第13話 水面に映る顔
「ココア。ひょっとして、まだ私達に何か隠している事があるのね。昨日、一人で冒険者ギルドに戻っていたけど、あの時何かあったんじゃない?」
「そ・・・それは」
ココアはエミリーに問い詰められると、気まずそうに目を反らした。
「ココア!」
「わ、分かったわよ」
ココアは渋々立ち上がると、自分の荷物から依頼用紙を取り出した。
「まさか! お前、俺達に黙って勝手に依頼を受けていたのか?」
「その・・・ゴメン」
自分でも
俺は黙って彼女から依頼用紙を受け取った。
言いたい事はあるが、それは依頼内容を確認してからの話だ。
エミリーが俺の後ろから覗き込んだ。
「ハチミツの採取――えっ?! これって上層の依頼じゃない!」
ココアが受けていたのはハチミツの採取の依頼だった。
ハチミツの採取自体は、割と良くある依頼だ。カーネルのダンジョンの主要産業の一つと言ってもいい。
多くの冒険者がハチミツの採取のためにこのダンジョンに潜っていた。
「う、うん。私達ならもうやれると思って・・・」
現在、俺達がいるのは浅層。このカーネルのダンジョンは、一~二階層が浅層。三階層から九階層までが上層と呼ばれている。
ここでは上層の依頼が安定して受けられるようになって、ようやく一人前と呼ばれるようだ。
(これは・・・少しマズイな)
だが、今回の依頼は一つだけ大きな問題があった。
経験の浅い二人はそれに気づいていないようだ。
「ココア。他に似たような依頼は無かったのか? つまりはハチミツの採取に関しての依頼なんだが」
「それは・・・確かにいくつもあったけど」
彼女が言うには、同じハチミツ採取の中でも、この依頼だけが報酬が良かったそうだ。
それはそうだろうな。
「ここを良く見ろ。これは討伐依頼だ。確かにハチミツの採取もあるが、本来の目的は巣の破壊だ」
「えっ? ――あっ!」
指摘されて初めて気付いたのだろう。ココアがハッと目を見開いた。
ハチミツは蜜蜂モドキという蜂のモンスターの巣から採れる。
蜜蜂モドキはその名の通り、普通の蜜蜂によく似た姿と性質をしているが、立派なモンスターだ。
本家蜜蜂と同様に、蜜を集めて自分達の巣に溜め込む性質がある。
「蜜蜂モドキの巣が大きくなると、働き蜂の中から
羽根の下に長く鋭い刃を持ち、すれ違いざまに獲物の首を掻っ切る危険なヤツだ。
勿論、普通の冒険者はそんな危いモンスターが生まれた巣には近寄らない。
命の危険を冒しても、手に入るハチミツの量が多少増えるだけ。それでは全く割が合わないからだ。
「だが、そういった巣が、階段の近くや冒険者の順路に出来てしまうと、知らずにそこを通る冒険者達に被害が出てしまう。
だからそんな時、冒険者ギルドは高額な討伐依頼を出して、その巣を駆除するという訳だ」
俺の説明にココアの表情がこわばった。
知らなかったとはいえ、自分達新人の手にはあまる依頼を受けてしまった事を理解したようである。
「しかし、受付のフレドリカは、なぜお前がこの依頼を受けようとした時、止めなかったんだろうな?」
俺が一緒だからか?
確かに俺はこの依頼があれば良く受けていた。
だが、それは俺がSランク勇者パーティー『竜の涙』にいた時の話。彼女は俺が『竜の涙』を追放された身だと知っているはずだ。
そして今の俺のパーティーメンバーは、ココアとエミリーという新人冒険者二人。
とてもじゃないが、こんなパーティーに任せていい依頼じゃないと思うが・・・
「フ、フレドリカさんとは別の、あまり知らない人の窓口で受けたから」
ココアはその受付嬢に俺の名を出して依頼を受けたそうだ。
なんでも、「Sランクパーティーのアキラがこの依頼を受けておくように言った」「アキラはSランクパーティーだから大丈夫」などと、適当な事を言って押し通したのだという。
俺は呆れて物も言えなかった。
エミリーがココアを睨み付けた。
「ココア・・・」
「本当にゴメンなさい! 調子に乗ってました! こんなに危険な依頼だと知ってれば受けませんでした!」
ココアも自分のやらかしが分かっているらしく、ペコペコと頭を下げて謝罪した。
「・・・それで? 討伐依頼となればキャンセル料も跳ね上がる。今回は完全に赤字になるが、お前達に蓄えはあるのか?」
ギルドもそのパーティーを信じて危険な依頼を託すのだ。
キャンセルするにはそれなりもペナルティーが発生する。
そうでもしなければ、身の程をわきまえずに「ダメ元」で受注する者達が増えて、いつまで経っても依頼が解決されなくなってしまうからである。
「それは・・・」
「今回、色々と買っちゃったから・・・」
どうやら二人は「どうせ今後必要になるから」と、色々と道具を買ってしまい、貯えを使い切ってしまったそうだ。
「最初に個人持ちにしよう、などと持ち掛けて来なければ俺が準備していたのに・・・」
「ホント、ゴメン・・・」
ココアの頭は下がり過ぎて地面に付きそうになっている。
穴があったら飛び込んで蓋をして引きこもっていたかもしれない。
しかし、繕った跡の多い鞄といい、妙に年季の入った道具が多いと思ったら、まとめて揃えたせいで予算が厳しかったんだな。
俺はもう一度依頼用紙を見直した。
「分かった。コイツを受けよう」
「「えっ?! いいの・いいんですか?!」」
二人は異口同音に驚きの声を上げた。
「自分達なら出来ると思って受けた依頼なんだろ?」
「それは・・・ハチミツを集めればいいだけだと思っていたから。
「依頼をキャンセルしようにも、ペナルティーを払えるだけの金が無いんだろ?」
「そう・・・だけど、ギルドから借りればいいし」
確かに冒険者ギルドは、冒険者に対して金を貸し出している。ただし、冒険者なんていうロクデナシに金を貸す以上、その取り立ては非常に厳しい。
期日までに払えなければ即座に資格をはく奪され、最悪、借金奴隷に落とされる。
それでも【
良くて娼婦。悪ければ傭兵団辺りに買い取られて、国境線の砦で異民族との戦いで使い潰される事になるだろう。
「知ってるか? 異民族は殺した相手の心臓と脳みそを食うそうだ。倒した相手の力と魔力を得るためらしい。国境の向こうに行くと、頭を抉られた頭蓋骨が河原の石のようにゴロゴロ転がっているんだってさ」
「ひっ・・・」
エミリーが小さく息を呑んだ。
ココアの顔色は青ざめ、表情は固くこわばっている。
自分の迂闊な行動が、仲間のエミリーまで危険に巻き込んでしまった事に後悔しているのだ。
(・・・まあ、これぐらい反省していれば十分だろう)
俺はパンッと手を叩いた。
ココアとエミリーがビクリと身をすくめる。
「という訳で、この依頼は受けるしかないんだ。心配するな。後一泊分の食糧は持って来ているし、依頼用紙には蜜蜂モドキの巣の場所もちゃんと書いてある。四階層だから巣を壊して地上に戻るのに二日もあれば十分だ」
俺はそう言うと魔物除けのロウソクを確認した。
「そろそろ俺の見張りの時間だな。二人はテントで休んでくれ。エミリーの見張りが終わったらここを出発して四階層を目指そう」
「み、見張りなら私がやるよ!」
俺は手を上げてココアの言葉を遮った。
「いいから休め。申し訳なくて居ても立っても居られない気持ちは十分に分かる。だが、寝不足は明日の移動に差し障る。それにお前は病人なんだぞ」
「そ、それは・・・」
エミリーがココアの手を取った。
「ココア。アキラさんの言う通りだよ」
「・・・うん。本当にゴメン。私、こんな事になるなんて思ってなくて・・・」
「もういいよ。今は休もう」
エミリーはすっかりしおれたココアを連れて、テントに入っていった。
しばらくはごぞごぞと寝返りを打つ音がしていたが、昼間の戦いの疲れが出たのか、じきにテントは静かになった。
俺は欠伸を噛み殺しながら立ち上がった。
俺は眠気覚ましに泉の冷たい水で顔を洗った。
「ふう・・・やってくれたなココア。彼女の病気があと二日、もってくれればいいが」
さっきは二人のために依頼を受けるという
散々脅すような事を言ったが、新人冒険者にとっては厳しいキャンセル料も、元Sランクパーティーの俺なら払えない額ではない。
なんなら俺が二人に金を貸したっていいのだ。
だが俺にはそうしたくない理由があった。
「Sランク勇者パーティー『竜の涙』を追放された無能(※今はジョブを発現しているが)が、上層の討伐依頼を失敗したとなればいい笑いものだからな」
そう。俺は俺のメンツを選んだのだ。
浅層のどうでもいい依頼とは違い、上層の討伐依頼となれば、どうしても同業者の耳目を集めてしまう。
Sランク勇者パーティーに所属していたのに、
俺は今後の活動のために、ここで依頼をキャンセルする訳にはいかなかったのだ。
(そんな事のために、俺は子供の命を危険に晒すのか)
冒険者アキラの心は、「新人とはいえ、ココアは冒険者。それに勝手に依頼を受けたのはアイツなんだし自業自得だ。金を貸す? なぜ俺がそこまでしてやる義理がある」と言っている。
しかし前世の記憶――日本人
(違う。ここは平和な日本じゃない。そんなお人好しじゃやっていけない。アキラの考えの方が正しいんだ)
頭ではそう思うものの、俺はどうしても割り切れなかった。
俺は水面に映った自分の顔をジッと見つめた。
その顔は酷く醜く歪んで見えた。
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