第5話 新人冒険者チーム

 俺の希望は新人で二~三人程。

 特に女性の冒険者が望ましい。


 受付嬢フレドリカは俺の要望に嫌悪感を抱いたようだ。

 眉をひそめて俺を睨み付けて来た。

 その目はよせ。興奮するじゃないか。


「・・・失礼ですが、理由を伺っても?」

「ああ、もちろんだ」


 その表情に一瞬、「君に蔑まれたいからだ」と言ってみたくなったが、その欲望をグッと堪える。

 趣味を仕事にするのはいいが、仕事に趣味を持ち込むと失敗する。

 前世で趣味人の祖父から教わった教訓である。


「新人なのは自分の実力を考えての事だ。俺はSランクパーティーに所属していたが、俺自身はジョブを得ていなかった。今の俺のジョブレベルでは中堅所のパーティーに入っても足を引っ張るだけだ」

「あ、自覚はあったんですね」


 サラリと俺をディスるフレドリカ。

 だからお前、そういうのはよせと。

 仕事を忘れそうになるだろうが。


「ゴホン。・・・だったら、先輩として新人にダンジョンの事を教えながら、一緒にジョブのレベルを上げつつ階層を更新していった方が互いのため。そう考えたんだ。

 女性冒険者を希望したのは、俺が『竜の涙』――女性冒険者ばかりのパーティーに入っていた点を考慮しての事だ。他の男の冒険者よりも女性冒険者の扱いに慣れているからな」


 女性冒険者の部分に関しては、完全にこちらの善意でしかない。

 この世界は魔法が存在しているが、【魔女ウィッチ】のジョブはあっても魔法使いに相当するジョブはない。

 つまり魔法は女にしか使えないのである。

 その関係もあって、女の冒険者も意外と多いが、それでもやはり、全体の数としては男の冒険者には敵わない。

 そのため、前のパーティーの仲間からも「女の冒険者は苦労する」と聞いた事があった。


「一応、話の筋は通っていますが・・・新人冒険者相手に良からぬ事をしようと考えているんじゃないでしょうね?」

「そんな訳がないだろうが」


 疑われているのか? 心外だな。

 いやまあ、これからもそんな目で見てくれるなら、それも良さそうだが。

 待てよ? フレドリカでこれなら、俺の元パーティーメンバー、『竜の涙』のメンバーが、この話を知ったらどうだろうか?

 それどころか、もし俺が新人の女子冒険者を侍らせている所にバッタリ出くわしでもしたら・・・


「ヤバイな。想像しただけで昂って来た」

「は?」

「いや、何でもない」


 危ない危ない。刺激的な妄想につい我を忘れる所だった。


 フレドリカは冒険者のファイルをめくると、イヤそうな顔をした。

 どうやら俺の要望にピッタリの冒険者がいるものの、俺に紹介してもいいものか決めかねているようだ。


「・・・あの、くどいようですが、本当に良からぬことを考えている訳じゃないですよね?」

「本当にくどいな。・・・そこまで信用して貰えないなら、別に女性でも新人でもなくても構わないが?」


 残念だが俺は仕事と趣味は分けて考えられる男だ。――少なくともそうありたいと思っている。

 数少ない味方であるフレドリカに嫌われてまで、自分の意見を押し通したいとは思わない。

 キッパリと言い切る俺に、しかし、フレドリカはまだ踏ん切りがつかないようだ。


「くうっ。アキラさんの応援はしてあげたい。それに、この子達もどうにかしてあげたい。

 アキラさんは模範的な冒険者だし、ジョブこそ発現していなかったものの、Sランクパーティーの一員として戦って来た実績がある。

 冒険者として知識と実力を兼ね備えた、素行のいいフリーの冒険者なんて、二度と見つかるかどうか。あああ、それは分かっているのに、何なのかしらこの不安は! どうすればいいの、私は!」


 フレドリカは頭を抱えて唸り声を上げた。

 その姿に、ずっと俺を遠巻きにして見ていた冒険者達が、「すわ何事か?」と身を乗り出した。


「お、おい、フレドリカ。悪かった。一旦この話は忘れてくれ」


 Sランク勇者パーティーを追い出されただけでこの騒ぎなのに、ギルドの受付嬢に難癖を付けたと思われたら、俺は今後一切誰ともパーティーを組めなくなってしまう。

 いっそ他の町のダンジョンに職場を移ってもいいが、俺はまだこの町に来たばかり。

 ぶっちゃけ貯金の残高が心もとない。

 いずれは移籍を考えるにしろ、今はこの町でジョブのレベルを上げつつ稼いでおきたかった。


「いえ、いいです。覚悟を決めました。お二人を紹介させて貰います!」

「覚悟ってお前・・・お二人って事は、その二人はチームを組んでいるのか?」


 冒険者の中には二~三人のチームを組み、二~三チームで即席のパーティーを組んだり、助っ人として期間限定でパーティーに参加する者達もいる。

 俺も冒険者になりたての頃はイクシアとチームを組み、他のチームやパーティーに混じってダンジョンに潜っていたものだ。


「ええ。今年十五歳になったばかりとの事で、私が登録の手続きをしたお二人です。将来有望な冒険者だとは思うのですが――その、少々ジョブに問題がありまして」

「ジョブに? アンコモンなのか?」


 ジョブにはコモンと呼ばれる一般的なジョブと、アンコモンと呼ばれる特殊なジョブがある。

 冒険者達が勝手に呼び分けているだけで、どっちが上でどっちが下というような事は無い。

 一般にアンコモンは発現している者の数が少ない――つまりは珍しいジョブの事を言う。

 『竜の涙』に所属するカルロッテの【聖騎士クルセイダー】などがそれにあたる。

 大抵の場合、癖はあるが状況によっては強力な力を発揮する傾向にあるようだ。

 通常、冒険者はアンコモンではなく、コモンのジョブを持つ冒険者の方を仲間に入れたがる。

 アンコモンのジョブは状況によっては強力な力を発揮する。という事は、逆に言えば活躍できる場面が限定される――潰しが利き辛い――という事でもあるからだ。

 ちなみにイクシアの【勇者セイント】はレア。こちらは完全に一般のジョブの上位互換に当たる。

 そういえば俺の【七難八苦サンドバッグ】のジョブはどうなんだろうな? カーネルの町の冒険者ギルドに記録が無い所を見るとレアの可能性が高そうだが・・・


「はい。【闘技者モンク】と【小賢者セージ】になります」

「【小賢者セージ】?! そいつは凄い! 何で俺はそいつの事を知らなかったんだろうな? ああ、そうか新人だったか。――いや待て、もう一人は【闘技者モンク】だと言ったよな? ひょっとしてその二人はチームを組んでいるのか?」


 フレドリカは言い辛そうに「はい」と頷いた。

 なんて事だ。よりにもよってその組み合わせとは。


「それで・・・どうします?」

「・・・先ずは話を聞かせてくれ。二人に会うかどうかはそれから決める」


 とは言ったものの、そもそも俺は選り好み出来る立場にない。

 結局は二人を選ぶことになるだろう。

 あまり面倒な相手でなければいいのだが。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 冒険者ギルドの大きな建物を前に、私は足を止めてしまった親友に振り返った。


「ほら、エミリー。立ち止まらない」

「う、うん。ごめんねココア」


 エミリーは一応はそう言ったものの、やはり気後れしているようだ。砂色のフードを目深に被って顔を隠した。


(仕方がないか。前回のダンジョンでも危ない目に遭ったし)


 私と違って、エミリーは引っ込み思案な大人しい子だ。

 私が冒険者になると決めた時、この子は一緒に付いて来てくれた。

 凄く嬉しかったのは事実だが、正直、性格的には向いていないんじゃないかと思う。


(親友なら辞めるように言うべきなんだろうな・・・)


 でも、今ここでエミリーに辞められると私が困ってしまう。

 私に発現したジョブ――【闘技者モンク】は、冒険者の間では不人気なジョブだ。

 私が誰かとパーティーを組めるのは、エミリーが私とチームを組んでくれているから。

 みんなエミリーのジョブ――【小賢者セージ】の力を目当てに私達と組むのだ。


(私一人だとどこのパーティーにも入れて貰えないかもしれない。口ではエミリーを親友といいながら、私は彼女を利用している。なんて酷いヤツなんだ)


 怯えるエミリーの姿を見ていると、罪悪感が刺激される。

 けど、私は・・・


(それでも私は冒険者を続けないと)


 【闘技者モンク】が不人気なジョブとはいえ、数々の技を覚えて強くなれば別だ。

 そのためには何度もダンジョンに潜ってモンスターと戦い、ジョブのレベルを上げないといけない。


(今はエミリーがいないとダメだけど、いつか私だって・・・)


 私は覚悟も新たに冒険者ギルドの入り口をくぐったのだった。


 ギルドの中は相変わらず込み合っていた。

 体の大きな冒険者達が大声で怒鳴り合っている。

 初めて来た時にはケンカをしているのかと思った程だ。

 正直、この空気には未だに慣れない。

 エミリーはすっかり怯えて私の背中に張り付いている。


(早く用事を済まそう)


 私はカウンターの受付窓口に向かった。

 幸いな事に、私達の担当受付のお姉さん――フレドリカさんは、冒険者の相談を終え、手が空いた所だった。

 フレドリカさんは嬉しそうに私達に呼びかけた。


「丁度良かった。ココアさん、エミリーさん、二人に紹介したい冒険者がいるのよ」

「私達に紹介?」


 それは私とエミリー、二人の未来が大きく変わる、そんな運命の転機となる一言。

 どうすればいいかも分からず、もがき苦しむ私達の前に突如として差し伸べられた救いの手。

 けど、今の私達はそんな事を知るはずもなかったのだった。

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