第40話 守護者《ガーディアン》

 合同調査が開始されてから三日。

 今日からは調査範囲を広げるようだ。

 俺は荷物を降ろすと、ココアとエミリーに声を掛けた。


「今日はこのままキャンプで一泊して、明日、町に戻ろう」

「あー疲れた」

「分かりました」


 現在、俺達がいるのは十五階層。中層と呼ばれる湿地帯のエリアだ。

 合同調査隊はこの階層の一角にベースキャンプを作り、そこを中心として調査を進めている。

 俺達荷運び人ポーターは、地上と中層を往復しながら彼らのための物資を運んでいた。


「足は取られて歩き辛いし、虫よけの薬で肌はベタベタするし、虫は多いしあちこち臭いし。私、ランクが上がっても絶対に中層は仕事場にしたくないわ」

「・・・私も」


 中層の環境は二人には不評のようだ。


「そうは言うが、中層の稼ぎ自体は悪くはないらしいぞ。勿論、安定して回れるだけの実力があり、上手い稼ぎ場を知っているのが条件だが」


 沼地では珍しい薬草も生えているし、生息するモンスターから高価な素材も手に入る。らしい。

 Cランクパーティー『ウサギの前足』なんかは、中層を専門にしているそうだ。

 その説明を聞いて、ココアはウゲッと顔をしかめた。


「最悪。私、『ウサギの前足』に入らなくて良かった」

「・・・私も」


 いや、そもそも向こうからお呼びじゃないだろう。何勝手に、『誘われていても断った』的な事を言ってるんだ?

 どうやらココアとエミリーは、相当に中層が嫌いらしい。


「アキラのアニキ! ココアとエミリーも、あっちで飯を貰おうぜ!」

「おう、分かった! ほら行くぞ、二人共」

「・・・なんかあんた達、すっかり馴染んでない?」

「アキラさんは私達のパーティーのリーダーなのに・・・」


 俺はチッタ達、三人の少年冒険者に呼ばれて立ち上がった。

 ココアとエミリーはブツブツ言いながら俺の後に続いた。

 途中で荷運び人ポーター達から声を掛けられる。

 チッタ達三人とココアとエミリーの駆け出し冒険者達は、今ではすっかり荷運び人ポーター達の間でマスコット的な存在になっていた。


「ココア、あれってハンナさんじゃない?」

「あ、ホントだ。おーい、ハンナー!」


 ココアが声を掛けると、地味な皮鎧の女性冒険者が手を振った。


「ねえアキラ。この間ハンナ達のチームが戦っている所を見たけど、すごかったね」

「そうだったな」

「モンスターを圧倒してましたよね」


 俺達は二日ほど前に見た光景を語り合った。

 ハンナのジョブは【付与師バッファー】。

 【小賢者セージ】エミリーとは違い、完全な支援職だが、その分、はまった時の爆発力は凄まじいものがあった。


 彼女は自分を中心に、能力強化バフ系の魔法フィールドを展開。その効果範囲に入った味方は、全員の能力値が上乗せされるのである。

 一度に強化可能な能力値は一つだけ。例えば腕力の強化を選んだ場合、素早さや体力の強化は出来ない。

 そう聞くと何だか微妙な能力のようだが、【付与師バッファー】の凄みはそれだけではない。

 範囲内にいるモンスターの能力値を下げる効果も同時に発生するのだ。

 つまりハンナは味方パーティーに能力強化バフをかけながら、モンスターに対して能力低下デバフもかけるのである。

 要はハンナはバッファーであり、デバッファーでもあるのだ。

 これが戦闘においてどれ程強力な効果か分かるだろうか?

 モンスターとの戦闘は、基本的には体力の削り合い――魔力値の削り合いである。

 ハンナは味方全員の攻撃力を上げるのと同時に、モンスターの攻撃力を下げる事が出来るのである。

 なる程、【魔女ウィッチ】のダニエラが『竜の涙』にハンナを加入させた訳である。


(とはいえ、イクシアにはあまり意味はないかな)


 イクシアは卓越した剣技を持っている。

 ゲーム的な表現をすれば、回避力が高くてクリティカル値がバカ高いブッ壊れキャラである。

 そして、ハンナのバッファーとしての力は、能力の上乗せであって割合強化ではない。

 例えば10の攻撃力を持つ冒険者に10の攻撃力を上乗せすれば、そいつの攻撃力は合計で20。通常時の倍になる。

 しかし、100の攻撃力を持つ冒険者――例えばイクシアに10の攻撃力を上乗せしても、攻撃力は合計で110。たった一割の強化にしかならない。

 つまりハンナの能力ではあまりイクシアの助けにはならない、という事だ。


(そう考えると、【付与師バッファー】は新人冒険者にこそ――俺達のようなパーティーにこそ必要なジョブ、という事になるんだがな)


 しかし、俺達の稼ぎではハンナが満足しないだろう。彼女にとって冒険者はあくまでも副業。まとまった金を稼ぐためにダンジョンに入っているに過ぎない。

 貧乏な駆け出しパーティーに協力してくれるとは思えなかった。


(それに新人が自分達の力を過信してしまうのも危険だ。戦闘経験の少ない者ほど、上乗せされた力を自分本来の力のように錯覚してしまうだろうからな)


「アキラのアニキ! こっちに席を取っといたぜ!」

「ちょっとチッタ。あんたアキラの事をアニキ、アニキって気安く呼ぶんじゃないわよ」

「そ、そうです。アキラさんは私達のパーティーのリーダーです」

「い、いいじゃねえか別に。アニキはアニキなんだからよ」


 やれやれ、のんびり考え事も出来やしない。

 俺は口論を始めたココア達を慌てて止めに入るのだった。




 その夜(※ダンジョンには昼も夜もないが、キャンプでは半日おきに昼夜を決めてみんな夜は寝るようにしていた)、俺は耐えがたい寝苦しさに目を覚ました。


(イヤな感じだ。何だ、このピリピリと張り詰めた空気は)


 俺がテントから出ると、数名の冒険者達が顔を出していた。

 どうやらこの気配を感じたのは俺だけではなかったようだ。


「一体なんなんだ? この無性に落ち着かない感じ」

「おい、仲間を起こせ。何かが起きているぞ」

「――虫だ」

「何?」


 誰かの言葉に全員が黙り込んだ。

 耳が痛い程の静けさが辺りを包む。

 ――虫の鳴き声がしない。


「辺りに虫がいない!」

「! ココア、エミリー! チッタ! 起きろ!」


 俺は両隣のテントに怒鳴った。

 テントの中から寝ぼけまなこのココアが顔を出す。


「何よアキラ大声で。周りの人達に迷惑でしょ」

「戦闘の準備をしろ! 急げ!」


 俺達の会話が聞こえたのだろう、チッタ達三人組の少年冒険者がテントから飛び出した。


「アキラのアニキ。モンスターの襲撃か?」

「分からん。だが、何かが起こっている。いつでも戦えるように準備しておけ」


 俺達の周りでも、冒険者達が装備の仕度をしている。

 強面の髭の中年男が全員に怒鳴った。この合同調査隊の指揮官、Bランクパーティー『鉄の骨団』のリーダー、ドランクだ。


「周囲の様子がおかしい! 何があってもすぐ動けるように用意しておけ!」


 ドランクは特徴的な禿頭とくとうの男に声を掛けた。


「おい、ウルフェス。テメエら『ウサギの前足』は、日頃から中層ここを仕事場にしてるだろうが。何か心当たりはねえのかよ」

「分からねえ。分からねえよおやっさん。俺達は何年も中層で仕事をしているが、こんな異様な雰囲気は今まで一度も無かった」


 原因は分からない。だが、確実に何かが起こっている。

 俺も含め、ここにいる冒険者達は、長年の勘で危険を察していた。


 全員が得体のしれない不安に警戒する中。

 ズン・・・と低い音が辺りに響いた。


「ア、アキラ、今の何?」

「何か大きな物が倒れた音でしょうか?」


 いつの間にかココアとエミリーが俺の側に来ていた。

 急いで準備をしたのだろう。装備は身に付けているが、頭は寝起きのままでボサボサだった。

 俺はポーチから櫛を取り出すとココアの髪に櫛を入れた。


「ちょ、アキラ! こんな時に何するのよ!」

「動くな。櫛が使えないだろう」

「やめ、やめてって! 何やってるのよこんな時に!」

「こんな時だからだ。お前はウチのパーティーのアタッカーだろ。戦闘の時に髪が顔にかかったらどうする。こら、動くな。髪ひもをよこせ。俺が結んでやるから」


 ココアは真っ赤になりながら髪ひもを取り出した。俺は彼女がいつもしているように、頭の後ろでポニーテールに結んでやった。


「み、妙に手慣れているじゃない」

「そうか? イクシアは戦闘以外は何もかも無頓着なヤツだったからな。たまに俺がこうやって髪をすいてやっていたんだ」

「へ、へえ~、そ、そうなんだ」

「よし、出来たぞ」


 俺はココアの仕度を終えると、次はエミリーに振り返った。

 彼女は顔を真っ赤にしながら、慌ててフードを目深にかぶった。


「わ、わたわ――私は大丈夫です! その、くせ毛なので!」

「? そうか?」


 くせ毛に何の関係あるのかは分からないが、ココアと違ってエミリーは前衛で戦うタイプではない。

 戦闘で髪が邪魔になるような事もあまり無いだろう。


「じゃあエミリーはいいか」

「あっ・・・」

「どうした?」

「い、いえ、何でもないです!」

「ヒソヒソ(エミリーもやって貰えば良かったのに)」

「ヒソヒソ(も、もう! 止めてよココア!)」


 俺はチッタ達少年冒険者の方へと振り返った。

 チッタ達三人は慌てて頭を押さえた。


「ア、アキラのアニキ! 俺達の頭なら大丈夫だから!」

「・・・いや、お前ら全員短髪だろうが。ちゃんと戦闘の準備が出来ているか確認しただけだ」


 何が悲しくて男同士で髪をすき合わなきゃならんのだ。

 仮に必要だったとしても、櫛を渡して自分でやらせるに決まっているだろうが。


 その時、誰かが叫んだ。


「ヒイイイッ! な、何だあれは!」


 俺達が振り返ったその先で、巨大な何かが立ち上がった。

 巨大な柱? いや、違う。


「マ、マジかよ?! ・・・あれがモンスターだってのか?!」


 そう。それは巨大な蛇型のモンスターだった。

 いや、巨大なんて生易しいものじゃない。まるで怪獣だ。

 『ウサギの前足』のリーダー、禿頭とくとうの男、ウルフェスが悲鳴を上げた。


「バ、バカな! アイツは守護者ガーディアン! 深層にいるはずの守護者ガーディアンが、なぜこんな場所に――中層なんかに現れるんだ?!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る