第6話 仮パーティー結成
ここは町の通りにある軽食屋。
広い店で、料理の値段は高い。
日本で言えば喫茶店が近いだろうか?
喫茶店との違いは、やはり客層だろう。
冒険者が打ち合わせに良く使うタイプの店で、それもあってか、頼めば酒も出してくれる。
「スマン、待たせたか? 俺がアキラだ」
俺は奥のテーブルで大人しく水を飲んでいる少女二人に挨拶をした。
「・・・ココアよ」
「わ、私はエミリー。です」
ココアは黒髪を後ろで結んでポニーテールにしている少女。見るからに勝気そうな子で、油断なく俺を観察している。
エミリーは室内にも関わらず砂色のローブを目深に被り、俺と目を合わさないようにしている。こちらは随分と気の弱そうな子だ。
(まるで正反対の性格のようだな。ココアは前衛の装備だし【
俺はテーブルにつくと、俺の飲み物と全員でつまめる焼き菓子を注文した。
ハチミツを練り込んだ甘いクッキーだ。
この世界で甘味は貴重品だが、このカーネルの町ではダンジョンのおかげで比較的安価にハチミツが手に入る。
冒険者とはいえ、そこは若い女の子。甘い物の登場に二人の緊張が幾分和らいだ気がした。
「食べながら聞いてくれ。二人の事はギルドで紹介された。二人はチームを組んでいて、固定のパーティーに所属してはいない。そう聞いているがどうだろうか?」
「そうよ。他のチームやパーティーと一緒にダンジョンに潜る事はあるけど、どこかに所属している訳じゃない。決まったチームとも組んでいないわ」
俺の質問に黒髪の少女――ココアが答えた。
ローブの少女――エミリーは、自分から何か話すつもりはなさそうだ。大人しい、と言うよりも引っ込み思案なのだろう。冒険者にしては珍しいタイプだ。
「そうか。俺は自分のパーティーを立ち上げようと考えている。ギルドに相談しところ二人を紹介されたんだ」
「その辺はフレドリカさんから聞いてるわ。自分のジョブのレベル上げも兼ねて、一緒に浅層に潜る新人を捜しているって。【
ココアは俺のジョブについて質問をしながらも、さほど関心がない様子だ。
いつも他の冒険者がそうしているから、脳死で自分も同じ事をしている。そんな考えが気のない口調から透けて見えた。
(今から組もうという相手のジョブが気にならないのか? 新人とはいえ、それは不注意過ぎるだろう)
俺は内心で少しだけココアの評価を下げた。
「らしいな。それでどうだ?」
「パーティーって話? 他には誰もいないって聞いたけど?」
「そうだ。まだ俺一人だ。二人には俺のパーティーに加入する事を考慮した上で、一緒にダンジョンに潜って欲しい」
ココアはボリボリとクッキーを齧りながら、「ふぅん」と鼻を鳴らした。
余程口に合わなかったのか、少し辛そうに飲み込んだ後は、もう手を出さなかった。
「今回はお試しって訳ね。いいわ。それで報酬の分配は?」
今までも他のチームやパーティーと、こういったやり取りを何度かやって来たのだろう。
彼女の様子には妙に手慣れたものがあった。
とはいえ、彼女は十五歳――日本ならまだ中学校に通っている年齢だ。
(俺の目には子供が背伸びしているようにしか見えないな)
「何?」
「いや、何でもない。報酬はかかった費用を差し引いた後、儲けを三等分。これでどうだ?」
「ダメよ」
「は?」
まさか断られるとは思わなかった。
俺の仕切の仕事、そして冒険者としてのキャリアを考えれば、彼女達にとってはむしろ好条件のはずだが。
「全部をキッチリ三等分にして頂戴」
「いや、それだと、実費をどうするんだ?」
ダンジョンでのモンスターとの戦い。ゲームなら着の身着のままで出発出来るが、現実はそうはいかない。
キャンプの用意もしなければいけないし、ケガをすれば薬代や治療費だって必要だ。
報酬を単純に頭割りにしてしまうと、それを個人個人で準備しなければならない。
それにもし、武器や装備が壊れてしまった場合、その修繕にかかる費用が――
(――そういう事か)
ココアのジョブは【
つまり彼女は武器を使わない。
自分の武器が壊れる心配が無いのだ。
(おそらく、過去に同行者の武器が壊れた事があったんだろうな)
壊れた武器の修理費は必要経費として計算するのが普通だ。そして武器は案外高い。その分、儲けが減って一人当たりの取り分も減る事になる。
おそらく、ココアは過去にそういう事があって、釈然としない気分を味わったのだろう。
確かに彼女の気持ちは分からないでもない。だが――
(だが、そんな事を言っていると、そのうち組んでくれる相手がいなくなるぞ)
俺が所属していたSランク勇者パーティー『竜の涙』には、【
【
もしも矢の代金がパーティーから出なくなったら、彼女は攻撃を渋るようになるだろう。
あるいは【
私はお金がかからないから、と、一人だけ利益を得ようとすると、そういったジョブを持つパーティーメンバーを敵に回してしまうのだ。
(・・・まあいいか)
今回はあくまでもお試し。
実際の戦闘力の確認もそうだが、主な目的は彼女達の人となりを見る事にある。
パーティーに入れれば、今後は長い付き合いになるのだ。
ならば、最初にやりたいようにやらせてるのもいいだろう。
その結果、今回限りの付き合いになるならそれはそれ。
(一度限りの付き合いなら、さほど損を気する必要もないからな。なら、条件をのんで気分良く戦って貰った方がいい)
俺が考え込んだせいだろうか。気弱なエミリーが、ローブの縁からはみ出したゆるふわの巻き毛を落ち着きなくいじり始めた。
何というか、小動物のような子だな。
「それでどう? エミリーのジョブは【
ココアは自慢げな顔で言ってのけた。
エミリーのジョブは彼女にとって最大の切り札のようだ。
「・・・分かった。そちらの要望通りで構わない。報酬は三等分。道具は全て個人持ちとする」
「交渉成立ね!」
ココアは「どうよ!」とばかりにエミリーに振り返った。
その顔には「私の言った通りになったでしょ?」と書いてあった。
直情的と言うか、こういう所は年相応に子供なんだな。
俺は苦笑するしかなかった。
(まあ、二人も何度かこの町のダンジョンには入っているそうだし、そもそも今回はジョブの確認が主な目的だ。浅層にしか行くつもりはないし、大きなトラブルにはならないだろう)
ダンジョンのモンスターは、階層が下がる程、強力な物となる。その分、深い階層程、貴重な資源が採取出来るようになる。
ハイリスク、ハイリターン。
この辺はゲームのセオリーの通りと考えて貰えばいい。
(危険な場所に高価な報酬を用意して人間の欲望を刺激する、か。製作者の意図が透けて見えるな)
ココアが上機嫌に聞いて来た。
「それでいつから出発するの?!」
「ん? ああ、二人に用事が無ければ今からギルドに行って仕事を受注しようと思っている。出発は明日の朝。依頼の内容次第だが、探索はダンジョンで二泊ほどを考えている」
「いいわね。私達に用事はないし、早速ギルドに行きましょうか」
ココアは、いつまでも空になったクッキーの皿を見ていたエミリーの腕を取って立ち上がった。
(さて、ここからこの仮パーティーがどう転ぶか)
出来れば二人が優秀で、俺のパーティーメンバーになってくれるといいのだが。
その時、俺の脳裏に不意に幼馴染の顔が――Sランク勇者パーティー『竜の涙』リーダー、イクシアの顔が浮かんだ。
・・・・・・。
俺は何とも言えない喪失感を感じながら、二人を追ってテーブルを後にしたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ココアとエミリーは冒険者ギルドを後にした。
アキラは明日の依頼を受注した直後に分かれている。
彼は「武器屋に用事がある」と言っていた。
「使っていた装備を失ったばかりなんだ。コイツは予備の防具なんだが、長く使って無かったのであちこち具合が悪くなってる。今から武器屋に行って調整して貰うつもりだ」
彼はそう言うと、足早にギルドを去って行った。
ココアとエミリーの二人は、担当の受付嬢、フレドリカと少し話がしたかったため、彼女の手が空くのを待った。そのため、こんな時間になってしまったのだ。
ココアは上機嫌で鼻歌を歌っている。
昔、彼女の姉が良く歌ってくれた歌だ。
「ココア。上手くいって良かったね」
親友が喜んでいると自分も嬉しくなって来る。エミリーは笑みを浮かべながらココアに話しかけた。
「まあね。そのためにフレドリカさんにアキラの事を聞いておいたから」
ココアは事前に受付嬢のフレドリカからアキラの情報を色々と聞き出していた。
その結果、「彼の立場は意外と弱い」「だったら強気で交渉すれば、こちらの言い分を呑むに違いない」との確信を抱いていた。
実際、思っていた通りに話がまとまって、彼女は大満足していた。
「こんな事ならもっと吹っ掛けても良かったかもね」
「そんな。紹介してくれたフレドリカさんに悪いよ」
二人は冒険者として登録して以来、ずっとフレドリカの世話になっている。
右も左も分からない自分達がここまでやって来れたのは、彼女のおかげだと感謝もしていた。
今回の話も、フレドリカが持ち掛けて来たから。彼女の面子を立てるために受けた、という面もあった。
「う~ん、それでももう少し要求出来てたんじゃない?」
アキラが受けた依頼は初心者向けの無難なものばかりだった。
確かにアキラはジョブを得たばかりだ。しかし、自分達は何度もダンジョンでモンスターと戦っている。
既にエミリーのジョブレベルは2に上がっているし、ココアは更に一つ上、3にまで上がっていた。
「そろそろ浅層のモンスターにも慣れて来た所なんだよねえ・・・あっ、そうだ!」
ココアはハタと何かを思い付くと、ニヤリと笑った。
「ココア?」
「エミリー、ここでちょっと待ってて。直ぐに戻って来るから」
彼女はそう言うと冒険者ギルドに走って戻った。
それから数分後。彼女は満足そうにエミリーの下に帰って来た。
「お待たせ! じゃあ市場に買い物に行こうか! 明日からダンジョンに入るために、色々準備しないといけないし!」
「う・・・うん」
エミリーは親友がギルドで何をしたのか気になったが、こうなった時のココアは絶対に教えてくれない事も知っていた。
そして彼女はいくら相手が親友とはいえ、人に何かを問いただす時のあの重い空気を苦手としていた。
(悪い事じゃないといいけど・・・)
エミリーは心の片隅に不安な気持ちを抱えつつ、上機嫌な親友の後ろを追いかけたのだった。
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