第34話 イクシアの行方

 ダンジョンから戻った俺達はその足で冒険者ギルドに向かった。

 俺達が馴染みの受付嬢、フレドリカから聞かされた話は、驚くべきものだった。


「イクシアが――『竜の涙』のメンバーがダンジョンの中で行方不明になったって?!」


 そう。俺の古巣、Sランクパーティー『竜の涙』。

 彼女達はダンジョンアタックに失敗、消息を絶ってしまったと言うのだ。

 どうりで冒険者達が大騒ぎをしている訳だ。


「行方不明って・・・全員がか? 連れて行った荷運び人ポーターや冒険者も全員?」

「いえ。ほとんどの人は無事に戻っています。現在も行方が分からないのは、『竜の涙』のメンバーと数名の冒険者だけになります」


 ダンジョンの中で『竜の涙』に何があったのか。

 俺は更にフレドリカを問い詰めようと身を乗り出した。

 その時、カウンターの奥のドアが開くと、ぞろぞろと冒険者が出て来た。

 全員が今からダンジョンに向かうような完全装備で身を固めている。


 いや違う、逆だ。ダンジョンから戻って来たんだ。

 彼らは『竜の涙』に協力して、ダンジョンアタックに参加していた冒険者達だったのである。

 彼らは奥の部屋でギルドの職員に事のあらましを説明していたのだろう。


 全員の後ろから頭の禿げあがった初老の男が現れた。

 貴族が着るような派手な服に、酒焼けした赤ら顔。眉間にしわを寄せて気難しげな表情を浮かべている。

 このギルドで何度か姿を見かけた事がある。ここのギルドマスターである。


「職員は全員、打ち合わせ室に集まってくれ。緊急事態につき、しばらく業務は停止する。ここにいる冒険者諸君は全員、建物の外に出て貰おうか」


 職員達は――フレドリカも――慌てて立ち上がった。

 冒険者達は戸惑った様子で顔を見合わせている。


「さあさあ、とっとと外に出てくれ! いつまでもお前さん達が残っていると、その分、業務の再開が遅れるだけだぞ!」


 俺はフレドリカを呼び止めた。


「待ってくれフレドリカ! イクシアに何があったんだ?! 彼女は無事なんだろうな?!」


 彼女は申し訳なさそうな顔で俺に振り返ったが、別の職員に背中を押されて奥のドアに消えて行った。

 俺はなおも彼女に呼びかけていたが、背後からココアに腕を掴まれた。


「アキラ、諦めようよ」

「そ、そうです。事情なら別の冒険者の人に聞けばいい訳ですし」

「だがっ! ・・・いや、そうだな」


 俺は衝動的にココアの手を振りほどこうとして、思いとどまった。

 ここで下手に揉めて、ギルドマスターに――このカーネルの町の冒険者ギルドの元締めに目を付けられては、冒険者としてやっていけなくなる。

 ここは前世の日本ではない。労働者の権利などくそくらえ。パワハラ、ブラック企業が当たり前の世界なのだ。


 俺は受付の奥から出て来た冒険者の中に、見覚えのある顔を見つけた。

 数日前、ダンジョンの順路で出会った時、ココアとエミリーにハチミツをくれたあの中年冒険者である。


「丁度いい、あの男に話を聞こう。行くぞ、ココア、エミリー」


 俺は二人を伴い男の方へと向かったのだった。




 男の名前はケンツ。

 冒険者パーティー『ハニーチャンピオン』のリーダーだ。

 ケンツは俺が呼び止めると、「ああ、覚えているぞ」と手を叩いた。


「先週ダンジョンで会ったヤツだよな。確かアキラだったか? そっちの嬢ちゃん達は【闘技者モンク】の子と【小賢者セージ】の子だ」 

「『竜の涙』と一緒にダンジョンに入っていたんだろう? 彼女達に何があったのか教えてくれないか」

「ん? ああ、そう言えばお前は――よし、分かった。場所を移そうか」


 ケンツは俺が元『竜の涙』のメンバーだと覚えていたようだ。

 俺達を連れて近くの食堂に入った。


「すまんが先に飯を注文させて貰うよ。なにせダンジョンから真っ直ぐ町に戻って、そのままギルマスに事情を説明していたからな。もう丸一日携帯食しか口にしていないんで腹が減って腹が減って」


 ケンツは「誰かがギルマスの前で腹を鳴らさないか、俺達全員ヒヤヒヤしながら話をしてたんだぜ」と言って笑った。


「もちろん構わない。俺達もさっきダンジョンから戻った所だ。ココア、エミリー、俺達も何か食おうか」

「やった! 私、鳥の丸焼きがいい!」

「わ、私は魚のパイで」


 ココアとエミリーもこう見えて結構ガッツリ食べる。

 実は食堂に入った時からソワソワしていたのだ。

 俺もココアと同じ物を注文した。


 どうやら俺も案外腹が減っていたようだ。

 料理が運ばれてくると、話も忘れて夢中で食事を口に運んだ。

 これは多分、あれだ。白大蟻の群れとの戦いが、予想以上に堪えていたらしい。


「あー食べた食べた。美味しかったー」

「ココア、デザートはどうする?」


 エミリーはまだ食べるつもりなのか、壁にかかったメニューを見回している。


「ふう。ようやく腹が落ち着いたぜ」


 『ハニーチャンピオン』のリーダー、ケンツは満足そうに指に付いた油をテーブルクロスの端で拭った。


「それで『竜の涙』の話だったな」


 彼は酒で喉を潤すと、事情の説明を始めた。




「通路の崩落に巻き込まれた?! まさか!」


 ケンツの話は予想外のものだった。

 ココアとエミリーはギョッと目を見開いた。


「ウソ! 崩落って、ダンジョンが埋まっちゃったの?!」


 二人が何を考えているのかは分かる。

 ダンジョンは巨大な地下空洞だ。もし、内部を探索中に崩れ落ちたら逃げ場はない。

 大方、「もし、自分達も巻き込まれたら」と、我が身に置き換えて恐怖を覚えたのだろう。

 しかし、この場合は二人が考えているような意味ではないのだ。


「いや、ダンジョンは崩れたり埋まったりはしない。普通の洞窟とダンジョンは違うからな」

「えっ? でも今、崩落したって」


 ダンジョンは成長する事で知られている。

 最初は二~三階層しかないような小さなダンジョンが、月日と共に何十階層もあるような巨大なダンジョンに成長するのだ。

 その成長過程で壁が通路になったり、通路が広場になったり、あるはずの通路が無くなったりする。

 そういった変化の中でも、通路や広場が埋まる場合を崩落と呼ぶのである。


「それって普通の洞窟の崩落とは違うんですか」

「違う。崩落は通路が岩で埋まって無くなる訳ではなく、そのままの状態で別の場所に移動するんだ」


 そういった意味では、崩落、ではなく、転移、と呼んだ方がいいのかもしれない。


「まだ成長過程の若いダンジョンが危険と言われているのは、この崩落に巻き込まれる事故が多いからなんだ」

「この町のダンジョンは大丈夫なんでしょうか?」

「カーネルは大分古いダンジョンだからな。冒険者ギルドで地図が売っているだろう? つまりここではもう何年もダンジョンの成長は――少なくとも、浅層や上層、中層では確認されていないと、いう事でもあるんだ」

「そうなんだ。良かった――」


 エミリーはホッと胸をなでおろした。


「という事は、『竜の涙』が崩落に巻き込まれたのは下層なのか?」

「――いや。今の話を覆す事になるが、事故は十五階層――中層で起きた」


 十五階層――俺が『竜の涙』に所属していた時、何度か通った階層だ。

 まさかそんな浅い階層で崩落が起こり、しかもその崩落に巻き込まれるとは。


「運が悪かった。そうとしか言えない」

「そんな・・・」


 ココアとエミリーは心配そうに俺を見つめた。


「それで・・・『竜の涙』のメンバーがどこに飛ばされたか見当は付いているのか?」


 ケンツはかぶりを振った。


「分からん。そもそもこの町では中層を安定して探索出来るのは、一部の大手パーティーしかいない。俺達も出来なくはないが、大勢の荷運び人ポーターや荷物を守ったままでは難しい」

「大手パーティー? 『鉄の骨団』や『荒野の落雷』はどうしたんだ? まさか彼らも崩落に巻き込まれたのか?」

「どっちも今回は参加していなかった」

「なっ?! どういう事だ?!」


 『鉄の骨団』と『荒野の落雷』は、このカーネルの町を代表する古株の冒険者パーティーだ。

 今回に限ってなぜ、彼らが参加しなかったのかは分からない。いや、まさか――


「まさか、彼らはこの崩落の兆候を事前に掴んでいたのか? だから危険を察して『竜の涙』からの誘いを受けなかった」

「そんなバカな。ダンジョンの成長を予想するなんて不可能だ」


 そうだろうか? 彼らは長年に渡ってこの町をホームにしていた冒険者パーティーだ。

 カーネルのダンジョンに関しては誰よりも良く知っているはずだ。

 ケンツも知らない情報ソースを持っていたとしても不思議ではない。


 ――などとこの時の俺は疑っていたが、何という事は無い。

 『荒野の落雷』はメンバーにケガ人が出ていて辞退、『鉄の骨団』に至っては、そもそも『竜の涙』の方から声がかからなかったそうである。

 イクシア達がなぜ『鉄の骨団』を誘わなかったのかは分からない。だが、もしこの時、マルチパーティーの中に『鉄の骨団』がいれば、彼らが他の冒険者達を纏め、その場で『竜の涙』の捜索を開始していただろう。


「とにかく。残った俺達は話し合って、『竜の涙』の捜索を行うのは難しいと判断したんだ。ここで無理をして被害を出すよりも、一度町に帰って冒険者ギルドに報告するべきだと」


 その瞬間、俺は頭にカッと血が上った。

 コイツらは我が身可愛さに、イクシアを見捨てて逃げ出したのか?! ふざけるな!


 ――いや、落ち着け。

 冒険者は自力救済。彼らが自分達の安全を優先したのは間違ってはいない。

 それに今頃、冒険者ギルドでは彼らの報告を受けて『竜の涙』の捜索が検討されているだろう。

 依頼先は組織力のある『鉄の骨団』、それに『荒野の落雷』、そして探索能力に秀でた『ウサギの前足』辺りか。


「・・・・・・」


 俺は拳を強く握りしめた。

 イクシアなら――剣に愛された彼女なら、どんな危機的状況でもその力でねじ伏せてしまうはずだ。

 そんな事は俺が一番良く分かっている。分かっているのだが――


(彼女が危険な時に、そのそばにいられないのが、これ程辛いものだとは・・・)


 俺は強い焦りにさいなまれていた。


「おい、アキラ」

「ん?」


 俺は戸惑い気味なケンツの声に顔を上げた。

 彼が小さく指差す先。

 俺達が座っているテーブルの横に、地味な皮鎧の女性冒険者が立って、ジッと俺の事を見つめていた。


「あなたがアキラですか?」

「そうだが、あんたは誰だ?」


 女は「私の名はハンナと言います」と言った。

 年齢は俺より少し上だろうか。

 化粧っ気はないものの、良く見れば結構整った顔立ちをしている。


「あなたと入れ替わりに『竜の涙』に入ったパーティーメンバーです」

「何?」

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