第4話 違和感
冒険者ギルドを訪れた俺は、馴染みの受付嬢、フレドリカに自分のジョブについて尋ねていた。
「は? サ、
どうやら彼女も知らないジョブだったようだ。
フレドリカは少し垂れ気味な目を驚きに大きく見開くと、テキパキとした動きで棚から分厚いファイルを取り出した。
どうやらこの町で登録されている冒険者のジョブ名と、その能力が記されている資料のようだ。
ジョブというのは冒険者の戦闘適正のような物だ。
ゲームで良くある「戦士」や「魔法使い」を思い浮かべて貰えばいいだろう。
ただし、俺達冒険者はゲームのキャラクターとは違い、モンスターと戦ったからといってレベルアップはしない。
レベルが上がるのはジョブ。ジョブは強いモンスターと戦えば戦う程レベルが上がるのである。
そしてジョブのレベルが一定に達すると、冒険者はジョブに応じた技や魔法を覚える。
ちなみに『竜の涙』のパーティーリーダー・イクシアの、【
レベルは10を超えるとガクリと上がり辛くなるため、20台のイクシアのレベルはかなり驚異的なものとなる。
そしてジョブを持たない俺が、今までいかに無駄な戦闘を――経験値の無駄遣いをして来たかが分かるだろう。
俺がパーティーのお荷物と言われ続けて来た理由も、今の説明で分かって貰えたと思う。
「そ、そのままお待ち下さい」
どうやら手元の資料には【
フレドリカは立ち上がると奥に向かった。
彼女の上司だろうか? 中年の職員を捕まえて何やら相談している。
「本当に
「はい。アキラさんはSランクパーティー『竜の涙』のメンバーです。そんな事をするとは思えません」
「・・・しかし
中年職員はフレドリカを連れて窓口にやって来た。
「失礼します。お尋ねのジョブですが、本当に
「ああ。間違いでもからかっている訳でもない。大体、ジョブの確認は今後の冒険者生活にも深く関わって来る問題だ。冒険者ギルドの信用を失ってまで、俺にウソをつくメリットがあるとは思えんが」
「それは・・・そうかもしれませんが」
中年職人の返事は煮え切らない。
それでも受付嬢をからかうバカはいるのだろうか? まあ、少なくとも俺は違うが。
俺は中年職員の目を正面から見ながらハッキリと言い切った。
「
ジョブはこの世界を作った女神が与えてくれると言われている。実際、俺もこのジョブを得た時、女神の言葉を聞いている。
そう。この世界には神が存在するのだ。
――実は俺は転生する際に一度、死後の世界で女神本人に会っている。
ぶっちゃけ、敬意を抱けるような立派な存在ではなかったのだが・・・この話はいずれまた別の機会にするとしよう。
中年職員は困った顔になった。
「アキラさんのおっしゃるジョブは、残念ながらこのカーネルの町の冒険者ギルドには登録されていないようです。もし、お望みでしたら、アレグレンの冒険者ギルド本部に問い合わせる事も出来ます。その場合はお時間と代金を頂く事になりますがいかが致しましょうか?」
アレグレンはこの国の首都――王都になる。
確かこのカーネルの町から、馬車で十日程北に向かった場所だと聞いた事がある。
(やはり、そうなったか)
フレドリカが見つけられない時点で、こうなるかもしれない、とは思っていた。
また散財する事になるのか。
俺はため息をつきたい気持ちをグッと堪えた。
「ではそれで頼む」
「・・・いいのですか? 安くはない金額になりますよ。調査を依頼したとしても、大変珍しいジョブですし、必ずしもお望み通りの情報が見つかるとは限りませんが」
俺の返事に驚く二人。
確かに、中年職員が提示して来た金額は、安い物ではなかった。と言うか高かった。
具体的に言うと、家賃も含んだ俺の一ヶ月の生活費。俺がギルドに預けている金のほぼ半分に相当した。
(だが、幸い、まだ懐に余裕はある。仕事に必要な出費だ。ここで出し惜しむべきではない)
これで手元には今月分の生活費だけしか残らなくなってしまう。だが逆に言えば、まだ一月は働かなくても生活出来る金が残っている、という事でもある。
この一ヶ月の間に稼げる目途をつければいいのだ。
「構わない。頼む」
「――分かりました。フレドリカさん、手続きをお願いします」
「あ、は、はい!」
中年職員はフレドリカに席を譲るとこの場を去っていった。
フレドリカは机に戻ると慌てて手続きを始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
フレドリカは驚きを隠せなかった。
まさかアキラが高いお金を払ってまで、ジョブの調査を依頼するとは思わなかったのである。
「代金は前払いになります」
アキラはギルドカードを提出。フレドリカは彼がギルドに預けていた金から今回の代金を引いた。
(決して安い金額じゃないのに、迷いすらしないなんて・・・)
フレドリカは今日のアキラの様子に何か不審な物を感じていた。
確かにジョブの情報は、今後の冒険者としての活動に必要なものである。
しかし、冒険者は即物的と言うか、短絡的な所があって、あまり物事を深く考えない。
「分からないのか。だったらいいや」そんな考え方をする者がほとんどなのである。
そしてフレドリカは、今までアキラもそういうタイプだとばかり思っていた。
(今日のアキラさんはどこかヘンだ)
冒険者ギルドの受付嬢として、数多くの冒険者を見て来た直感? あるいはもっと曖昧な女の勘?
とにかく、フレドリカはアキラの様子に違和感を覚えた。
(違和感と言えば、他の冒険者さん達の様子もヘンです)
ギルド内の冒険者達は今もアキラの様子を窺っている。
時折、漏れ聞こえる言葉からは、「追放」や「捨てられた」等、不穏な単語が聞き取れる。
アキラの身に何かあったのは間違いないようだ。
フレドリカは落ち着かない気持ちになりながら、ギルドカードを彼に返した。
「承りました。調査結果が届いたらお知らせしますね。では次の方――」
「待ってくれ。もう一つ、頼みたい事がある」
「はい。何でしょうか?」
アキラは少し言い辛そうに言葉を探した。
「俺に冒険者を――パーティーメンバーを紹介してくれ」
アキラが今日、冒険者ギルドに来た目的。それは【
アキラはフレドリカに事情を――昨夜酒場で起こった出来事を説明した。
こうして彼女は、アキラがSランク勇者パーティー『竜の涙』から追放された事を知ったのだった。
(そんな事があったなんて)
彼女はアキラの説明に驚いた。そして、それと同時に納得もしていた。
(どうりで冒険者さん達がアキラさんを見る目がヘンだと思いました。みんなこの事を知っていたのね。それにしても、アキラさんが『竜の涙』を追放されたなんて)
アキラはもっと穏やかな表現を使ったが、状況的に考えて追放されたと考えて間違いはないだろう。
(そのせいで今朝はどこか様子がおかしかったのね)
はたから見ていても、アキラのパーティーリーダー・イクシアに対する思い入れの強さは、ちょっと異常な程だった。
実は恋人なんじゃ、と疑った事も一度や二度ではない。
その度にアキラは、「いや、俺はあいつに憧れているだけだから」と言って苦笑していた。
そんなイクシアから「必要無い」と言い渡されたのだ。今日のアキラの様子が少しくらいヘンでも当然というものだろう。
むしろショックのあまり、そのまま引きこもってしまっても不思議ではないぐらいだ。
(ここは私が元気づけてあげないと)
フレドリカは密かにフンスと気合を入れた。
彼女は完全に、アキラの内面の変化を、パーティーから追い出されたショックによるものだと勘違いしていた。
勿論、事実とは異なるのだが、突然前世の記憶が蘇った、などという理由よりもよほど納得出来るものだろう。
「俺が冒険者を続けるためには――ダンジョンに入るためには――仲間が必要だ。そのためにパーティーメンバーになってくれる冒険者を斡旋して欲しい」
「どこかのパーティーに入るのではダメなのですか?」
冒険者がまともに稼ごうと思えば、四人~六人程度のパーティーを組むのが一般的だ。
中にはソロで活動する冒険者もいるにはいるが、それはかなり特殊な仕事――浅層を日帰りで往復するような仕事で、実入りもたかが知れている。あえてやる者も少なかった。
アキラは小さくため息をついた。
「俺を入れてくれるパーティーがあるとは思えない。ジョブを得たとはいえ、どんなジョブかすらまだ分かっていないんだからな」
アキラはそう言ったが、仮に彼のジョブが普通に前衛職に適した物だったとしても、パーティーに入るのは苦労しただろう。
それほど、Sランク勇者パーティー『竜の涙』は影響力があり過ぎた。
そこを追放されたアキラを――『竜の涙』と揉めたアキラを――快く引き受けてくれるパーティーが、この町にいるとは思えなかった。
「あの、『竜の涙』に戻る事はどうしても出来ないのでしょうか?」
「正直、それが出来れば一番だとは思うが・・・」
可能であれば勿論、『竜の涙』に戻れた方がいいだろう。
Sランクパーティーは伊達ではない。
なにせこの町のダンジョンを最初に最下層まで攻略するのは、『竜の涙』だと目されている程である。
「だが、別れ方が良くなかった。今更何を言っても誰も聞いてはくれないだろう」
冒険者の仕事は文字通り命がけ。最低限、信用がある相手ではないと一緒に行動する事は出来ない。
今までずっとかばってくれたイクシアに見限られた自分を、他のメンバー達が――カルロッテ達がもう一度受け入れてくれるとは思えない。アキラはそう言って項垂れた。
「特にカルロッテ辺りはダメだろうな。アイツは潔癖症だから」
「そ、そうなんですか?」
「ああ。土下座して詫びてもダメだと思う。・・・いや待て、土下座か。ふむ。一考の余地はあるかもしれない」
土下座という思いつきに、何故か急に前向きになるアキラ。
しかし、フレドリカは、そんな事で彼女達が許してくれるとは思えなかった。
「いや、許してくれるくれないではなく、そのシチュエーション自体が美味しいと・・・あ、いや、今のは忘れてくれ」
「? そうですか? ・・・あの、それでどのようなメンバーをお探しですか?」
フレドリカは正直言って気が進まなかった。
出来れば彼の力になってあげたい。
しかし、周囲の冒険者達の態度を見ていると、どんな相手を紹介しても揉める未来しか見えなかった。
アキラは「それなら考えてある」と言った。
「ジョブは問わない。新人で人数は二~三人。特に女の冒険者を希望する」
「はあっ?」
アキラの欲望丸出しとしか思えない要望に、フレドリカは反射的に怒りのこもった返事をしてしまった。
受付嬢らしからぬちょっとドスの利いた低い声に、しかしなぜかアキラは嬉しそうに頬を染めたのであった。
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