第35話 【付与師《バッファー》】のハンナ
俺の前に現れた女性冒険者。
彼女は自分の事を俺と入れ替わりに『竜の涙』に入ったパーティーメンバーだと告げた。
「あんたが『竜の涙』のパーティーメンバーだって?」
「ええ。アキラの事は皆さんから聞いて知っています」
俺の事を? みんなが俺の話をしていたのか?
・・・知りたいような、聞くのが恐ろしいような。
俺は緊張でゴクリと喉を鳴らした。
「あ、いえ。主に話をしていたのはパーティーメンバーではなく、一緒にダンジョンに入った冒険者の方々ですが」
なんだ・・・。俺はホッとしたようなガッカリしたような、奇妙な脱力感を覚えた。
ここで『ハニーチャンピオン』のリーダー、ケンツが目の前の女性冒険者を――ハンナを俺達に紹介した。
「彼女はハンナだ。ジョブは【
俺は驚きに目を見張った。
【
俺がこの町にやって来てから数か月。どうして彼女の噂を一度も聞いた事がなかったのだろうか?
「『竜の涙』の新メンバーって言ったよな。『竜の涙』は全員行方不明だと聞いているが?」
「私はあの時、パーティーから外れて列の後方にいましたから」
ハンナの話によると、彼女は一週間程前、【
一週間前と言えば、丁度、俺が『竜の涙』を追放された前後である。
ただし、接触自体はもっと前からあったという。
(・・・ダニエラのヤツめ。その頃から俺の後釜を探していたんだな)
俺は黒ずくめの女――ダニエラのニヤニヤ笑いを思い浮かべてムカついた。
そしてM感覚がちょっと刺激された。
・・・それはともかく。こうしてハンナは今回のダンジョンアタックから『竜の涙』に合流する事になった。
しかし参加早々、彼女は戦闘に関して
赤毛の【
ハンナはその頼みを聞き入れ、後方で大人しく他の冒険者パーティーと一緒に一緒に戦っていたんだそうだ。
「あ~、まああの二人は『竜の涙』のメンバーの中でもとりわけ個性が強い方だからな。けど、ハンナはそれで良かったのか?」
「ええ。私は臨時でパーティーに入るのは慣れてますから」
そういう意味で言ったんじゃないんだが・・・。
ハンナは長年、特定のパーティーには所属せず、助っ人としてパーティーを渡り歩いていたという。
ココアとエミリーは目を丸くして驚いた。
「へえー、そんな人がいたんだ。でもどうして? パーティーに入らないと色々と面倒じゃない?」
「私の本職は画家ですから。私にとってはパーティーに拘束される方が面倒なので」
ハンナの職業は画家。冒険者はあくまでも副業だと言う。
日頃はアトリエにこもって絵を描いているが、それでは生活が出来なくなると冒険者ギルドに顔を出し、その時々で違うパーティーに加わっていたそうである。
ココアの言葉じゃないが、そんな冒険者もいるんだな。
「顔料も――絵の具の元になる材料も、良い物は値が張りますから。町になければ取り寄せになりますし。例えば青色の顔料である
「へ、へえ~、そ、そうなんだ」
ハンナが口にした金額に、ココアとエミリーはドン引きしている。
しかし、なる程。俺やココア達がハンナの事を知らない訳が分かった。
俺達がこの町で冒険者活動を開始した時期は、丁度、ハンナが冒険者活動を休んで芸術活動に専念していたタイミングと重なっていたんだな。
「ハンナの素性は分かったよ。それで一体俺に何の用なんだ?」
「いえ、別に」
「は?」
ハンナはあっさりと言い放った。
「たまたまあなたの姿を見かけたので。みなさんが噂するアキラがどんな人間か、一度良く観察してみようかと思っただけです」
「観察って・・・」
仮にそう思っていたとしても、初対面の人間に面と向かってそれを言うかね?
俺達はハンナのあけすけな言葉に絶句してしまった。
「噂に聞いていたよりも意外と普通でしたね。しかし、これはこれで得る物がありました。それでは、私はこれで」
ハンナは一方的に会話を切り上げると踵を返して歩き去ってしまった。もう俺に興味はないらしい。
ていうか、彼女は一体、俺のどんな噂を聞いていたんだ?
知りたいような、知りたくないような・・・。
俺達は呆然としたまま彼女の後ろ姿を見送った。
「何だったの? 今の人」
「芸術家って変わっているんですね」
呆気に取られるココア達に、『ハニーチャンピオン』のケンツが慌てて手を振った。
「いや、俺も彫刻家に知り合いがいるが、ああまで変なヤツじゃないぞ。あれはハンナだからじゃないか?」
ケンツは「まあ、そいつも多少はおかしなヤツなんだが」と呟いた。
なんだ結局、変わり者なんじゃないか。
どうやら芸術家というのは、常識が人と違っていないとやっていけない職業らしい。(※個人の感想です)
◇◇◇◇◇◇◇◇
アキラ達が食堂でそんな話をしている頃、ここ、冒険者ギルドでも、ギルド職員達の間で話し合いが行われていた。
「それでは『鉄の骨団』に出す行方不明者の捜索依頼は、緊急依頼とする事で問題はありませんね?」
緊急依頼は別名、強制依頼。
ギルドに所属する冒険者はこれを断る事は出来ない。
余程の事件や事故でもなければ――つまりは緊急事態でなければ――滅多に出される事の無い依頼形式である。
崩落事故に巻き込まれたSランクパーティー、『竜の涙』の知名度。
それに事故現場が中層という、日頃から冒険者が仕事場にしている浅い階層であるという点。
この二つを考慮して、ダンジョン内の安全のため、早急に解決しなければならない事案と判断しての事であった。
「依頼内容は崩落事故に巻き込まれた者達の――『竜の涙』のメンバーと、彼女達に帯同していた冒険者の――捜索。そして崩落現場の調査。以上でよろしいでしょうか?」
赤ら顔の初老の男性――ギルドマスターが部下の言葉を遮った。
「いや、中層までの主要なルートの確認も行ってもらいたい」
「浅層や上層もですか?!」
ギルドマスターは重々しく頷いた。
「そうだ。それと、調査が終わるまで、冒険者達のダンジョンへの立ち入りを一時禁止する」
「そ、そこまでするのですか?!」
崩落が――ダンジョンの変化が、どの程度の範囲に及んでいるのか分からない。
今の所、他の被害は届いていないが、ダンジョンはモンスターが徘徊する危険な場所である。
冒険者が戻って来ない事など特に珍しくもない。
ひょっとして戻らなかった者の中にも、ダンジョンの崩落に巻き込まれた者がいたかもしれない。
ギルドマスターはそう疑っているようである。
「しかし、それでは『鉄の骨団』だけでは手が足りないのでは?」
「ならば『鉄の骨団』を中心にマルチパーティーを組めばいい。彼らが必要だと考えるなら、いくらでも他の冒険者を雇えばいいのだ。
どうせ調査が終わるまでダンジョンは閉鎖中。仕事は無いんだ。冒険者としても協力を求められれば断らんだろう」
「なっ?! それは確かにそうですが・・・」
職員達の間に動揺が広がった。
ギルドマスターの望みは、カーネルの冒険者ギルドの全力を持ってしての調査。
しかし、それはどれ程の規模になるのだろうか?
ベテランの職員が慌てて確認した。
「カーネルの町の冒険者達、全てを上げて今回の調査を行う! そう考えてよろしいのでしょうか?!」
しかし、ギルドマスターは落ち着いた様子を崩さず、「いやいや」と手を振った。
「依頼を受けた『鉄の骨団』が、そうするべきだ、と考えたなら実際に行う事も可能だ。私はそう言っただけだよ。判断するのは私達じゃない。彼らだ」
「理屈の上ではそうなりますが・・・」
どうやらギルドマスターは自分で責任を負うつもりはないようだ。
あくまでも冒険者が自分達の判断で行った事。そういう形にしたいらしい。
食えない男だ。
のらりくらりと責任を躱し、他人を代わりに矢面に立たせ、自分は常に逃げ道を用意している。
あるいはこういう人間でなければ、組織のトップには立てないのかもしれない。
ギルドマスターはテーブルの上で手を組んだ。
「みんな聞いて欲しい。私がここのギルドマスターになって十年。冒険者ギルドの職員になってからもう三十年以上になる。
その間、このカーネルのダンジョンは一度も崩落を起こさなかった。
カーネルのダンジョンはとっくの昔に成長を終えたダンジョン。私を含めて誰もがずっとそう考えていた」
ここでギルドマスターは一つ咳ばらいをした。
「しかし今回、その起こらないはずの事故が起こった」
張り詰めた空気に、誰かの喉が緊張でゴクリと鳴った。
「このダンジョンに何かが起きている。いや、起きようとしている所なのかもしれない。
この崩落はただの事故ではなく、その前兆。私にはそう思えてならないんだよ。
これは長年、この冒険者ギルドに勤めていた私の予感――勘なんだがね」
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