第7話 カーネルのダンジョン
翌朝。
今日から俺は、ココアとエミリー、二人の新人冒険者と共にダンジョンに入る予定である。
おれは彼女達と合流すべく、ダンジョンの入り口を目指していた。
「それはそうと、今まで何の疑問も抱いてなかったが、町の中にダンジョンの入り口があるのってどうなんだ?」
俺の目的地、カーネルのダンジョンの入り口は、町の中央に作られた巨大な石造りの建物の中に存在している。
正確に言えば、町の中にダンジョンの入り口があるのではなく、ダンジョンの上に町が作られているのだ。
「地下に巨大な空洞が広がっているのに、その上に町を作るなんて完全にアウトだろ。もし、地震か何かでダンジョンが崩落したらどうするんだ?」
その場合、町はゴッソリ地下に飲み込まれ、完全に崩壊してしまうだろう。
生き残った人間も、ダンジョンから出て来たモンスターに襲われて全滅するに違いない。
「・・・やっぱりどこかおかしいって。この世界は」
まあ、あの女神が作った世界だからな。まともじゃないのも仕方がないが。
町の通りには同業者が――俺と同じ冒険者の姿が目立つ。
彼らも俺と同様、ダンジョンの入り口を目指しているのだ。
俺は一瞬、イクシア達、『竜の涙』のメンバーと出くわしたらどうしよう、と不安になった。
(いや。その可能性は低いか)
前回の『竜の涙』のダンジョンアタックは半月以上かかった。
大体三週間ほど、ずっとダンジョンの中でモンスターと戦っていた事になる。
たったの一日や二日の休みで次の仕事に入るとは思えなかった。
(俺だってこんな事がなければ、まだ休んでいたかったんだが・・・)
思い出しただけで、仕事の疲れがぶり返した気がする。
(まあ、今回の目的地は浅層だし、特に問題はないだろう)
ダンジョンの階層は普通、浅層・上層・中層・下層の四つに分けられる。
どこまでをどう呼ぶかの明確な基準はなく、冒険者が何となく感覚で呼び分けている。
このカーネルのダンジョンの場合は・・・おっと、ダンジョンの入り口が見えて来た。この話はまた後で。
入り口付近の広場は、多くの人間でごった返していた。
冒険者目当ての露天や屋台が立ち並び、ちょっとした市場のようだ。
(あっ。何かを思い出すと思ったら、縁日の屋台か)
そう。日本人ならDNAに刻まれるレベルで記憶されているであろう、夏の縁日の光景。
今までは当たり前の景色だと気にも止めていなかったが、自分の前世――
俺は微妙にノスタルジックな気分に浸りながら広場に足を踏み入れた。
多くのパーティーが出発前の荷物チェックをしている中に、二人の少女の姿があった。
今日の仮パーティーのメンバー。
勝気な黒髪ポニーテールの少女、【
俺は小走りで二人の新人冒険者に駆け寄った。
「済まない、待たせたか?」
俺に気付いた二人がこちらに振り返った。
「私らもついさっき来た所だし、大して待ってないけど」
「ん? そうか? それにしては何だか微妙な表情をしているじゃないか」
ココアは「いや、だって」と言った。
「昨日も思ったけど、なんでアキラはこっちが何か言うより先に謝るのさ」
「謝る? 俺が何て? ・・・あっ!」
ああ、そういう事か。
確かさっき俺は二人に「済まない、待たせたか?」と言った。
ココアは自分が何の文句も言っていないのに、勝手に俺が「済まない」と謝ったと思ったのだ。
(これは日本とこっちの世界の文化の違いだ。こっちでは、文句を言われるより先に謝罪の言葉を言うようなヤツはいない。いやまあ、俺も挨拶のつもりで口にしただけで、別に謝罪したという意識はないんだが)
ちなみにアキラも今まではそんな事はしなかった。
これは俺の中に日本人、
日本の習慣で、つい挨拶と同時に相手への気遣いが口に出てしまったのである。
昨日の事は覚えていないが、多分、昨日も最初に「済まない」と言ったに違いない。
(これは色々と注意しとかないとヤバイな。周りから変なヤツだと思われかねない)
俺は「そんな事より」と無理やり話題を変えた。
「最終確認をしよう。期間は二泊三日。上層には足を踏み入れない。依頼は小魔石80個と――」
上層と言った時、ココアが小さく反応した気もしたが、たまたまそう見えただけかもしれない。
俺は二人に依頼票を確認してもらうと、荷物を背負い直した。
たったの二泊とはいえ、荷物はそこそこの大きさだ。
Sランク勇者パーティー『竜の涙』にいた時は、ダンジョンアタックの際には
ココアとエミリーの二人も俺に続いてリュックを背負った。
中古品を安く買ったのだろう。色々と繕った跡がある。新人が持っているにしては妙に年季の入ったリュックだった。
「じゃあ行くか」
俺は二人を連れて建物の入り口に――ダンジョンの入り口へと向かった。
ダンジョンの入り口を覆う建物は、丈夫な石造りの倉庫、といった感じだ。
もしダンジョンからモンスターが逃げ出した時は、この建物を封鎖して町に逃がさないようになっている。
ダンジョンの入り口は建物の中央。地面に斜めに開いた大きなトンネルのような形をしている。
この時間はダンジョンから出て来るパーティーよりも、ダンジョンに入るパーティーの方が圧倒的に多い。
入り口は荷物を担いだ冒険者達で込み合っていた
(何となく、通勤時間の駅の入り口を思い出すな)
俺の中に日本の記憶が蘇ったせいだろう。すっかり見慣れたはずの景色がどこか新鮮に感じられた。
しばらく階段を降りると大きな洞窟に出た。ここが一階層。
このカーネルのダンジョンでは一階層と二階層を合わせて浅層と呼ばれている。
俺は人の流れから外れて脇道に入った。
ココアが意外そうに俺を見上げた。
「あれは二階層に降りる階段に向かっている冒険者達だ。俺達は一階層でこなさなければいけない依頼がある」
ココアは「そんなの言われなくても分かってるし」と呟いた。意地を張っているのが丸分かりだ。
俺は小さく苦笑すると一階層の地図を開いた。
実は俺もこのダンジョンの一階層をちゃんと探索するのは初めてだったりする。
Sランク勇者パーティー『竜の涙』は、別の町のダンジョンを踏破した後でこのカーネルのダンジョンにやって来た。
そのため、浅層は最短距離で踏破して、最初から中層を目指したのである。
ダンジョンの中は足元の岩が淡く光っているため、地図を見るくらいは出来る。
こういう所も妙にゲームっぽく感じる。
「――こっちだ」
俺は地図をしまうと、キャンプ地として目を付けていた広場を目指して歩き出した。
一階層を歩き始めて三十分程が過ぎただろうか?
通路の奥からカサカサ、キイキイという音が聞こえ始めた。
どうやらモンスターのテリトリーに入ったようである。
(出来ればキャンプで荷物を降ろした後で戦いたいが・・・)
しかしこういう時は、得てして「こうなって欲しくない」と思う事ほど、起きてしまうものらしい。
俺達の進行方向、曲がり角の向こうからハッキリとモンスターの立てる音が聞こえて来た。
俺は手を横に広げると、荷物を静かに降ろして武器を構えるように合図した。
冒険者の間では定番のハンドサインの一つだ。
一瞬、「新人の二人には通じないかもしれない」と危ぶんだが、どうやら杞憂だったようだ。
二人はそっと荷物を床に下ろすと武器を抜いた。
武器を抜いた、と言っても、【
【
「・・・敵は一匹。音からすると地面を這うタイプだ」
「だったら多分、屍蟲ね」
屍蟲はダンゴムシを犬くらいの大きさまで巨大化したようなモンスターだ。
殻は硬いが動きは遅い。
地面を這いずって死体を食べることから屍蟲と呼ばれている。らしい。
このダンジョンには浅層から下層まで、広く分布している極ありふれたモンスターである。
「屍蟲。普通のゲームで言えばスライムの立ち位置のヤツか」
「スライム?」
「いや、何でもない。ココア、お前一人でやれるか?」
ココアは「当たり前でしょ」と俺を睨んだ。
「なら頼む」
「いいわよ。――
その瞬間、ココアの両手両足が白く輝いた。
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