第41話 冒険者vsガーディアン

 Cランクパーティー『ウサギの前足』のリーダー、禿頭とくとうの男、ウルフェスが悲鳴を上げた。


「バ、バカな! アイツは守護者ガーディアン! 深層にいるはずの守護者ガーディアンが、なぜこんな場所に――中層なんかに現れるんだ?!」


 ウルフェスの言葉に冒険者達はギョッと目を剥いた。


「ガーディアンだって?!」

「ウソだろう! 何だってこんな所に?!」


 俺の袖をココアが引っ張った。


「アキラ、ガーディアンって・・・」

「ああ。だがあの巨体。仮にガーディアンでなくても、とんでもない化け物には違いない」


 守護者ガーディアンとはダンジョンの最下層に住むモンスターだ。

 ダンジョンの源、ダンジョンコアを守っている事から守護者――ガーディアンと呼ばれる。

 コアの守護者だけあって非常に強力なモンスターで、『竜の涙』も別のダンジョンでガーディアンを倒した時には、それなりの苦労をした(それでも「それなり」で済んだのは、イクシアの圧倒的な活躍によるものだが)


 ヒゲの中年男――Bランクパーティー『鉄の骨団』のリーダー、ドランクがウルフェスに詰め寄った。


「ヤツがガーディアンだと?! ウルフェス! そいつは間違いねえのか?!」

「当たり前だ! あんな化け物を見間違える訳ないだろう! 俺は昔、若気の至りで一度だけ深層に挑んだ事がある。あの時見たあの恐ろしい姿を忘れる筈がねえ。俺の記憶通りの、いや、記憶を上回る怪物だぜアレは」


 ウルフェスの言葉に冒険者達の間に動揺が広がった。

 ガーディアンは目の前の人間の群れに戸惑っているのだろうか? 鎌首をもたげたまま、爬虫類独特の縦に割れた瞳でジッと俺達を見下ろしている。


 ドランクは振り返ると、浮足立つ冒険者達を怒鳴り付けた。


「テメエら見苦しいぞ! 揃いも揃って情けねえ声出してんじゃねえ! ガーディアンであろうがなかろうが、相手はモンスター、ワシらは冒険者だ! だったらやるこたぁひとつ! いつもと変わらねえだろうが!」

「た、戦うってのか?!」

「無茶だぜドランクさん! 相手はガーディアン――このダンジョンの主なんだ!」

「そうだよ、敵う訳がねえ! 逃げようぜ!」

「バカ野郎! ふざけた事を言ってんじゃねえ!」


 ドランクは冒険者達をジロリと睨み付けた。


「ここにいる全員は、このワシが認めた、このカーネルの冒険者の精鋭だ! 最強の冒険者だ! テメエらが全員でかかって倒せないなら、一体誰がヤツを倒せるってんだ!」


 その瞬間、冒険者達はハッと動きを止めた。

 冒険者という生き物は脳筋だ。

 腕っぷしが自慢で、見栄っ張りでプライドが高い。そして単純で乗せられ易い。

 みるみるうちに彼らの間にやる気が高まっていった。


「・・・確かに。考えてみりゃ、今ここにはカーネルの主だった冒険者が集まってるんだよな」

「全員で百人以上いるんだろ? これってある意味チャンスなんじゃねえか?」

「ああ。それにガーディアンの方からわざわざ俺達に挑みに来たんだ。ここで逃げ出しちゃ冒険者がすたるってもんだ」

「まさかこの俺がガーディアンに挑む日が来るなんて思いもしなかったぜ」


 さっきまでの逃げ腰から一転。彼らは気力を漲らせてガーディアンを睨み付けた。


(さすがドランク。冒険者の気持ちが良く分かっている。それに全力で逃げた所で相手はあの巨体だ。直ぐに追いつかれるに決まっている)


 そうなればなぶり殺しだ。

 仮に逃げ切れたとしても、その場合は冒険者達を追ってあの化け物が上層や浅層――あるいは、ダンジョンの外まで出て来るかもしれない。

 そんな事にでもなれば最悪だ、町にどれ程の被害が出るか想像も付かない。


(そう考えれば、この町にとって、今この場に町の最大戦力が集まっていたのは、ある意味ラッキーだったのかもしれないな)


 ここにいる冒険者の数は、前衛職だけでも百人以上。

 後衛は前衛よりも数が少ないとはいえ、それでも三十人程はいるはずである。

 つまりは約百五十人の――荷運び人ポーターも含めれば二百人超えの――武装集団、という訳だ。

 しかもこの武装集団はただの人間ではない。ジョブを持つ冒険者達だ。


「コイツはカーネルの冒険者対、ダンジョンの守護者ガーディアンの戦争だ! テメエらケツの穴を引き締めろ! 武装解放トランスレーション!」

「「「「「武装解放トランスレーション!」」」」」


 冒険者達の体が光ると、色とりどりの装備が彼らの体を覆った。

 魔力で作られた鎧。魔力装甲マナ・アーマーだ。


 ゴツゴツとした魔力装甲マナ・アーマーに身を包んだドランクは、愛用の二丁斧を振り上げた。


「前衛はこのワシに続け! 後衛はそこにいるウルフェスの指示に従え! ハンナの嬢ちゃんはワシら前衛の強化を頼んだ! それとオモニ! お前さんは前衛でワシの補佐を頼む!」

「分かりました」

「こうなりゃやるしかねえか! 後衛職は俺の周りに集まってくれ!」

「ドランクの補佐ですか。僕などに勤まりますかね」


 ちょび髭の伊達男が困り顔で頭を掻いた。


「ぬかせ。なにせ相手はあのデカブツだ。お前の怪力、頼りにしているぜ」

「これはこれは。責任重大ですな」


 優男は腕を曲げるとボディービルダーのようなポーズを取った。

 彼の名はオモニ。Cランクパーティー『荒野の落雷』のリーダーで、腕力に長けたジョブ、【力士レスラー】の持ち主だ。


 俺はココア達に振り返った。


「二人は荷運び人ポーター達と一緒に後ろに下がってろ」

「アキラはどうするの?」

「俺はここで彼らと一緒に戦う」

「なら私も残る!」

「わ、私も!」


 俺はかぶりを振った。


「危険過ぎる。いいから俺の言う事を聞け」

「何言ってるのよ! だったらアキラの方が危険じゃない! アキラは魔力が少ないから、私達と違って魔力装甲マナ・アーマーでダメージを相殺出来ないんだから!」


 それは・・・確かにそうなんだが。

 いや、俺にはSランクパーティー『竜の涙』で戦って来た経験がある。


「能力向上!」


 エミリーが魔法を発動させると、俺の盾と防具が紫色の光を帯びた。


「あっ! エミリー、お前――」

「勝手な事をしてごめんなさい。けど今は言い争っている時間はありません。せめて防具の強化くらいはしておかないと、アキラさんの身が危険ですから」


 ぐっ・・・正論過ぎて言い返せない。

 重装蜂メタル・ビーとの戦いの経験で、エミリーの魔法が守りに有効である事は、骨身に染みて分かっている。

 そしてエミリーをこの場に残せば、ココアだけ大人しく後方に下がるとは思えなかった。


「・・・分かった。エミリー、防具の強化は切らさないように頼む。そしてココア。お前はエミリーの護衛だ。調子に乗って前に出過ぎるなよ」

「任せといて!」


 考えてみれば相手はあの巨大なモンスターだ。後ろにいても危険である事に変わりはないだろう。

 ならば目の届く所にいてもらった方がいいとも言える。


「ガーディアンを見ろ!」


 誰かの叫びに振り返ると、大きな影が倒れる所だった。

 ドスーン・・・

 大きな地響き。そして何かが地面に擦れる音が近付いて来た。


「来るぞ!」


 次の瞬間、轟音と共に巨大な水しぶきが上がった。

 俺は咄嗟に盾を構えた。


 ドンッ!


 俺は――いや、俺達はあっさりと跳ね飛ばされていた。




 俺は葦の茂みの中を転がった。

 もしも地面が固い岩場なら、大怪我を負っていたかもしれない。

 回転する視界の中、ステータスボードのMPの値(※俺の負ったダメージに応じて増加する謎の数値。マゾポイントの略だと思われる)が伸びて行くのが見える。


(なっ?! 42だと! 戦闘開始直後の最初の一撃だぞ?!)


 一回のダメージで増えた数値としては、過去イチではないだろうか?

 俺は仰向けになると、歯を食いしばって体の痛みに耐えた。


(エミリーが強化魔法をかけてくれてコレか・・・。もしエミリーの魔法がなかったら今の一発で動けなくなっていたかもしれない)


 一緒に跳ね飛ばされた冒険者が、あちこちで立ち上がる気配がした。


「くそっ・・・ゴッソリ魔力を削られたぜ」

「ウソだろ?! さっきまで俺の魔力は満タンだったんだぞ?! もう100を切っているじゃねえか!」

「みんな、怯むな! 今度は俺達の番だ!」


 チラリと視線を向けると、数名の冒険者がガーディアンを攻撃しているのが見えた。

 あれは『鉄の骨団』のドランクか。


「スキル・二丁板斧! ぬおおおおおおっ!」


 ドランクは二本の斧を扇風機のように振り回し、ガーディアンの鱗を削っている。

 まるで掘削機だ。

 彼のジョブは【斧術士アックスマン】。【剣士ソードマン】の斧バージョンとも言うべきジョブだ。

 初手からスキルの大盤振る舞いだが、実はドランクはああ見えて技巧派で、巧みな身のこなしで敵の攻撃を回避するのを得意としている。

 そしてダメージを受けないという事は、その分だけ魔力を攻撃に――スキルに使う事が出来る、という事でもある。

 『竜の涙』で言えば、【聖騎士クルセイダー】のカルロッテではなく、イクシアの戦闘スタイルに近いのだ。

 ちなみに他の冒険者達は魔力を温存して、通常攻撃で戦っているようだ。


 ガーディアンの体がズルリと動くと、ドランクは素早く後ろに下がった。

 逃げるタイミングを逃した冒険者達が、ガーディアンに押し潰されて悲鳴を上げる。

 危険な状態だ。

 ダメージ自体は魔力で相殺されるが、このまま押し潰されているとどんどん魔力が奪われ続けてしまう。

 やがて魔力が尽きればそこまで。魔力装甲マナ・アーマーが解除され、圧死してしまうだろう。


 ドン! ドドン!


 その時、ガーディアンの体から煙が上がった。ウルフェスが指揮する後衛の魔法が命中したのだ。

 ガーディアンがビクリと体をのけぞらせる。

 その隙に他の冒険者達が飛び込むと、潰されていた仲間を救出した。

 彼らの援護のためだろう。何人かがガーディアンに攻撃を仕掛ける――って、あれはココアじゃないか。

 ココアは前に飛び出すと、ガーディアンの巨大な体に拳の連打を叩き込んだ。

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