第37話 一大合同調査
俺達『虹のふもと』は、『鉄の骨団』のリーダードランクの好意で、『竜の涙』の捜索パーティーに加えて貰える事になった。
とはいえ、俺はまだしも、ココアとエミリーは冒険者になったばかりの駆け出しだ。
事故現場は十五階層――いわゆる中層と呼ばれる階層である。
二人を連れて行くにはあまりに危険過ぎた。
「だからって、
「イヤならお前は残ってもいいんだぞ?」
そう。俺が出した条件は、
【
その分、戦闘力には劣るためモンスターとの戦いには向いていない。
勿論、ジョブを持っている以上、
「だからって
「【
俺達のレベルはまだ低い。特に二人は中層に行くにはまだ経験不足だ。
それでどうする? 行く? 行かない?」
「行・き・ま・すぅ~!
ココアは口をとがらせてプイと背を向けたが、残る気はないようだ。
「じゃあ『虹のふもと』は
「アキラの好きにすれば」
ココアはドスドスと足を踏み鳴らしながら歩き去ってしまった。
どうやら完全にへそを曲げてしまったらしい。
エミリーがコッソリ「ココアはあんな事を言ってますが、アキラさんを元気づけるにはどうすればいいのか、悩んでたんですよ」と教えてくれた。
「俺を元気づけるって?」
「だって、行方不明になっている『竜の涙』はアキラさんが以前にいたパーティーじゃないですか。もし、私がアキラさんの立場なら――例えばココアがダンジョンで行方不明になっていたら、心配で心配でいても立ってもいられなくなっていると思います」
なんだ二人共そんな事を考えていたのか。
俺は苦笑しながらエミリーの頭をポンポンと叩いた。
「ひえっ! あ、あわわわっ」
「気持ちは嬉しいが、お前達はSランクパーティーを知らない。俺はイクシアの事を心配なんてしていないんだよ」
ダンジョンの崩落は生き埋めではなく、別の場所への転移である。
もしも転移先が最下層でも――それこそダンジョンの最奥に住むモンスター、ダンジョンボスの目の前だったとしても――イクシアなら問題無く切り抜けるだろう。
アイツはそれぐらい規格外の人間だからな。
「長年イクシアと冒険者をやっていた俺だから分かる。彼女はきっと今でもピンピンしているさ」
「そそそ、そうでしゅか、ですか」
なぜかエミリーは真っ赤になってしどろもどろになった。
俺が不思議に思って身を乗り出すと、エミリーは「あっ、そうだココア! ココアに言わなきゃいけない事があったんだった!」と言って、バタバタと走り去って行った。
なんなんだその反応は?
(俺を元気づける――か。普通は知り合いが行方不明になったら心配するものなんだろうな)
今の俺にはこの世界の冒険者アキラの記憶だけではなく、日本人・
だからこれまでアキラがイクシアに向けて来た感情が酷く歪である事も、今では十分理解している。
しかし、それを差し引いてもイクシアの力は規格外だ。
神に愛された人間とは、正に彼女のような者の事を言うのだろう。
まあ、この世界の神はあのクソ女神なんだが。
(だから俺はイクシアを心配して、落ち込んでいる訳じゃない。
イクシアが行方不明になった。彼女がいない。その事実そのものにショックを受けているんだ。
子供が迷子になった時、親がいないという現実そのものに怯えるように、その事実自体にどうしようもない不安と焦りを覚えている――などと説明しても理解はして貰えないんだろうな)
我ながら俺というヤツは面倒くさい人間だな。
俺が密かに苦笑していると、ココアが元気よく手を振った。
「アキラ! 『鉄の骨団』の人が『虹のふもと』のリーダーに話したい事があるって!」
「ん? 分かった」
そう。俺はもうイクシアのパーティーメンバーではない。出来たばかりのEランクパーティー『虹のふもと』のリーダーだ。
今は自分に出来る事に集中しよう。
俺は一先ず『鉄の骨団』のリーダーケンツに、
そこからは忙しかった。
どうやら今回の調査の準備自体は、今朝までにほぼ終わっていたようだ。
『鉄の骨団』に緊急依頼が出されたのが昨日の夕方だと考えれば、驚異的な段取りの早さである。
流石はカーネルの町最大手の冒険者パーティーといった所か。
「『鉄の骨団』には余程優秀なスタッフが揃っているんだろうな」
「へえ~、大手パーティーってすごいのね」
ココアは素直に感心している。
最初は
(感情をすぐに口にするものの、いつまでも引っ張らないのはココアの良い所だな)
逆に引っ込み思案で、自分の感情を押し殺しがちなエミリーは、こちらが注意してやる必要があるだろう。
(時々ガス抜きをさせてやらないと、変に溜め込みそうだからな)
俺の視線に気付いたのだろう。エミリーは落ち付かなげな様子を見せた。
「何でしょうか? アキラさん」
「いや、荷物は大丈夫か? 重くはないか?」
「だ、大丈夫です」
俺は『竜の涙』の頃から重い荷物を背負うのは慣れているが、ココアとエミリーは日本だとまだ中学生くらいの年齢だ。
華奢な女の子が自分の体よりも大きな荷物を背負っているのは、前世では見た事のないインパクトのある光景である。
(いやまあ、ダンジョンの中じゃ、さほど珍しくもないんだが)
俺は軽くかぶりを振ると周囲を見回した。
俺達が参加しているのは第一陣。
中心となっているのは、
ウルフェスのジョブは【
遠距離攻撃と索敵能力に長けた、サポート能力の高いジョブである。
【
ただし【
『ウサギの前足』をリーダーとした冒険者達の数は約三十人。
五つのパーティーによる混成集団――マルチパーティーだ。
彼らの後に続くのが俺達
こちらは約六十人。
これは今回の調査に参加した
合計で百人以上にもなる大集団だが、それすらも第一陣に過ぎない。
この後は『鉄の骨団』率いる本隊が控えている。
そう。今回の緊急依頼は、このカーネルの町の冒険者ほぼ全てが参加する一大合同調査なのである。
ふと気が付くと、エミリーがチラチラと後ろを気にしていた。
不思議に思ったココアがそちらに目を向けると、「あっ!」何かに気付いて声を上げた。
「どうした?」
「アキラ、あそこ! チッタ達がいるわ!」
チッタ? 誰だ?
俺達の会話に気付いたらしい三人の少年冒険者達が慌てて目を反らした。
「――ああ。昨日のヤツらか」
彼らのバツの悪そうな態度でピンと来た。
昨日、ダンジョンの四階層ではた迷惑なトレインを引き起こした、新人冒険者達。
どうやらあの三人も、俺達同様、
三人はこちらをチラチラ見ながら、何やら小声でブツブツと喋っている。
「むっ。何よ、あの態度。昨日は私達に散々迷惑をかけといてさ。ちょっと文句言って来てやる」
「や、止めなよココア」
「そこ、何を騒いでいるの?」
近くを歩いていた護衛の女性冒険者が、ココア達を見とがめた。
「ここはまだ浅層とはいえ、ダンジョンなのよ。あまりはしゃいでいるとケガするわよ」
「別にはしゃいでなんてない! あそこの三人が――」
ココアは身振り手振り、昨日起こった事を説明した。
「そう。酷いわね。私も昔別のパーティーにいた時に似たような事があって――」
「ああ、そう言えば私の時は――」
「今のパーティーに入ってから酷いのよ――」
「この間なんてさあ――」
いつの間にかココアの周囲には女性冒険者達が集まっていた。
全員、口々に不満や愚痴をこぼし合っている。
突然始まった女達の井戸端会議に、周囲の冒険者達(男)は困った顔をするだけで何も言えずにいる。
女がこうなったら、うかつに口を挟むとロクな事にならないと知っているのだろう。
俺か? もちろん俺もさりげなく距離を取っているが何か?
君子、危うきに近寄らず、だ。
こんな場所でうかつに彼女達のひんしゅくを買って気持ち良くなる訳にはいかないからな。
俺は仕事には趣味を持ち込まない男なのだ。
不意に腕を掴まれて振り返ると、例の三人組の少年冒険者達が俺の側に集まっていた。
どうやら女性冒険者を避けているうちに彼らの場所まで下がっていたらしい。
「なあオッサン。あの二人はあんたの所のメンバーだろ」
「俺達の悪口を言いふらさないように、オッサンの方から言ってくれよ?」
「頼むよオッサン」
三人はココアの態度に困り果てているようだ。
ココアの性格なら一度キチンと謝れば許してくれると思うんだが。
それをしない彼らの自業自得と言えば自業自得なのだが、それはそれとして、俺にはこの際ハッキリさせておきたい事があった。
「その前に先輩冒険者として、お前達に一言だけ注意しておく」
「な、なんだよ」
「人にものを頼むのに、相手をオッサン呼ばわりするんじゃない」
「わ、悪い。悪かったよオッサ・・・いや、アニキ」
アニキって・・・。いやまあオッサンよりはマシだけどさ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます