第42話 弱音

 ココアは前に飛び出すと、ガーディアンの巨大な体に拳を叩き込んだ。


「てやああああああっ!」


 しかし、スキルでもないただの連打(※ココアはまだスキルを覚えていない)では、ガーディアンをひるませる事すら出来ないようだ。

 ガーディアンの体がズルリと動くと、ココアは素早く後方に飛び退いた。

 その時にはようやく俺も回復して、戦線に加わるべく走り出していた。


「ココア!」

「あっ、アキラ! さっき吹っ飛ばされてたけど大丈夫?」


 俺は淡く光を放つ盾を――エミリーの強化を受けた盾を掲げて、問題無いとアピールした。


「それより前に出過ぎだ。エミリーの護衛をしろと言っておいただろう」

「それは・・・ゴメン。ハンナの強化スキルの範囲だったから、つい」


 言われて気が付いたが、ココアの――そして俺の――体が赤い光に包まれている。


「ハンナのエリアバフか」


 ハンナのジョブは【付与師バッファー】。

 一定の範囲内の味方のステータス値を上げ、モンスターのステータス値を下げる、バフデバフのスキルを持っている。


「そうなの。ハンナがみんなの攻撃値を上げているのよ。だったら私でもいけるんじゃないかと思って」

「気持ちは分かるが、今ので分かっただろう。コイツはとんでもない化け物だ」


 冒険者達も自分の通常攻撃が通じていない事に気づいたのだろう。スキルによる攻撃に切り替えているようだ。


「とにかく、一度エミリーの場所まで下がろう。スキルを持たない俺達にも出来る事があるはずだ」

「わ、分かった」


 正確に言えば、俺はスキルを持っていない訳じゃない。【七難八苦サンドバッグ】のレベルが5になった時に覚えたスキルがあるのだが、ステータスボード上ではその表示はブランクになっていて使用出来ない状態なのだ。


 ドゴーン!


 大きな音に振り向くと、金色の魔力装甲マナ・アーマーの冒険者が、ガーディアンの巨体に拳を叩きつけていた。

 両手を頭の上で組んで体重をかけて殴る、スレッジハンマーと呼ばれる技だ。

 【力士レスラー】のジョブを持つオモニである。

 彼が殴る度に、まるで太鼓でも叩いているような大きな音が辺りに響き渡っている。


「す、すごっ・・・」


 同じ徒手空拳で戦うジョブ同士、何か感じるものがあるのだろう。ココアは食い入るようにオモニの攻撃を見つめていた。




「く、来るぞ! うわああああっ!」

「チクショウ! 魔力がもう無い! スマンが俺は下がるぞ!」

「スラッシュ! スラッシュ! ――ダ、ダメだ、俺の武器じゃ全く歯が立たない!」

「ドルフが食われた! 俺の友人が食われちまった!」


 ガーディアンは時には激しく身をよじり、時には悠々と這いずり回った。

 その度にその巨体に巻き込まれた冒険者達が弾き飛ばされ、又は押しつぶされて悲鳴をあげる。

 ガーディアンの巨体はあちこち焼け焦げたり、鱗が剥がれて赤い肉が覗いているが、そのどれもが浅い傷でしかない。

 体全体の大きさからすれば、微々たるもので、とてもではないがこの怪物にダメージを負わせているとは思えなかった。


 俺は盾を構えると、倒れた冒険者の前に飛び出した。

 ガーディアンの巨大な体が大きくうねると、ドシン! 大きな衝撃と共に俺は弾き飛ばされた。

 一回転、二回転。俺は泥の中を転がると口に入った砂利を吐き捨てた。口の中を切ったらしく、唾には血が混じっていた。


「ぐっ! だ、誰か、そこに倒れている男を頼む! 足をやられているようだ!」

「任せろ! 大丈夫か?! 後ろまで運ぶぞ」

「す、すまない。助かった」


 冒険者が倒れていた男に肩を貸すと、二人は後方に下がって行った。


 戦いが始まって約五分。まだたったの五分。

 だが、俺の主観ではもう何十分と戦っている気がする。

 そう感じる程一方的な――いや、絶望的な戦いだった。

 この僅かな時間で、冒険者は既に壊滅目前にまで追いやられていた。

 前衛に残っている者は四~五十人。最初の半分にも満たない。

 それだけガーディアンは、想像をはるかに超えた怪物だったのである。


「ぬおおおおおおおっ!」

「はあああああああっ!」


 現時点でどうにか戦えているのは、【斧術士アックスマン】のドランクと【力士レスラー】のオモニの二人。

 それと数人の冒険者達。


「やあああああっ!」


 意外な事にココアもこの集団に混ざって戦っていた。

 ココアのジョブは【闘技者モンク】。戦闘中は周囲が見えなくなるが、その分、単体の相手には自分のレベルを超えた力を発揮する。

 正に今回の戦いにはうってつけのジョブと言えた。

 この集団以外の冒険者達は、ほとんどが魔力を使い果たして逃げ回っている状態だ。

 【付与師バッファー】のハンナも、早々に攻撃値の上昇から体力値を上げる方向へとエリアバフを切り替えている。

 おかげで俺も、こうしてボロボロになりながらも、どうにかやられずに済んでいるのだが。

 エミリーによる装備の強化。それにハンナのバフが無ければ、俺はとっくにリタイアしていただろう。

 俺は視界の片隅のステータスボードをチラリと見た。


(今のダメージでMPが100を超えたか・・・)


 俺がダメージを負う度に増える謎の数値マゾポイント

 今の数値は112。遂に二桁を超え、三桁の大台に乗っていた。


(何か変化は・・・やっぱり何もないか)


 ワンチャン、100を超えたら何かが起こるのではないか? という淡い期待はあった。

 しかし、こうしていても何も起きないし、体にも何の変化も感じられない。

 肩すかしもいい所である。


(本当に何がやりたいんだ、俺のジョブは)


 俺は小さく舌打ちした。

 今の所、俺のジョブ【七難八苦サンドバッグ】は、ステータスの体力値が上がる以外に何一つメリットはない。

 魔力も最低だし、ほぼほぼ役立たずのゴミクズジョブであった。


「うぎゃああああああっ!」


 男の絶叫に俺はハッと我に返った。

 また一人。魔力が尽きた冒険者の魔力装甲マナ・アーマーが解除され、ガーディアンの攻撃を受けて吹き飛んでいた。


「おい、大丈夫か?!」


 俺は男に駆け寄った。


「うっ!」


 男の腹は潰れ、首はあり得ない方向にねじ曲がり、ピクリとも動いていなかった。

 完全に即死である。

 冒険者であっても、魔力が尽きれば――魔力装甲マナ・アーマーが消えれば、戦闘のダメージを直に受けるしかない。

 相手は怪獣のような巨大なモンスターだ。そんなヤツの攻撃を生身で受けて無事で済むはずはないのである。


 目の前の悲惨な死体に、この時だけ俺の集中が途切れた。

 最前線で無防備に足を止める。それがどれだけ危険な行為か言うまでもないだろう。

 気付いた時には、俺の頭上からうなりを上げて、ガーディアンの巨大な尻尾が振り下ろされていた。


(ヤバい・・・)


 その瞬間、俺は死を覚悟した。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「くそっ! とうとう逝っちまったか!」


 Bランクパーティー『鉄の骨団』のリーダー、ドランクは、折れて柄だけになってしまった斧の残骸を投げ捨てた。

 彼のジョブ【斧術士アックスマン】は、【剣士ソードマン】の斧版と言ってもいい。

 手数を重視する【剣士ソードマン】に対し、【斧術士アックスマン】は一撃の破壊力に長けている。

 どっちが上でどっちが下とも言えないが、ただ一つ。【剣士ソードマン】のジョブを持つ者は多いが、【斧術士アックスマン】のジョブを持つ者はあまりいない。

 つまり、武器が壊れても、誰かに借りるのは難しいのである。


「おやっさん!」


 特徴的な禿頭とくとうの男、『ウサギの前足』のリーダー、ウルフェスが駆け寄った。


「ウルフェス! テメエこんな所で何してやがる! テメエには後衛のヤツらの指揮を任せといただろうが!」

「もう全員魔法を使い切っちまったよ! 魔力切れだ! おやっさん、これ以上はもうヤバイぜ!」


 ウルフェスは後衛職の――主に【魔女ウィッチ】達の攻撃を指揮していた。

 しかし、どうやら後衛の魔力も尽きたようである。


「やっぱりコイツには手を出すべきじゃなかったんだ! こうなりゃ逃げるしかねえよ!」

「バカ野郎! んなこたぁ分かってんだよ!」


 ただ逃げても、追いつかれて後ろからやられるだけである。

 相手に手傷を負わせ、こちらを追いかける気を失わせてからでなければ、背中を向けられない。


(くそっ! ワシとしたことが、相手の力を見誤ったわい!)


 その巨体に目を奪われて気付いていない者も多いだろうが、実はガーディアンは最初から負傷していた。

 顔の右目から顎にかけて、鋭い線が走り、赤い肉が見えている。

 それは新しい傷口の証拠。そう。コイツは手負いだったのだ。


 しかし、その気付きが逆にドランクの判断を鈍らせてしまった。

 ガーディアンは傷付ける事の出来る相手。

 決して敵わない敵ではない。

 そう考えてしまったのである。


(それがまさかこれ程の化け物だったとは・・・完全に予想外じゃった)


 今更後悔しても後の祭り。

 ドランクは撤退のタイミングを完全に見誤ってしまった。

 今や前衛は崩壊寸前、後衛も魔力切れで最低限の自衛すら危うい状態になっていた。


「・・・なぜワシは、ワシらでもガーディアン相手に戦えるなどと己惚れてしまったのか。

 『竜の涙』のイクシア。あの嬢ちゃんの覇気にあてられ、年甲斐もなく血が騒いでいたのかもしれん。

 あるいはこのダンジョンを制覇するのは、イクシアの嬢ちゃんのようなよそから来たパーティーではなく、ワシら地元の冒険者であるべきだ。

 そんなチンケなプライドがワシの目を曇らせて、現実を見誤らせてしまったのか」

「おやっさん・・・」


 それはウルフェスが、今まで一度も聞いた事のないドランクの弱音だった。

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