俺はサンドバッグ
元二
第1話 ゴミクズはいらない
「ウチにゴミクズはいらない」
突然の出来事に俺は酒場で立ち尽くしていた。
「お、おい、カルロッテ。悪い冗談は止せ」
俺は引きつった笑みを浮かべながら、燃えるような赤毛の女――ウチのパーティーの前衛、
彼女は俺の手を乱暴に跳ね除けた。
「私に触れるな! ジョブも持たない無能のくせに、イクシアの幼馴染というだけでいつまでもSランクパーティーに居座り続ける恥知らずめ。今までずっと我慢していたがもう限界だ」
「なっ。そ、それは・・・」
俺は咄嗟に何も言い返せなかった。
冒険者パーティーの最上位はAランク。
Sランクはダンジョンの踏破者のみに与えられ栄誉ある称号だ。
そして、そんなSランクパーティー、この『竜の涙』にあって、俺は唯一、ジョブを持たない
「・・・確かに俺は戦闘ではあまり役に立てていない。だがその分だけ、今まで他の役割りでパーティーを支えて来たつもりだ。お前だってその点を認めてくれてたんじゃないのか?」
「ねえアキラ。あなた勘違いしてない?」
パーティーメンバー。長身の美女、【
彼女は
「そんな仕事なら他の人間を雇えばいいのよ。パーティーメンバーがやらなければいけない理由はないわ」
それは・・・確かにそうだ。
事務仕事は事務の専門家が、荷運びは専門のポーターの方が、俺が兼業でやるよりも遥かに効率は良いだろう。
「そーそー。アキラはこのパーティーのおじゃま虫なんだよ。いい加減に自覚しなよ~」
全身黒ずくめローブの女、【
ショックを受ける俺の姿が面白くて仕方がない。その顔にはハッキリとそう書いてあった。
その時、テーブルの奥で銀髪の美女が立ち上がった。
美人は三日見れば飽きると言うヤツもいるがあれはウソだ。
銀色の髪。翡翠の瞳。切れ長の目に、しなやかな肢体。
俺の幼馴染でSランクパーティー『竜の涙』のリーダー。
【
「イ、イクシア、お前からみんなに言ってくれ! 俺は自分の役割を果たしていると!」
彼女は俺の幼馴染。十五の時に一緒に村を出てから、ずっと同じパーティーで冒険者を続けて来た、かけがえのない仲間だ。
(イクシアなら分かってくれる)
俺は何の疑いもなく、そう信じていた。
イクシアは美しい眉をひそめると、逆に俺に尋ねて来た。
「アキラ。私達が冒険者になって――ダンジョンに入るようになってどのくらい経つかしら?」
「冒険者になって? 四年、いや五年目か」
なぜ今、それを聞く? 俺は軽く混乱していた。
十五歳で村を出て今が十九歳だから、今年で五年目となる。
俺とイクシアは同じ田舎の村の出身だ。
イクシアは昔から人並み外れた運動神経を持っていた。
剣の腕も抜群で、一人だけ大人達に混じって稽古していた程だ。
俺は子供の頃からずっと、「イクシアはこんな何も無い村で一生を終えていいヤツじゃない」と思っていた。
そこで俺は十五歳になるとコイツを誘い、冒険者になるために町に出たのである。
なぜ十五だったのか? それは村に来る商人から、冒険者ギルドに登録できるのは十五歳からと聞いていたからだ。
イクシアとはそれ以来、ずっと一緒にパーティーを組んでいる。
イクシアは小さくため息をついた。
「五年。それだけダンジョンでモンスターと戦い続けていて、アキラにはジョブが発現しなかった」
「ぐっ! そ、それは・・・」
俺は痛い所を突かれて絶句した。
ジョブとは戦闘での役割分担のようなもので、戦っているうちに自然に覚えるものだ。
カルロッテの【
特にイクシアの【
怯んだ俺に対して仲間が口々に囃し立てた。
「Sランクパーティーにジョブ無しの無能がいるなんてどうかしている」
「アキラは真面目に戦ってないからジョブが発現しないんだ。普通は何度かダンジョンに潜ればどんな人間でもジョブが発現するはずだぞ」
「そーそー。イクシアが甘やかすからコイツが図に乗るんだよ。役立たずはそろそろ切り捨てるべきなんじゃない?」
「・・・お前ら」
ふざけんな! 俺だって気にしているんだよ!
確かにカルロッテの言う通り、どんな冒険者もモンスターと戦っていればそのうちジョブを発現する。
イクシアなど最初の戦いの直後に【
だが、俺が冒険者になり、ダンジョンに潜り始めてから五年。今までジョブは発現しなかった。
Sランクパーティーのお荷物。
イクシアの腰ぎんちゃく。
そう陰口を叩かれながらも、俺は必死に耐えて来た。
ひょっとしてダンジョンを攻略すれば何か得られるかもしれない。
そんな一縷の望みも、実際にダンジョンを攻略してSランクパーティーになった事であっさりと断たれてしまった。
俺だって必死に――命がけでやって来たんだ。
確かに、戦闘では他の『竜の涙』のメンバーには敵わないだろう。だが、他の部分では十分に貢献しているはずだ。
それにジョブが発現しないのは俺のせいじゃない。
少なくとも、ゴミクズ呼ばわりされるいわれはないはずだ。
「そんなに俺が目障りか。・・・分かった。だったら出て行ってやるさ」
俺はダニエラ達を睨み付けた。
俺にだってプライドはある。ここまで言われて、今後、彼女達に背中を預けて戦う気にはなれなかった。
「行こうイクシア。これ以上、こんな場所にいる意味はない」
俺はイクシアに手を差し伸べた。
彼女は俺について来てくれる。今までだってずっとそうだった。
この期に及んでも、俺は無条件にそう信じ込んでいたのだ。
しかし、彼女は俺の手を見つめるだけで動かなかった。
「どうしたんだイクシア? さあ、俺と一緒に来いよ。二人で別のパーティーを作ってやり直そうぜ」
イクシアは動かない。
ダニエラ達、パーティーメンバーが蔑むような目で俺を見ている。
赤毛の【
「アキラ。お前は何か勘違いしているんじゃないか?」
「勘違い? 何がだ?」
「お前は必要無い。これは私だけの意見じゃない。パーティー全員の総意だ」
コイツは何が言いたいんだ?
そんな事はわざわざ念を押されるまでもなく分かっている。
だから俺はイクシアと共にこの場を立ち去ろうとしているのだ。
【
「アキラはバカ。ハッキリと言わないと分からない」
全身黒尽くめの【
「そーそー。いいかいアキラ。パーティー全員の総意。この意味をよ~く考えよう。さあいいね? 特別に五秒あげるよ? よーいスタート! 五・四・三・二・一・はい、時間切れ~。正解は『リーダーも全員の中に含まれる』でした」
俺は一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。
リーダーも――つまりはイクシアも――全員の中に含まれる。
それは、イクシアも俺を追い出す事に賛成したって事か?
イクシアが俺を?
そんな、バカな。
「イクシア! どういう事だ?! 今の話は本当か?!」
俺はイクシアに詰め寄った。
他の人間の存在は完全に俺の意識から消えていた。
今の俺の目には、俺の幼馴染――銀髪の美女の姿しか映っていなかった。
だからだろう。赤毛の【
ドンッ!
胸に強い衝撃を感じた。それと同時に、俺の体は勢い良く後ろに吹き飛んでいた。
ガシャガシャン!
食器が床に叩きつけられる音。俺の体にベシャリと温かい汁がぶちまけられる。
この温かい――今は冷たい――感触は、テーブルの上に乗っていた料理の残骸だ。
俺を見下ろす男達の顔。その背後に酒場の天井。
料理まみれで床に転がる俺に、酒場の客達の好奇心むき出しの視線が突き刺さる。
俺はカルロッテに突き飛ばされ、他の客のテーブルを巻き込んで床に倒れていた。
酒場はシンと静まり返っている。
客も店員も――ここにいる全員が俺達のやり取りに注目しているのが分かった。
Sランク勇者パーティーの揉め事だ。話題性は十分だろう。
「出て行くのはお前だけだ、アキラ! これ以上イクシアに寄生するのは止めろ!」
寄生・・・だと?
俺がイクシアに寄生?
下らない言いがかりだ。
「イクシアに寄生だと? 違う! 俺とイクシアは同じ村から出て来た幼馴染だ! 幼馴染同士が助け合って何がおかしい!」
竜の涙のメンバーが、俺の視界からイクシアを遮った。
「最悪。死ねばいいのに」
「そーそー。マジでゴミクズ。一方的にイクシアを頼っておいて助け合いって。ドン引きなんだけど。無能が最強のジョブを持つイクシアの何を助けてる訳? イクシア、聞いた? これがコイツの本性なんだよ」
仲間達は敵意をむき出しにして俺を睨み付けた。
怒りで俺の頭にカッと血が上った。
くそっ! コイツら俺からイクシアを奪うつもりだな!
――これじゃまるでNTRじゃないか!
NTR? 何だそれは?
その瞬間、俺は頭から冷水を被ったような気がした。
そんな言葉は知らない。一度も耳にした事すらない。
いや、違う。
そうだ、寝取られ、だ。
だが、なぜ俺はこんな言葉を知っている? 一体、いつどこで覚えた言葉なんだ?
突然芽生えた得体のしれない記憶。
自分が自分でなくなるようなおぞましい悪寒。
しかし、今の俺はそんなものに構ってはいられなかった。
イクシアが奪われる。それは俺にとって人生の目的を失う事に等しかった。
「イクシア! こんなヤツらの話は聞くな! もう一度一緒にやり直そう! な? お前には俺が必要なんだよ!」
その瞬間。イクシアの表情が凍り付いた。
やがて彼女はゆっくりと息を吐くと、かつて一度も俺に向けた事のない目で――目にするのもおぞましい汚物に向けるような目で――俺を見た。
「私にアキラが必要? その逆じゃなくて?」
俺は自分が取り返しの付かない失敗をしてしまった事を知った。
俺は言葉の選択を間違えたのである。
ダニエラの「バーカ、バーカ、自爆してやがんの」という嘲りも耳に届かない。
イクシアの重い言葉は俺の心を押しつぶし、冷ややかな視線は俺の心を鋭く貫いていた。
そして先程の何十倍もの得体のしれない
かつて一度も感じた事の無い謎の感覚が俺の脳を熱く焼き焦がしていた。
「アキラ・・・さよなら。もうあなた
それがイクシアの最後の言葉だった。
その声を聞いた瞬間、俺の中で何かが弾けた。
あっ・・・
俺は彼女のこの目を知っている。
いらないと冷たい言葉をかけられた事がある。
イクシアにではなく、遠い遠い昔。
その瞬間。
俺の記憶が完全に蘇った。
その記憶の中で俺は
地球。日本国。
そうだ。全て思い出した。
俺は日本人として生まれ、育ち――そして殺されたのだ。
あの時の女の目。
俺をゴミクズのように見下すあの視線。
俺を蔑む冷淡なあの言葉。
あの視線を受けた時。
あの言葉を聞いた時。
俺は自分でも知らなかった、
そう。俺は女性に見下される事で興奮を覚えるマゾヒスト――Mだったのである。
――クラス【
その時、俺の脳裏に女の声が――俺をこの異世界に転生させた、あの最悪の女神の声が響いた。
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