第36話 ギルドの喧噪
翌朝。俺達は冒険者ギルドに向かっていた。
本来であればダンジョンから戻った翌日は休日なのだが、昨日は色々あったため、モンスターから集めた魔核の換金が出来なかったのである。
「換金くらい俺一人で出来るのに」
「私達も一緒にいた方が、その場でお金の受け渡しが出来て楽でしょ?」
「ちょっとココア。外で大きな声でお金の話をしないで」
俺はココアとエミリーの二人を連れて歩いていた。
Eランクパーティー『虹のふもと』勢ぞろいである。
どうしてこうなった。
ちなみに休日とあって二人は普段着を着ている。
ココアは七分袖のカットソーに膝下までのハーフパンツ。
エミリーは大人しいワンピースにゆったりとした袖付きショール。
冒険者ギルドに行くのにその恰好はどうなんだ? と思ったら、金を受け取った後はそのまま二人で買い物に行くのだと言う。
ちなみに俺だけいつもの冒険者スタイルだ。面倒だが、私服であんな場所に行ったら他の冒険者達にナメられるからな。
「だからって、一人暮らしの男の家に訪ねて来るのはどうなんだ?」
「えっ?! アキラって私達の事をそんな目で見ているの?!」
「・・・俺は近所の目を気にしているだけだ」
なぜ二人が俺の家を知っていたのか。
どうやら二人は冒険者ギルドの受付嬢、フレドリカから俺の住所を聞いていたそうだ。
そもそもどうしてフレドリカが俺の家を知っているのかという話だが・・・そう言えば、あの借家は彼女に――ギルドに紹介して貰ったんだったか。とは言え、フレドリカも良くそんな事を覚えていたな。
「訪ねて来るのはまあいいが、今度から大声で俺の名前を呼ぶのだけは止めてくれ」
「アキラが中々起きないから」
「わ、私は止めたんですよ」
家の前で大声で名前を呼ばれるなんて、小学生の頃にだって経験した事がないぞ。
前世で俺は、結構いいとこの坊ちゃんだったからな。
実家は広い庭付きの家だったのだ。
俺達はそんな話をしながら冒険者ギルドに到着。
ギルドは大変な事になっていた。
中に入れない冒険者が建物の外にまで溢れ、通りの通行を妨げている。
町の人達は迷惑そうな顔しているが、相手が大勢の冒険者達とあって何も言えないようだ。
「うわっ! 何アレ。ギルドで何かあったのかな?」
「・・・分からん」
「誰かに聞いてみようか。ねえ、何かあったの?」
ココアが目ざとく顔見知りの女性冒険者を見つけて声を掛けた。
・・・って、こいつハンナじゃねえか!
ハンナは俺と入れ替わりで『竜の涙』に加入した冒険者である。冒険者は副業で本業は画家らしい。
ハンナは俺達の顔を見ると、少し記憶を探るような仕草をした。
いや、覚えていないのかよ。昨日、話をしたばかりだろうが。
「『鉄の骨団』がマルチパーティーの参加者を募集してるそうです。彼らはその参加希望者ですね」
「マルチパーティーの募集?」
ダンジョンの中層で行方不明になったイクシア達Sランクパーティー『竜の涙』。
事態を重く見た冒険者ギルドは、この町の大手パーティー『鉄の骨団』に緊急依頼を発注。行方不明者の捜索とダンジョンの調査を命じたという。
ここに集まっている冒険者は『鉄の骨団』が募集したマルチパーティーへの参加希望者だという話だ。
「へえー、流石『鉄の骨団』ね。こんなにたくさんの参加希望者が集まるなんて」
「ここで参加出来なければ当分仕事が無くなりますからね」
「はあっ?! それってどういう事?!」
ハンナが言うには現在、カーネルのダンジョンは一時的に閉鎖されているという。
ギルドマスター直々の決定だそうだ。
「えっ? じゃあ私達もダンジョンに入れないの?」
「『鉄の骨団』のマルチパーティーに加われなければそうなりますね」
「うそっ?! アキラ、どうしよう!」
どうしようと言われても・・・まさかこんな事になっているとは思わなかった。
ダンジョンはこのカーネルの町の主要産業である。それを封鎖するとは。
ギルマスは町の代官や商工ギルドにどう説明をしたのだろうか?
その時、ギルドの中から
「あっ! 【
この特徴的な禿頭は、冒険者パーティー『ウサギの前足』のリーダー、ウルフェス。だったと思う。確か。
ウルフェスは人混みをかき分けながらこちらにやって来るとハンナの腕を掴んだ。
「ホラ、早く来てくれ。おやっさん(※『鉄の骨団』のリーダー、ドランク)が待ってるんだからよ」
「あ、ちょっと待って」
「えっ? なんで」
「キャッ!」
ウルフェスに引っ張られたハンナは思わず近くにいたココアの腕を掴んだ。
ハンナに腕を引っ張られて驚いたココアは咄嗟にエミリーの服を掴んだ。
服を引っ張られたエミリーは、大きく伸びた襟元を慌てて押さえた。
こうして女三人は数珠つなぎになったまま、冒険者ギルドに引っ張られて行ったのだった。
って、なんだコレ。
と、いかん。そんなコトより二人を追わないと。
「お、おい! ココア、エミリー! す、すまない、前を通してくれ、すまない」
周囲の喧噪が激し過ぎるのか、ウルフェスは余計な人間が二人もくっついて来ている事に気付いていないようだ。
俺は慌てて彼女達を追いかけたのだった。
俺達は建物の奥にある大部屋にやって来た。
『竜の涙』にいた頃、何度か案内された事のある部屋だ。
ウルフェスはここでようやく俺達の存在に気付いたらしく、「あれっ?」と目を丸くした。
「何で関係ないヤツらまで一緒に付いて来ているんだ?」
「知らないわよ! そっちが無理やり引っ張って来たんじゃない!」
「・・・ゴメンなさい。つい咄嗟に腕を掴んでしまいました」
「あ、いいの。急に乱暴に腕を引っ張られてビックリしたのよね」
ココアはプンスとむくれたが、この原因を作ったハンナが申し訳なさそうに謝ると、慌てて手を振った。
次にウルフェスは俺の顔を見て驚いた。
「ん? なんだお前さん、『竜の涙』のアキラじゃねえか・・・と、今は『竜の涙』を辞めたんだったな」
「どうもウルフェスさん。今は新しいパーティー『虹のふもと』を作ってそこで働いてます」
「――相変わらず堅苦しい喋り方をするヤツだぜ。アキラお前、一体何処でそんな言葉を覚えたんだ?」
ウルフェスはむずがゆそうに頭の後ろを掻いた。
俺は今まで何となくで敬語を使っていたが、完全に前世の記憶を取り戻した今なら分かる。
どうやら俺の体には無意識の中に記憶の一部が残っていたらしい。
敬語はその記憶に引っ張られて、使用していたようだ。
(考えてみれば、俺は村にいた昔から妙に計算が得意だった。誰に教えられた訳でもないのに、いつ覚えたのか自分でも不思議だったが、あれも前世の記憶の一部だったんだな)
以前、ココアとエミリーの前で報酬の計算を暗算で行って驚かれた事があったように、この世界の平民は学力が低い。
識字率も最悪で、自分の名前すら満足に書けない者も多いのだ。
「それでアキラ、お前なんで『竜の涙』を辞めたんだ? 噂じゃ追い出されたとか言われてるが、まさかそんな事はないよな? モンスターとの戦闘はともかく、物資の手配からマルチパーティーの申し込みまで、あそこはお前抜きで成り立たつはずはないしな」
「そ、それは――」
「おい! そこにいるのは『竜の涙』の所の無能の若造じゃねえか!」
野太い声に振り返ると、恰幅の良いヒゲの中年冒険者が立っていた。
「ド、ドランクさん。どうも。アキラです」
「そうだ、アキラだ! アキラお前、なんでここに――って、ああ、昔の女共を心配して来たのか! そういやお前、どうして『竜の涙』を辞めたんだ? 何か悩みがあったのならこの俺に一言相談してくれりゃ良かったのによ!」
このテンション高めな中年冒険者はドランク。この町でも最大手となる冒険者パーティー、『鉄の骨団』のリーダーである。
俺は苦笑した。
「昔の女って――イクシア達はそんなのじゃありませんよ」
「ケッ、相変わらず尻がムズムズするような喋り方をしやがるな。まあいい、お前にその気があるならワシのパーティーに入れてやる。一緒に女共を助けに行こうぜ!」
ドランクはそう言うとガハハと豪快に笑った。
『竜の涙』を追い出された俺だが、こうして気遣ってくれる人がいる。
俺はドランクの男気に触れて胸に熱い物がこみ上げて来た。
けど――
「――ありがとうございます。けど、今の俺は自分のパーティー『虹のふもと』のリーダーですから。残念ですがそちらのパーティーには加われません」
そう。今の俺には新たなパーティーの仲間達がいる。
チラリと背後を――ココアとエミリーを振り返ると、二人は不安そうな顔で俺を見上げていた。
俺がドランクの誘いを受けて、『鉄の骨団』に移籍するんじゃないかと心配しているようだ。
ドランクはこれだけの事で俺の事情を察したようだ。
大雑把なように見えても、そこは最大手パーティーを仕切っているリーダーだ。本当に雑な性格では癖の強い冒険者達を纏めて行く事は出来ないのである。
「おっとすまんな。引き抜きをかけるつもりはなかったんだ。『虹のふもと』だったか? 『竜の涙』の捜索に加わるなら歓迎するぜ。ワシの方から部下に言っておこう」
「ありがとうございます」
「なあに気にするな。おお、ハンナ。ようやく来たか。お前さんは今回、ワシのパーティーに加わって貰いたい。それともまさかお前さんまで断るなんて事は言わねえよな?」
「いいえ。臨時とはいえ『鉄の骨団』に参加出来るなんて興味深いです」
ドランクはそのままハンナと打ち合わせを始めた。
俺はココアとエミリーに合図をすると壁際まで下がった。
部屋の中は多くの人間でごった返している。おそらく今回のマルチパーティーに参加するパーティー、そのリーダー達だろう。
まるで怒鳴り合っているような喧騒の中、ココアがポツリと呟いた。
「・・・ねえアキラ。本当に『鉄の骨団』の誘いを断っちゃって良かったの? 私はてっきりアンタは誘いを受けるんじゃないかと思っていたんだけど」
なんだやっぱり心配していたのか。
「アキラ。どうなの?」
「どうなんですか、アキラさん?」
「どうもなにも、二人共俺の言葉を聞いていなかったのか? 今の俺は『虹のふもと』のリーダーだ。リーダーが他のパーティーに引き抜かれるなんて普通はないだろう」
「で、でも。『鉄の骨団』はこの町唯一のBランクパーティーじゃないですか。それに比べて『虹のふもと』は出来たばかりのEランクパーティーです。アキラさん程の実力があるなら、『虹のふもと』で私達と一緒にいるよりも、『鉄の骨団』の方が相応しいんじゃないでしょうか?」
俺はまだ不安そうな顔をしているエミリーに笑いかけた。
「二人共、俺が以前、どこに所属していたのか忘れたのか? 俺がいたのは冒険者の頂点、Sランクパーティーだ。Sランクに比べれば、BだのEだのは誤差でしかないのさ。だったら気兼ねしないで済む自分のパーティーの方を選ぶに決まっているだろ?」
この乱暴な理屈に二人は目を丸くして驚いた。
しかしすぐに、「無理しちゃって」「でも安心しました」と笑顔を見せてくれたのだった。
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