第38話 大沼エリア

 俺は適当なタイミングを見計らい、チッタ達三人の少年冒険者達をココアとエミリーに引き合わせた。


「ホラ、お前らちゃんと謝るんだ」

「――以前、お前達に酷い事を言って済まなかった」

「ゴメン」

「悪かったよ。だからもう許してくれないか?」


 俺に言われて三人はココア達に頭を下げた。

 ココアは「ふん」と顔をそむけたが、そこにさっきまでの怒りは見られなかった。

 どうやら先に相手に謝られた事で、調子が狂っているようだ。

 エミリーがココアの袖を引っ張った。


「ココア。私はもう怒ってないよ」

「・・・エミリーがそう言うなら」


 こうしてココアは少年冒険者達と和解した。

 三人は「助かったよアニキ」「ありがとうアニキ」と、口々に俺に礼を言いながら下がって行った。


「「アニキ?」」

「・・・俺に聞くな」


 その後俺はしばらくの間、ココア達二人から不思議そうな視線を向けられ、居心地の悪い思いを味わう事になったのだった。




 俺達は何の問題も無くダンジョンの順路を進んで行った。

 上層となる森のエリアに入って、三階層、四階層。

 そしてココアとエミリーにとっては未知の階層となる五階層に入ってからは、二人も緊張していた様子だったが、その後もモンスターとの戦闘が全く無かった事もあって、次第にリラックスしていった。


「この感じだとどこまでも行けちゃいそうね」

「ここは冒険者達が良く通る順路だからな。中層までは概ねこんな感じだ。流石に下層まで行くとそうはいかないがな」


 下層の入り口となる十七階層以降はほとんど冒険者達は入らない。

 そのため順路も存在しない――モンスターが間引きされている通路が存在しない――ため、ずっと気の抜けない状況が続くのである。


「下層からの探索は全くの別もの。そう覚悟しておいた方がいい」

「そう――なんだ」


 俺の説明にココアは緊張でゴクリと喉を鳴らした。

 固くなった空気にエミリーが慌ててフォローを入れた。


「で、でも私達の目的地は中層ですよね。だったら大丈夫なんじゃないですか?」

「ああ。だが崩落が起った危険な場所でもある。いつもの順路と同じように考えない方がいい。くれぐれも油断はしないことだ」

「そ、そうですね」


 しゅんとしょげ返るエミリーの姿に、俺は罪悪感が刺激された。


(だが、気が緩んでいた事で危険な目に遭うよりは、こっちの方がいい)


 『竜の涙』のイクシア達も決して油断していた訳ではないだろう。しかし、本来であれば起こらないはずの崩落に遭遇して行方不明になってしまったのだ。

 かつてダンジョンの制覇をしたSランク勇者パーティーが、まさかの事故に見舞われる。

 ダンジョンというのはそれぐらい危険な場所なのだ。


 俺達は途中で休憩を挟みながら、ダンジョンを下へ下へ。

 半日以上歩き通し、ようやく中層へと到着したのだった。




 ここカーネルのダンジョンでは、十三階層から十六階層までは中層と呼ばれるエリアとなる。

 上層が三階層から十二階層までの十階層。それに比べると中層はたったの四階層しかない。

 なぜ、そんなにバランスの悪い区分になっているかと言うと、それは環境の違いにあった。


「うわっ。スゴイ景色ね」

「上層とはガラリと変わるんですね」


 ココアとエミリーは目の前の景色に驚きの声を上げた。

 先程まで何時間も、俺達はずっと森の中を歩いていた。

 しかし、十三階層に下りた途端、ダンジョンはその姿をガラリと変え、開けた湿地帯になったのである。

 そう。ここから四階層の間は沼のエリアが続くのである。


 俺達荷運び人ポーターを護衛している『荒野の落雷』の冒険者が声をかけた。


「みんな。ここまで来れば後もうひと頑張りだ。ここからは沼地が続く。準備を忘れるな」


 俺は乾いた地面を探して荷物を降ろすと、ココア達に声を掛けた。


「虫よけを塗ろう。二人共こっちに」

「エミリー」

「う、うん」


 二人は俺にならって荷物を降ろした。

 俺は靴を脱いで素足になると、荷物から取り出した薬を塗り込んだ。


「沼の中には毒を持つ虫だけじゃなくヒルもいるからな。ズボンの裾をまくって足にも塗っておけ」

「うへっ。イヤな匂い」

「ホント。虫もこの匂いが嫌いなのかな」


 二人は鼻にしわを寄せながら、虫よけの薬を塗り始めた。


「首にも塗っておいた方がいい。肌が出ている所には塗っておくんだ」

「アキラさん、顔にも塗った方がいいんでしょうか?」

「本当ならそうすべきなんだろうが、流石に顔に虫が付けば分かるからな。匂いも不愉快だし、止めといた方がいいだろう」


 俺達の近くで薬を塗っていた例の少年冒険者達が慌てて顔を拭っている。

 俺が「肌が出ている所には塗っておけ」と言ったのを聞いて、顔にも塗ってしまったらしい。

 どうやらさっきからコッソリ俺達の様子を窺っていたようだ。

 俺は苦笑すると彼らに声を掛けた。


「そこのお前は別の服は持って来ていないのか? 無いならタオルを肩にかけておくといい。それで少しでも襟首の露出が避けられるはずだ。ああ、そんなにベタベタに塗らなくても大丈夫だ。この薬は水や汗くらいではそう簡単に流れないからな。沼地では――ん? どうしたココア」


 ふと気づくとココアが俺を睨み付けていた。


「アキラは私達のパーティーリーダーじゃない。なんでアイツらの世話を焼いているのよ」


 ココアだけではなく、エミリーも不満顔でうんうんと頷いている。

 俺は苦笑した。


「今回の俺達は、『鉄の骨団』のマルチパーティーに参加している。つまりは、いつものパーティーの枠を超えて、ここにいる全員が一つのパーティーなんだ。マルチパーティーというのはそういうものなんだよ」


 俺が周囲を見回すと、二人もつられて周囲を見回した。

 周りの冒険者達は「その通り」とばかりに頷くと、生暖かい目を二人に向けた。


「本音と建前があるにしろ、一応、そういうこったな」

「そーそー。だから二人共カリカリするなって」

「そんな事を言ってやるなよ。頼れるパーティーリーダーが取られやしないかと心配だったんだよ。いやあ、微笑ましいねえ」

「やれやれ、分かってないわね。嫉妬よ嫉妬。自分だけを見て欲しいってこと」


 冒険者達の言葉に二人は真っ赤になった。


「だだだ、誰が嫉妬してるのよ! 適当な事言わないで!」

「~~~っ!」


 ココアははじかれたように立ち上がると、拳を振り上げながら大声で怒鳴り、エミリーは真っ赤になってあたふたしている。


「おいよせ、二人共。ちょっとからかわれただけじゃないか」


 ココア達の過剰な反応がツボにはまったのだろう。冒険者達はゲラゲラと笑い出した。


「ほら、落ち着けってココア。それより今は薬を塗ろう。な」

「か、肩を抱かないでよ! アキラの馬鹿!」


 肩を抱くって・・・お前が暴れるから押さえてるだけじゃないか。

 冒険者の中には腹を抱えて大笑いしている者もいる。

 ココアはイライラと地団太を踏んだ。


「ココア」

「もうっ! 分かったわよ!」


 ココアは俺の手を振り払うと、ドスンと座り込んだ。

 虫よけの薬を手に取ると黙々と手足に塗り始めた。

 俺は困った顔で周囲を見回した。

 冒険者達はまだ笑いを堪えながらも「スマン、スマン」「悪かったよ」などと謝った。


「済まないアニキ。俺達のせいで」

「・・・いや、お前らが謝る事じゃないから」


 申し訳なさそうに謝る少年冒険者達に、俺は「構わない」と手を振った。

 ここで俺達の護衛をしている『荒野の落雷』の冒険者から声がかかった。


「準備は終わったか? そろそろ出発するぞ」


 俺達は立ち上がると荷物を背負った。

 荷運び人ポーター達は俺達とすれ違いながら、口々に声をかけていった。


「いや笑った笑った。おかげで気分が切り替えられたよ、ありがとうな」

「さっきは笑って悪かったな。お前達の事は覚えておくから、何か困った事があったら言ってくれ」


 どうやらみんな長時間の肉体労働で、気が付かないうちに心身共に疲れ果てていたようである。

 いい具合にリフレッシュされた荷運び人ポーター達は、明るい顔でココア達に礼を言った。


「ココアもいつまでも拗ねてないで行くぞ」

「拗ねてなんてない! もうっ! アキラったら!」


 ココアは唇を尖らせながら俺から顔を背けた。

 そういう所が拗ねていると言うんだが、そこを追及しても益々へそを曲げてしまいそうだ。


「キャンプ予定地の十五階層まで後二階層。ここからの行程は上層より体力を使う。特に足元の滑りやすさには注意しろ。俺達荷運び人ポーターは大荷物を背負っているんだ。下手な転び方をすればケガをするぞ」

「わ、分かったわよ」

「分かりました、アキラさん」


 こうして俺達は移動を再開した。

 足元の悪い湿地帯は、俺達の体力と精神力を削った。

 しかし、幸い誰一人大きなケガをする事もなく、俺達は今回のキャンプ予定地である十五階層に到達したのだった。

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