを出ると自分の目で周囲を確認した。

 モンスターの襲撃があった様子はない。ココアが座り込んだまま少し引きつった顔で俺の方を見た。


「ココア。どうしたんだ?!」

「・・・別に何も。エミリーが大袈裟なんだよ」

「ウソ! さっきあんなに苦しそうにしてたじゃない!」


 薄暗いダンジョンの光の中でも、エミリーの顔が青ざめているのが分かる。

 彼女はココアの様子がおかしいのが気になって眠れなかったそうだ。

 少し話しをしようとテントを出た所、苦しんでいるココアを見付けたのだと言う。

 俺はココアの様子を窺った。

 苦しんでいた、との話だが、今はそうでもないようだ。


「おい、ココア。何か隠――」


 彼女の肩を掴んだ瞬間。俺の手に彼女の震えが伝わった。

 いや、違う。


(震えじゃない。痙攣けいれんだ)


 ココアの顔は引きつり、手足が細かく痙攣けいれんしていた。

 これは一体・・・


「さっきはちょっと調子が悪かっただけで、今はもう平気だから」


 ココアはそう言うと俺の手を払った。その時、彼女のシャツの襟元から白い包帯が見えた。

 先日、負傷したという背中の傷。まだ治り切っていないケガだと聞いていたが――


「――ココア。ちょっと背中の傷を見せて見ろ。おい、逃げるな! エミリー、ココアを押さえろ!」

「ココア、じっとして!」

「もう、二人共しつこいな! 分かったよ!」


 ココアは一瞬、抵抗する気配を見せたが、すぐに諦めて大人しくなった。

 エミリーが彼女のシャツをめくって背中を露わにした。

 こんな時になんだが、俺はその華奢な背中に、(ボーイッシュに見えてココアも女の子なんだな)などと思ってしまった。

 包帯の隙間から見える肌が赤く腫れているのが分かる。

 痛々しくはあるが、特におかしな様子はなかった。


「・・・ホラね。大したケガじゃないって言ったろ。ちょっと治りが悪いだけだって。ケガした時にすぐに傷薬だって塗ったし、そのうち良くなるよ」

「その傷薬というのは?」

「普通の傷薬。冒険者ギルドで売っているヤツよ」


 それなら俺も良く使っている薬だ。勿論、今回も持って来ている。

 だったら何も問題ないはずだが・・・

 考え込む俺にエミリーが声をかけた。


「傷薬に何かあるんですか? だったら確認して下さい」

「えっ?」


 俺は一瞬、耳を疑った。

 しかし、エミリーとココアの二人は何も疑問を抱いていないようだ。

 エミリーは自分達の荷物の中から、小さなビンを取り出した。


「これです」

「これって・・・一度開けた傷薬を何で持っているんだ?」

「えっ?」


 俺は慌ててビンの蓋を開けた。傷薬はまだ少しだけ残っていた。

 指先に薬を取ってみると――どうだろう? いつも使っている薬より、粘りがないようにも感じられた。

 薄暗いので良く分からないが、明るい場所で見れば、薬が分離しているのが見えたかもしれない。


「この薬を最初に開けたのはいつだ?」

「・・・ええと、その・・・」


 俺の険しい表情に、エミリーはいつもの人見知りがぶり返したようだ。

 しどろもどろになった彼女に代わって、ココアが答えた。


「確か、前にエミリーが膝を擦りむいた時に使ったから、一月くらい前じゃない?」


 一月。一ヶ月も前に封を切った薬を使ったのか。


 新人冒険者にとって、冒険者ギルドで売っている薬は高価な代物だ。

 俺も――アキラも十五歳まで、何も無い貧乏な村暮らしだったから、その感覚は良く分かる。

 村ではケガをしてもそのまま放っておくか、薬草(と言われている苦い草)を親か自分が噛んでペースト状にして、治るまで傷口に張り付けておくのだ。


 おそらく二人は一度傷薬を使ってみたかったのだろう。

 保存が利くように作られた傷薬とはいえ、まだ医療の未熟なこの世界で作られた物。

 基本的には一度封を切ると使い切り。開けると薬効成分はどんどん抜けていってしまう。

 それなのに二人は残った傷薬を「勿体ない」と大事に取っておいてしまった。

 そしてココアは効果の抜けきった古い傷薬を使ってしまったのだ。

 幸いな事に、妙な匂いもしていないし、見た感じもおかしくはない。多分、薬としての効果が無くなっただけだと思われる。

 もしも腐っていたら流石に二人も気付いただろうし、傷口はもっと酷い事になっていただろう。


 薬の効果がなかったのは分かった。

 となると、ココアの体調不良の原因に、俺は思い当たるものがあった。


「二人共聞いてくれ。これは前世で読んだ漫画の――ゴホン。人伝で聞いた話なので確実ではないが・・・」


 前世の記憶。しかも元ネタが漫画なのでイマイチ説得力に欠けるかもしれないが、多分間違えてはいないだろう。


「ココアは破傷風じゃないかと思う」




◇◇◇◇◇◇◇◇


 破傷風とは、破傷風菌によって引き起こされる感染症の事を言う。

 破傷風菌は世界中の土壌に存在し、傷口から体内に入ると増殖して毒素を発生する。

 この毒素が人間の神経に作用し、様々な障害をもたらすのである。

 破傷風の潜伏期間は三~二十日程度

 最初は開口障害(口が開き辛くなる)、嚥下障害(物が飲み込み辛くなる)などの症状が起こり、やがて歩行や排尿・排便の障害、全身の筋肉の痙攣などを経て、重症化すると体を弓のように反り返らせる全身痙攣発作が起き、呼吸困難、心停止等を引き起こして命を落とすという。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 そう言えば最初の打ち合わせの時、ココアは出されたクッキーを随分苦労して飲み込んでいた。

 あの時は「口に合わなかったのかな?」と思っていたが、一緒にいたエミリーは残さず平らげた上で、空になった皿を名残惜しそうに見ていた。

 そう。決して不味いクッキーではなかったのだ。


(あの時、既に嚥下障害が出ていたんだな)


 そして今回の筋肉の痙攣。

 この世界に破傷風菌が存在するかどうかは分からない。それにここはダンジョンだ。ここにしか生息しない謎細菌とかがいてもおかしくはない。

 しかし今回の場合は、破傷風菌、ないしは似たような細菌によって引き起こされた似たような症状――神経に作用する毒によるもの――と考えて間違いはないだろう。


「それって、治るんですか?」


 エミリーが心配そうに俺に尋ねた。


 確か破傷風の治療は、毒を中和する薬剤を投与するんじゃなかったか?

 その上で、破傷風菌自体を殺すための抗菌薬――ペニシリンを投与するとか何とか。

 とはいえ、これは前世の話。この世界ではまだペニシリンは発見されていない。

(※ペニシリンは1929年、イギリスの細菌学者フレミングが、青カビに細菌の増殖を抑える物質があることを発見。これをペニシリンと名づけた。後にフレミングはこの功績でノーベル生理学・医学賞を受賞している)


 この世界にペニシリンはない。

 しかし、この世界には地球にはない技術が存在している。

 そう。魔法である。


「心配ない。俺が思っている病気なら、治療魔法で治るはずだ」


 以前にも説明したと思うが、魔法というのは壊したり殺したりするのは得意としている。

 ケガを治すのはムリでも、体に入った細菌を殺す事は出来るのだ。

 患者の全身に散らばった、目にも見えない細菌をどうやって殺すんだ? と、思わないでもないが、実際にこの世界の人間は、そうやってカゼなんかのウイルス性の病気を治してしまうんだから仕方がない。

 魔法ってのは一体何なんだろうな?


 かつて地球で猛威を振るったコレラや、近年、世界中をパニックに陥れたコロナウイルスなんかも、こちらの世界では発症者は出ても大流行まではしないのだろう。

 一見、何もかもが地球より遅れているように見えるこの世界でも、特定の分野では勝っている部分もちゃんと存在しているのである。


 俺の説明にエミリーはホッと安堵の息を吐いた。


「じゃあ教会に行けばエミリーの病気は治るんですね」


 この世界では病気の治療は教会が行っている。

 日本でも大昔は祈祷師が病気の治療を行っていたと聞くし、医者と宗教が結びつくのは、科学が未発達な社会にはありがちな事なのかもしれない。

 まあ、こっちの世界では、細菌やウイルス性の病気は魔法で治療出来てしまうんだが。


「そう考えれば魔法はペニシリンよりも優れているんだな」

「え?」

「あ、いや、こっちの話だ。多分治ると思うぞ。じゃあ荷物を片付けて出発しようか」


 今のココアの様子から見て、すぐに命にかかわるような事はないだろうが、治療を受けるのは早いほうがいいだろう。

 しかし、ここでココアから、待ったの声が上った。


「待って、アキラ! 出発ってどこに?!」

「どこにって、町に戻るに決まってるだろ。今の話を聞いてなかったのか?」

「依頼はどうするのさ!」


 諦めるしかないだろう。

 多少のキャンセル料は発生するが、幸い今回は新人向けの安い依頼しか受けていない。


「その中でも、一番額のいい小魔石を集める依頼は達成しているからな。収支はトントンといった所じゃないか?」

「それじゃダメなんだ! 私なら大丈夫だから、このまま続けようよ!」


 しかし、ココアは頑なに探索を続ける事にこだわった。

 エミリーはそんなココアの様子に、ハッと何かに気づくと彼女に詰め寄った。


「ココア。ひょっとして、まだ私達に何か隠している事があるんじゃない? 昨日、一人で冒険者ギルドに戻っていたけど、あの時に何かしたのね」

「そ・・・それは」


 ココアはエミリーに問い詰められると、気まずそうに目を反らした。

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