第8話 少女達の実力

武装解放トランスレーション!」


 その瞬間、【闘技者モンク】の少女、ココアの両手両足が白く輝いた。

 輝きが消えると、彼女の手とブーツは半透明の薄いピンク色の装甲で覆われていた。

 【闘技者モンク】のジョブの武装を見るのは初めてだが、これが彼女の魔力装甲マナ・アーマーか。


 ジョブを発動させると、各ジョブに応じてこのような魔力装甲マナ・アーマーが現れる。

 基本は防具という形で現れるが、流石は徒手空拳で戦う【闘技者モンク】。

 ゴツゴツとした装甲が己の武器である手足を覆っている。

 防御力もあるだろうが、どちらかと言えば攻撃向きの魔力装甲マナ・アーマーのようだ。


(珍しいタイプだな。流石はアンコモンのジョブ、といった所か)

「じゃあ行って来る」


 ココアはこちらに手を振ると、かなりの速度で通路の先に消えた。


「ほう。まだ低レベルなのに、かなりの身体能力だな」


 【闘技者モンク】の武装解放トランスレーション中は、足の速さや素早さが上がるそうだ。

 冒険者ギルドの受付嬢、フレドリカから、事前に二人のジョブの力を聞かされてはいたが、こうして実際に目にすると驚かされる。


「おっと、つい見入ってしまった。エミリー、俺達もココアを追うぞ」


 エミリーは「ひっ」と息を呑むと「は、はひっ」と頷いた。

 いや、そんなに警戒しなくても・・・。よくこんな性格で冒険者になろうと思ったもんだ。


 俺達が角を曲がると、ココアは壁に吹き飛ばした巨大なダンゴムシに――屍蟲というモンスターだ――拳を叩き込む所だった。


「しゅっ!」


 鋭い吐息と共に、凶器と化した拳が繰り出され、モンスターの殻を叩き割る。

 モンスターはジタバタと身をよじると、ズルリ。体がバラバラに解け、ダンジョンの床に残骸の山を作った。


「ええと、・・・あった」


 ココアは残骸に手を突っ込んでかき回すと、ボタン電池ほどの大きさの灰色の石を拾った。

 ダンジョンモンスターの核となる物質。魔力の結晶体。

 魔石だ。

 ダンジョンのモンスターは魔法生物と呼ばれる特殊な生き物である。

 この魔石から魔力糸と呼ばれる細い糸が伸び、体の各部パーツをつなぎ止め、動かしている。

 だから大きなダメージを受けると、魔力糸が切れ、結合が維持出来なくなって、バラバラに分解してしまうのだ。


「依頼はこの魔石を80個集めるんだよね。他に必要な物はある?」


 彼女はチラリと残骸を振り返った。


「いや。屍蟲から取れる素材はその小魔石だけだ」

「そう。近くに別のモンスターは――いないみたいね」


 そう言うとココアは武装を解除し、「ふうっ」と息を吐いた。

 武装解放トランスレーション中は僅かとはいえ常に魔力を消費する。

 いくら魔力は休めば回復するとはいえ、まだまだ先は長い。

 用もなく武装解放トランスレーションを維持し続ける理由は無かった。


「ご苦労様。【闘技者モンク】のジョブは――どうした? どこかやられたのか?」


 ココアは背中を気にするように軽く腕を回した。


「いや、全然。前回、別のチームと組んでダンジョンに潜った時、受けた傷がちょっと気になっただけ」

「そんな! ココア、あのケガはもう治ったって言ってたじゃない!」


 エミリーが驚いて声を上げた。どうやら彼女も聞かされていなかったらしい。


「大丈夫、大丈夫。ちょっと突っ張っただけだから」

「でもココア・・・ひょっとして最近、食欲が無いのも、そのケガが原因なんじゃ・・・」

「なに? おい、それは本当か?」


 ケガだけではなく、体調まで悪いとすればダンジョンに潜っている場合じゃない。

 もし、動けなくなってもダンジョンの中まで医者を呼んで来る訳にはいかないのだ。


 ちなみにこの世界には魔法があるが、ゲームのようにケガや病気を魔法で一発回復、なんて事は出来ない。

 例えば目覚まし時計を思い浮かべて欲しい。

 目覚まし時計を壊す難易度と、壊れてしまった目覚まし時計を修理して元のように動かす難易度。どちらが難しいかは言うまでもないだろう。

 魔法もそれと同じで、壊すのは簡単だが治すのは遥かに難しいのである。

 病気を治す治療魔法もあるにはあるが、その用途は限定的で、実は本物の治療魔法なんてこの世には存在しないのでは? 

とも言われている。


「大丈夫だって! エミリーは心配し過ぎなんだよ。さっきの私の戦いを見ただろ?」

「待てココア。さっきエミリーが食欲も無いと――」

「だから平気だって! もう! エミリーがヘンな事を言い出すから妙な空気になっちゃったじゃない!」

「そ、そんな。ご、ごめんねココア」


 ココアは「大丈夫」の一点張りで全く譲らなかった。

 エミリーもココアに強く言われて委縮してしまったらしく、逆に謝っている。


(・・・まあいいか。ちょっとしたケガなら、騒ぎ立てる程ではないしな)


 記憶が蘇ったせいで、つい、ココア達を子供を――中学生を見る目で見てしまいがちだが、彼女達は十五歳。

 この世界では成人したての大人であり、ダンジョンに生き死にをかける道を選んだ冒険者だ。

 例え新人とはいえ、自分と同じ冒険者として見てやるべきだろう。


 実の所、冒険者にとってケガは付き物だ。中層や下層にアタックしている時は、ケガをしたからと言って直ぐにダンジョンから引き上げる事も出来ない。

 この俺――アキラだって、折れた腕に添え木をあてて、その折れた腕で剣を握って戦った事すらある。


(今思えば、よくあんなムチャが出来たもんだ)


 我ながらとんでもない事をしたと思うが、死んだら痛いも何もない。

 あの時は命がけ。やらなければ仕方がなかったのだ。


(平和な日本じゃ考えられないよなぁ)


 ダンジョンアタックとはそれほどにタフなもの、とも言える。

 とはいえ、ここは浅層。数時間も歩けば町に戻れる。

 例えココアの具合が悪くなっても、その時点で探索を切り上げて引き上げれば問題ないだろう。


(それほど深刻に考える事もないか)


 俺は頭を切り替えると、ダンジョンの探索を再開したのだった。




 あの後、二度モンスターとの遭遇エンカウントがあったが、どちらも敵は一匹だけだったので、ココアが前に出てさっさと片付けた。

 しかし三度目の遭遇エンカウントはそうはいかなかった。


「六――七匹か。・・・ちっ。マズいな」

「てりゃああああああっ!」


 モンスターの数は七匹。

 武装解放トランスレーションしたココアは、逃げ出した一匹を追って通路の奥に走って行ってしまった。

 これが【闘技者モンク】のジョブが冒険者に不人気な理由。

 戦闘に集中するあまり極端に視野が狭くなり、他の敵や味方が意識から消えてしまうのである。

 【闘技者モンク】のジョブが最も力を発揮するのは、敵が一匹しかいない場合。

 しかしモンスターは複数で出て来る時が多い。

 【闘技者モンク】はあまり役に立てない場面の方が多いのである。


(猪突猛進。まるでバーサーカーだ。とはいえ、完全に理性が吹き飛んでいる、って程でもさそうだが)


 残ったモンスターは俺達に狙いを付けたようだ。

 俺は剣を構えた。反りを持った片刃の剣――サーベルである。

 一瞬、自分の武装解放トランスレーションを試そうかと考えたが、チラリと後ろのエミリーを見て考えを変えた。


(敵の数は六匹。【小賢者セージ】は剣技も使えるジョブのはずだが、エミリーは性格的にも前衛には向いていない。相手が弱いモンスターとはいえ、ここは俺が出来るだけ引き受けないと危ないか)


 ならば今回は慣れないジョブを使うのは止めた方がいい。

 だが、せめて戦闘力の強化はしておくべきだろう。


「エミリー、武装解放トランスレーションだ! 俺の剣に強化を頼む!」

「は、はい。武装解放トランスレーション


 エミリーのローブが光ると、ローブの縁に紫色のラインが走った。

 どうやらこれが彼女の――【小賢者セージ】の魔力装甲マナ・アーマーのようだ。

 装甲と言うよりも、ローブに浮かんだ模様のようにも見える。


「の、能力向上!」


 エミリーのどこか緊張感に欠ける掛け声と共に、俺のサーベルが淡い光に包まれた。

 彼女の魔力装甲マナ・アーマーと同じ淡い紫色の光だ。


「こ、効果は三十秒くらいです」

「分かった」


 俺は足元に這い寄る屍蟲にサーベルを振った。

 剣はまるでパンでも切ったかのように、ほとんど何の抵抗もなくモンスターの体を二つに切り裂いた。


(これが【小賢者セージ】のバフ強化魔法か!)


 なる程、これは【小賢者セージ】が重宝される訳だ。

 俺は驚きに目を見開いた。


 【小賢者セージ】のジョブの特徴は、装備に強化効果を付与する魔法を使う点にある。

 本来はその力で自身の装備を強化。優れた剣技を使って前衛で戦うという中々にテクニカルなジョブだ。

 しかし、エミリーは性格的に自分で戦う事は出来なさそうだ。

 つまり彼女は【小賢者セージ】本来の能力のほぼ半分を無駄にしている事になる。それでもパーティーにおいて彼女のバフ強化能力は十分に魅力的だと言えた。


(だが、ココアとの相性は悪いな)


 ココアのジョブは【闘技者モンク】。

 徒手空拳で戦い、武器を使わない彼女はエミリーの魔法の恩恵を受けられない。

 自分では戦えない支援魔法の使い手と、仲間の支援魔法の恩恵を受けられないバーサーカー。

 これ程噛み合わない組み合わせも中々ないだろう。


(しかし、二人の長所は中々に魅力的だ)


 俺は屍蟲を片付けながら、頭の片隅で考えた。


(ココアは単体の敵相手なら、同レベル帯のジョブよりも力を発揮するだろう。つまり条件次第だが大物食いジャイアント・キリングに特化したジョブ、とも言える。

 エミリーはココアのサポートは出来ないが、その分、他のメンバーに集中してサポートが出来る。ジョブのレベルが上がれば魔力も上がり、バフ強化の効果も制限時間も今より伸びるはずだ)


「す、すごい・・・」


 エミリーが俺の背後で何か呟いた。


(これが最後の一匹)


 俺は素早くサイドステップ。壁際を抜けてエミリーに襲い掛かろうとしていた屍蟲を切り裂いた。

 エミリーの強化魔法のおかげもあって、結局、六匹全部を俺一人で倒した事になる。

 その時、サーベルを包んでいた淡い光が消えた。

 どうやら魔法の効果が切れたようだ。


「もう三十秒経ったのか。戦っていると意外とあっという間だな。なあエミリー、この魔法は連続では使えないのか? 例えば魔法が切れそうになった時、切れる前に――おい、どうした?」

「あ、い、いえ、何でも!」


 ぼんやりとしていたエミリーだったが、俺が声を掛けると慌てて手を振った。


「魔法のせいか? そんなに魔力を使うなら無理はさせられないが」

「あ、いえ、そんな事はないです! まだ魔法は使えます!」


 先程の俺の質問の返事だが、エミリーが言うには強化魔法の重ね掛けは可能だそうだ。

 ただしその場合、先にかけていた魔法の効果が切れた途端、後でかけた魔法の効果も切れてしまうそうである。


「だ、だから、魔力が勿体ないので、いつもはやらないようにしちゃいましゅ、し、しています」

「そうか。分かった」


 あたふたと慌てて答えるエミリー。

 慌て過ぎて噛み噛みだ。なんだかこっちが申し訳なくなって来る。

 それはそうと、重ねがけはあまりコスパが良くなさそうだ。

 だが、ここぞという場面で一点突破的に強化が出来る、というのは魅力的だ。

 何かの時には使えるかもしれない。一応、念のために心の片隅に留めておく事にしよう。


「あ、ココア!」


 その時、通路の先からココアが姿を現した。

 逃げたモンスターに止めを刺して戻って来たようだ。

 彼女は俺の周囲に転がるモンスターの残骸を見ると、「・・・ゴ、ゴメン。またやっちゃった」と小さくなって謝った。

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