第14話 上層の冒険者
カーネルのダンジョンに入って二日目。
俺達は朝の(ダンジョンには昼も夜もないのだが)食事を終えると、四階層に向けて移動を開始していた。
「二人は四階層に――上層に行った事はあるか?」
「いえ。ずっと浅層で仕事をしていましたから」
ココアの方を見ると、彼女は黙ったままで首を横に振った。
どうやら自分の失敗を重く捉えているらしく、彼女は今朝からしおらしいままだった。
(・・・まあ、反省するのは良い事だ)
人間失敗からしか学べない。というのは、会社の社長をしていた前世の俺の親父の教えである。
親父は、「コイツはものになる」と思った新人には、あえて大きな仕事を与える方針を取っていたという。
「そんな事をして失敗したらどうするんだ? 会社にとって大きな損失じゃないか」
「何を言っている。失敗するに決まっているだろ」
驚く俺に親父は説明した。
「新人にとっては大きな仕事も、会社から見ればいくつもあるプロジェクトの一つでしかない」
失敗による損失も、いずれ会社を支える人材を育てるための先行投資。
そう考えれば、必要経費のようなものだ、と親父は言った。
「新人のうちは失敗も経験だ。それにもし、一度も失敗を経験しないままそいつの立場が上がって、大きなプロジェクトを抱えるようになったらどうする? 最初の失敗が会社にとって致命的な大失敗になってしまった、そんな事だってあり得るんだぞ」
その時の俺はイマイチ納得しきれなかったが、雨降って地固まるという言葉もある。
失敗しないための心がけ。あるいは失敗からのリカバリー、
「それに俺が目を掛けるような才能を持った若手は、大体が自分の能力に己惚れている自信家だからな。そんなヤツの鼻っ柱は早いうちに叩き折っておくに限る。そのためにも、一度は失敗させてやるんだよ」
そう言って親父は大きな声で笑っていた。
(・・・今回の失敗でココアが伸びてくれればいいが)
「アキラさん、何か?」
俺の視線にエミリーが反応した。
「いや、何でもない。それよりペースはどうだ? 早過ぎるようなら抑えるが」
「いえ。大丈夫です。どう? ココア」
「――私は大丈夫」
すっかり口数の減ったココアに対し、逆にエミリーは積極的に俺に話しかけて来るようになっていた。
どうやら彼女なりに友人のフォローをしなければ、と気合を入れているようだ。
(頑張るのはいいが、無理をされても困るんだが。とはいえ、エミリーの場合は注意の仕方によっては変に委縮しそうだからな・・・)
俺に対して苦手意識を持たれてしまっては、今後の活動に差し障る。
(人と仕事をするのは難しいもんだ)
前世の俺、
この世界の俺、冒険者アキラは、冒険者として五年間働いていたが、俺にとって世界の中心は幼馴染のイクシアであって、彼女以外との繋がりは薄かった。
極端に言えば、「イクシアがいれば他はどうでもいい」という考えの持ち主だったのだ。
(そう考えれば、俺もまともに人と仕事をした経験はロクに無いのかもしれないな)
俺は自分の発見に軽くへこんでしまった。
「ん? 人の足音か。どうやら冒険者の順路に近付いたみたいだな」
前方から人の足音――と言うか、彼らの装備が立てるガシャガシャという音が聞こえて来た。
幸いな事に、ここまで一度もモンスターとは遭遇しなかった。
ここはまるでゲームのような世界だが、ゲームの世界そのものではない。
倒して減ってしまったモンスターは減ったまま。直ぐには
昨日頑張って倒した事で、この周辺は一時的にモンスターの数が減っていたようである。
やがて通路の向こうに冒険者のパーティーが姿を現した。
まだ朝の早い時間らしく、周囲には他のパーティーは見えない。
俺の背後で、エミリーがホッとため息を漏らしたのが聞こえた。
モンスターの徘徊するダンジョンで、人間に出会えて安心したのだ。
気持ちは分かるが、やはり新人か。
ダンジョンの中は衛兵の目が届かない。
時には人間の方がモンスターよりも危険な事だってあるのだ。
「上層を目指しているパーティーみたいだ。少し距離を開けてあのパーティーに続こう」
「は、はい」
ダンジョンの中では基本は自力救済。
自分の身は自分の力で守らなければならない。
流石にこんな人目のある所で襲って来るようなヤツらはいないと思うが、迂闊に近付くような事はしない方がいい。
逆にこちらにその気がなくとも、「コイツらひょっとして」と疑われてしまうかもしれないからだ。
疑いの目で見られるだけならまだいいが、「やられる前にやれ」とばかりに襲われでもすれば目も当てられない。
「このくらい距離を開ければいいだろう。さあ行こう」
俺は二人に「今のうちに少し休んでいるといい」と言った。
歩いているのに休む。変な言葉だが二人は何も疑問に思わなかったようだ。
この辺りは冒険者の順路になっているため、基本的にモンスターは出現しない。
仮に出て来ても、多くの冒険者の目があるため、発見も早い。
完全に周りに頼り切るのも危険だが、自分達だけで警戒していた時よりも格段に楽になるのは事実である。
つまり俺が「休む」と言ったのは、肉体的な休憩ではなく、精神的な休憩の意味で言ったのだ。
こうして俺達は二階層への階段を下り、更には二階層を移動して、三階層への階段を下った。
三階層からは上層と呼ばれる階層となる。
ココアとエミリー、二人の新人冒険者が初めて訪れる未知の階層である。
「うわぁ、これが上層!」
「スゴイ、本当に外に出て来たみたい」
三階層に下りた俺達の目の前に広がっているのは一面の森だった。
今までの「いかにもダンジョン」といった洞窟から一転。ここからは『森林エリア』と呼ばれる階層が続く事になる。
なぜ森林? と聞かれても困るが、ダンジョンとはそういうものだと思ってもらう他ない。
ちなみに頭上は木々の葉っぱにビッシリ覆われていて空は見えない。
噂によると、木に登って葉っぱをかき分けても、そこには空はないらしい。
天井の岩肌に突き当たるだけだそうだ。
まあ、外の森のように見えても地下だからな。そりゃそうだろう。
「折角だ。ここらで休憩しよう」
森の下生えは、往復する冒険者達によって踏み固められ、森の中に続く小道のようになっている。
俺達はそこから少し外れて、倒木に腰かけた。
ココアとエミリーは飽きる事なく、周囲の景色を眺めている。
「スゴイわね。先輩冒険者から話は聞いていたけど、実際に自分で見ると感動があるわ」
「うん。ホラ、地面も土になってるし、本当の森にしか思えないよね」
ダンジョンの光景に興奮したせいだろう。ココアにも元気が戻って来たようだ。
いい傾向だ。反省は必要だが、いつまでもしょぼくれていては彼女らしくない。
「おっ、見て見ろ。あれは多分、ハチミツを採って来た冒険者じゃないか?」
小道の向こうから五人の冒険者がこちらに向かってやって来た。
男ばかりで全員三十代のベテランパーティーである。
彼らも俺達を見つけたらしく、先頭の男が「おやっ?」という顔をした。
「【
どうやら彼らは何日かダンジョンに潜っていた帰りらしい。俺がSランクパーティー『竜の涙』を追放された事を知らない様子だ。
わざわざ教えてバカにされる必要はない。俺は曖昧に返事をした。
「あんた達はココアとエミリーの知り合いなのか?」
「いや、俺達が一方的に知ってるだけだよ」
「オッサンだけのパーティーだからな。若い女の冒険者の話題が一番盛り上がるんだ」
「アキラの所――『竜の涙』だっけ? みんな美人ばかりだよなあ。一度一緒に飲んでみたいぜ」
中々に気のいい陽気な冒険者達だ。
はたから見ているだけでも、長年一緒に仕事をして来た気の置けない関係、というのが伝わって来る。
その上、無遠慮なようでも、不快に感じる程グイグイ距離を詰めて来たりはしない。
流石はベテラン。冒険者同士のやり取りも心得たものである。
ココアが彼らに尋ねた。
「ハチミツを採って来たの?」
「ああ、そうだ。見て見るか? ホラ、コレだ」
「これでカミさんに頼まれていた娘の服を買ってやれるぜ」
「それよりお前の所はベッドを買い換えたらどうだ? いい加減にガタガタするって言ってただろう」
「よせよせ、新しいベッドに変えてカミさんと夜に張り切っちまったらどうするんだ。次はベビー服が必要になっちまうだろうが」
そう言ってゲラゲラと笑う中年男達。
ナチュラルに下ネタをぶっ込まれて、ココアはどういう顔をすればいいか分からずに困っている。
そんな彼女にさっきの男がハチミツの入った革袋を突き出した。
「ちょっとあげるから舐めてみな。ホラ、そっちの子も、隠れてないでこっちにおいで」
「あ、ありがとう」
「・・・ん、甘い」
引っ込み思案のエミリーも、ハチミツの魅力には抗えなかったようだ。おずおずと前に出ると、手にハチミツを垂らして貰った。
嬉しそうにハチミツを舐める二人。
オジサン冒険者達は相変わらず陽気に手を振って去って行った。
「・・・何と言うか、酒場のノリと言うか。随分と賑やかなオヤジ達だったな」
とはいえ、おかげでいい感じに気持ちもリフレッシュ出来た。
ココアとエミリーも、甘いハチミツを舐めたせいか、さっきまでより元気が出たようだ。
(疲れた時には甘い物がいいと言うしな。今度から休憩用にハチミツを用意しておくのもありかもしれない)
こうして俺達は束の間の休憩を終え、今日の目的地である四階層を目指すのだった。
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