第39話 深層
◇◇◇◇◇◇◇◇
軽く頬を叩かれてダニエラは目を覚ました。
「ダニエラ。見張りの交代だ」
「――分かった」
小声で声をかけて来たのは、燃えるような赤毛の凛とした女性。Sランクパーティー『竜の涙』のメンバー、【
ダニエラは毛布から這い出ると、枕元に畳んでおいた黒いローブを手に取った。
一見地味な【
彼女の実家、モルディブ商会で作られた高級モデルだ。
ダニエラはローブに袖を通すと、杖を手にした。
彼女が抜け出した毛布には、既にカルロッテが潜り込んでいる。
余程疲れていたのだろう。すぐにリズミカルな寝息が聞こえ始めた。
ダニエラは後ろを振り返った。
モンスター除けのロウソクが入った壺を取り囲むように、六つの毛布の塊が並んでいる。
この寝ている六人にダニエラも入れた七人が、今回のダンジョン崩落に巻き込まれた全員である。
「一部とはいえ、物資も一緒に崩落に巻き込まれていたのは、ホントに幸いだったわね」
もし、モンスター除けのロウソクが無ければ、こうして睡眠をとる事もロクに出来なかっただろう。
それでもロウソクの匂いは人間の気配を誤魔化すだけのもので、モンスターに直接発見されれば意味はない。
見張りは欠かせなかった。
七人中、Sランクパーティー『竜の涙』のメンバーは四人。
パーティーリーダーである【
【
そして【
今回からパーティーに加わっていた新入りの【
戦いの方法でドリアド達と揉めたため、一時的に後方に下がって貰ってたのだが、そのおかげで崩落に巻き込まれずに済んだのである。
残りの三人はこの町の冒険者達。【
ぶっちゃけ戦力としてはあまり当てにならない。
今は
ダニエラは周囲を見回した。
切り立った崖。どこまでも伸びる岩肌。本当にここが地下なんだろうか? そう疑いたくなるようなダイナミックな光景。
ここは草木一本生えていない渓谷だった。
「イクシアが言った通り、深層――最終エリアなのは間違いないんだろうけど・・・」
カーネルの町のダンジョンの下層は、鍾乳洞である。
そしてそこまでは前回のダンジョンアタックの時にもたどり着いていた。
ただし、物資の枯渇で引き返さざるを得なくなり、機嫌を損ねたイクシアが周囲に当たり散らして酷い事になったのだが。
下層は鍾乳洞。渓谷ではない。
ならばここはどこなのか? 考えられる事はただ一つ。
下層のさらに先。このダンジョンにおける最下層。
別名、最終エリアである。
そう。Sランクパーティー『竜の涙』は、ダンジョンの崩落に巻き込まれた事で、ここまでの行程を全てショートカット。
いきなりダンジョンの最下層へと転移してしまったのである。
ダンジョンの最後の階層は、深層、ないしは、最終エリアと呼ばれている。
普通は遺跡なのだが、たまに今回のような広いエリアになる事もあるらしい。
その場合、このエリアのどこかに存在する遺跡を――ダンジョンの中心、ダンジョンコアを納めた建物を――探さなければならない。
考えただけでも困難なミッションだが、難易度を上げているのはそれだけではない。
ダンジョンの最奥ともなれば、モンスターの強さもかなりの物となるのだ。
そして誰も足を踏み入れていない深層では、当然、冒険者達による間引きもされていない。
強力なモンスターが大量に、それも昼夜を問わず(※ダンジョンには昼も夜もないのだが)、襲い掛かって来るのである。
中でも”
「本当なら脱出を最優先に考えないといけないのに、イクシアったら・・・」
『竜の涙』のリーダー、イクシアは、ここが深層と分かると大喜びした。
彼女はダンジョンコアを目指す事を最優先とした。
勿論、ダニエラは――いや、イクシア以外の全員がそれに反対だったのだが、誰もイクシアを止められなかった。
「あんなに機嫌のいいイクシアを見ちゃうとね・・・」
今回のダンジョンアタック。イクシアは終始不機嫌だった。
全ては段取りの悪さにあった。物資は不足し、索敵は未熟でモンスターの襲撃を察知出来なかった事も何度かあった。モンスターとの戦闘もどこかギクシャクして妙に時間がかかっていた。
つまり、「いつものように快適では無かった」のである。
その原因が、パーティーから追い出された無能――アキラの不在にある事は間違いなかった。
みんながアキラはいらないと言うから、彼を追い出したのに。
イクシアが不満を抱えているのは明らかだった。
ダニエラは気が気でなかった。
なにせ彼女はパーティーからアキラを追い出した中心人物である。
このままではイクシアの信用を失いかねない。
更には、彼女がこのパーティーに誘った冒険者、【
(何をやってるのよアンタ達! どうして誰も彼もみんな私の足を引っ張るのよ!)
上手くいかない現実に、ダニエラ爆発寸前まで追い込まれていた。
そんな状況での崩落事故である。
ダニエラはこの世の理不尽に叫び出したい気分だった。
しかし、イクシアは違った。
彼女は誰よりも早くここが深層である事を――最終エリアである事を見抜くと、久しぶりに笑顔を見せた。
「やったわ! このままダンジョンコアを目指しましょう!」
周囲の誰もが反対だったが、パーティーリーダーであり、最大戦力であるイクシアに異を唱えられる者はいなかった。
ここはガーディアンの守る最終エリアである。もしも彼女がへそを曲げてしまえば、自分達の身が危うい。
そもそも、彼女達は転移してこの階層に来たため、自分達が階層のどこにいるのかも分からない。
つまり、反対をした所で下層に戻る階段がどこにあるのか誰も知らないのである。
どのみち階段を探して深層を彷徨う事になるのなら、ダンジョンコアのある遺跡を探して彷徨うのと何も変わらない。
だったら、イクシアの機嫌を損ねるだけ損というものである。
ダニエラは――イクシアを除く全員は――そう判断した。
こうして『竜の涙』と、『竜の涙』と一緒に崩落に巻き込まれた三人の冒険者達による、最終エリアの探索が開始された。
最終エリアだけあって、この階層のモンスターは確かに手強かった。
しかし、彼女達とてダンジョン踏破の実績を持つSランクパーティー。
全員が一丸となってモンスターとの戦いを切り抜けていった。
中でもイクシアの剣技の冴えには凄まじいものがあった。
正に水を得た魚。
この深層に入ってから、彼女は他を圧倒する勢いでモンスターの屍の山を築いていった。
(そう! これこそイクシアよ! やっぱりイクシアはスゴイ! ホントに彼女は特別だわ!)
ダニエラは改めてイクシアの力を――魅力を思い知らされた気がした。
最初は不安そうにしていた三人の冒険者達も、今ではすっかりイクシアに心酔していた。
こうして探索を開始してから体感で四日目。
彼女達は遂に遺跡を発見したのだった。
遺跡は崖をくり抜くようにして作られた、石造りの寺院のような姿をしていた。
異国風のデザインだが、意匠の元になったのがどこの国のものかは分からない。
そもそも、この遺跡はダンジョンが作ったものだ。人間の文化とは全く関係がなくてもおかしくはない。
イクシアは目をすがめて呟いた。
「ダンジョンボスはあの中かしら?」
周囲にガーディアンの姿は――ダンジョンボスの姿は見当たらない。
モンスターの強さは、モンスターの体を形成する魔核の大きさにほぼ比例する。
逆に言えば、モンスターは大きければ大きい程、強くなる傾向にある、と言える。
ガーディアンともなれば、かなりの巨体である事が予想される。
ここからではまだ距離があるとはいえ、見逃すはずは無いだろう。
「姿が見えないって事はそうなんだろうな」
「屋内の戦闘か・・・正直苦手」
【
二人の反応は対照的である。カルロッテは嬉しそうに、ドリアドは不満そうにしている。
ドリアドの武器は弓。隠れる場所の多い広い場所での戦いを得意としているため、どうしても屋内は苦手だ。
逆に狭い場所での足を止めての殴り合いは、カルロッテが最も得意とするものである。
【
『竜の涙』の四人の後ろでは、この数日ですっかり
「ま、まさかこの俺がダンジョンコアに到達する日が来るなんて・・・」
「てことは俺もダンジョン踏破者?」
「いや、ダンジョン踏破の称号は踏破したパーティーにしか付かない。けど、この場に一緒にいられるだけでも幸運な事だ」
カルロッテが元気よく声を出した。
「それじゃ、ガーディアンを倒しに行こう! そしてダンジョン踏破だ!」
「ここにはガーディアンはいないぜ」
突然、背後からかけられた陰気な声に、全員がギョッと振り返った。
そこに立っていたのは大きな黒い影。
いつの間に近付いていたのだろうか?
異形の男だ。
身長は約三メートル。ヒョロリとした長身。長い手足。
青白い顔には赤い顔料で見た事もない模様が描かれている。
ウエットスーツのような、体のラインが分かるぴっちりとした服を着ている。
なぜだろう? 見ているだけで不安を掻き立てられ、嫌悪感を覚える男だ。
いや。そもそもこの男は人間なのだろうか?
人間にしては関節の位置が不自然な気がする。
額からは角のような二本の突起が伸び、腰まで伸びた髪はまるで生き物のようにのたうっている。
腰の後ろから生えているのは、ひょっとして翼ではないだろうか?
そして、男の背後にチラチラと見え隠れする長い影は、尻尾にしか見えない。
だが、人間でないなら
角が生え、翼が生え、尻尾が生えているこの姿は何だ?
男が口を開いた。その歯には犬歯も臼歯もなく、全てがサメの歯のように鋭く尖っていた。
「仕事の邪魔だったんでちょっと痛めつけたらビビって逃げ出しやがった。スゲエ勢いだったからひょっとして今頃は地上に出てるかもな」
「なっ?!」
絶句する『竜の涙』の冒険者達。
リーダーのイクシアが謎の男に尋ねた。
「あなた、何者?」
「俺か? 俺は破壊の天使だ」
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