第33話 無能の抜けた穴

◇◇◇◇◇◇◇◇


 ここはカーネルのダンジョン十四階層。いわゆる中層と呼ばれる階層である。

 Sランクパーティー『竜の涙』のダンジョンアタックは、最初からギクシャクしていた。


「ハンナ邪魔。射線を遮ってる」


 緑の髪の貴種エルフ、【狩人ハンター】のドリアドが、弓に矢をつがえたまま、軽装の女性冒険者に――『竜の涙』の新入りのハンナに――文句を言った。

 ハンナはチラリと背後のドリアドを振り返ったがそれだけ。直ぐに視線を目の前のモンスターに戻した。


「ハンナ!」

「私の目は後ろには付いてません。後ろにいるドリアドの方が私に合わせて下さい」


 ハンナに――日頃から見下している人間に反論されて――ドリアドの顔にサッと朱が差す。

 【魔女ウィッチ】のダニエラが慌てて横を指差した。


「ドリアド、今は戦闘に集中して! 横から回り込まれてる!」

「――言われなくても見えてる」


 ドリアドは【狩人ハンター】のスキル『イヌワシの目』を持っている。彼女は左右二つの標的を同時に視界に入れると、矢筒からもう一本矢を取り出した。


「スキル『ダブルショット』」


 ダブルショットは二本の矢を同時に放つスキルである。

 放たれた矢はそれぞれ狙い過たずモンスターの頭部を捉えた。


「ギイッ!」


 ムカデのようなモンスターが悲鳴をあげて体を丸める。


「――ちっ」


 しかし、ドリアドは不満そうに舌打ちをした。

 どうやら角度が悪かったらしい。もう一本の矢はモンスターの硬い頭殻にはじかれていた。


「任せて! ファイアーアロー!」


 【魔女ウィッチ】のダニエラが杖を掲げると、火が矢のように飛んでモンスターに命中した。

 だが、モンスターは少し怯んだだけで止まらない。


「くっ・・・! ファイアーアロー!」


 二発目の魔法が命中。どうやらモンスターはこと切れたらしい。

 その場でクルリと丸くなると、ぐずぐずと崩れ落ちた。

 その時、後方で戦いを見守っている荷運び人ポーター達から大きな歓声が上がった。

 二人がハッと前方に振り返ると、巨大なクモのモンスターがゆっくりと崩れ落ちる所だった。


「どうやらイクシアが止めを刺したみたいね」

「・・・わざわざ言わなくても見れば分かる」


 ドリアドは弓を背負うと、背後の冒険者達に振り返った。


「後のザコは任せた」

「わ、分かりました。おう、お前ら行くぞ!」

「「「おおっ!」」」


 冒険者達は武器を振り上げると、残りのモンスターの討伐にかかった。




 Sランクパーティー『竜の涙』のメンバーは、連れて来た冒険者達に後の始末を任せると離れた場所で休憩を取っていた。


「ちょ、ちょっとドリアド。落ち着いて」

「ハンナ、さっきの態度は何?」


 ドリアドは新入りの冒険者、ハンナに詰め寄った。

 ハンナは二十四歳。『竜の涙』では新入りだが、冒険者としての経歴は長い。

 地味な皮鎧のせいで目立たないが、スタイルはかなり良い方である。

 化粧っけは薄いが、ハッと目を引く整った顔立ちをしている。

 鋭い目付きがどことなく猫のような印象の女性である。


 ハンナはドリアドの視線を真っ向から受け止めた。


「態度って何がでしょう? 戦っている時は後ろが前に合わせるのが当たり前じゃないですか?」


 ハンナのジョブは【付与師バッファー】。

 『虹のふもと』のエミリーのジョブ、【小賢者セージ】を更にサポート寄りにしたようなジョブである。

 その特性上、あまり前衛から離れるとスキルを生かせない。

 彼女が戦闘中、前衛のイクシアとカルロッテの後ろ、1.5列目の位置にいたのはそのためである。

 しかし、ドリアドはハンナの言葉に納得しなかった。


「アキラもあなたと同じような位置にいた。けど、私の射線を遮った事は一度も無かった」


 ドリアドにとってハンナは非常に合わせづらい相手だった。

 チョロチョロと動いてこちらの攻撃の邪魔をする。それに――


「それに後ろにモンスターを通し過ぎ。ちゃんと防いで」

「私は【付与師バッファー】です。戦闘用のスキルは持っていません」

「・・・アキラはスキルどころかジョブすら持っていなかった」


 勿論、アキラも全てのモンスターを防げていた訳ではない。

 しかし、後ろに逃がした場合でも、敵の足を傷付けるなり、少しでも自分にヘイトを向けさせるようにするなりして、モンスターの自由にはさせなかった。

 しかしハンナは「抜けたモンスターは後ろに任せる」とばかりに知らん顔を決め込んでいた。

 そのため後衛のドリアドとダニエラは、戦闘中、いつもより緊張を強いられていた。


「大体、モンスターが抜けるのはカルロッテのせいで、私のせいではありません」

「わ、私か?!」


 急に話を振られて赤毛の重装備の美女、【聖騎士クルセイダー】のカルロッテが驚きの声を上げた。


「カルロッテはイクシア程デタラメな強さは持っていません。それなのにイクシアと同じ数のモンスターを相手にしようとするから取り逃しも出て来るのでしょう」

「ぐっ、それは・・・そうかもしれないが」


 カルロッテも自分でも自覚があるのか、その言葉は歯切れが悪い。

 彼女のジョブは【聖騎士クルセイダー】。

 どちらかと言えば持久力や耐久性に秀でたジョブである。

 【勇者セイント】イクシアは規格外過ぎて比較にならないとはいえ、純アタッカーとして運用するには不向きなジョブであった。


「このパーティーなら、パーティーリーダーのイクシアを純アタッカーに。【付与師バッファー】の私と【聖騎士クルセイダー】のカルロッテがその後ろ。更にその後方に【狩人ハンター】のドリアドと【魔女ウィッチ】のダニエラが配置されるのが順当だと思います」


 ハンナの指摘は当然の物だった。

 ではなぜ、【聖騎士クルセイダー】のカルロッテが、向いていないのにアタッカーをやっているのだろうか?

 それは、彼女がその役目をやりたがったからである。

 女性冒険者は前衛向きのジョブというだけでも、冒険者達からの人気は低い。

 【闘技者モンク】のココアが以前、少年冒険者達から悪く言われて口論になったのもそのせいだ。

 しかもカルロッテのように、純アタッカーにすら向いていないジョブともなればなおさらである。

 「微妙」「女のくせに」「使い勝手が悪い」等々。

 カルロッテは『竜の涙』に加わるまで、ずっと周囲から厳しい言葉を投げかけられながら冒険者を続けていた。


 そんな彼女が『竜の涙』に誘われた時、イクシアは彼女に尋ねた。


「【聖騎士クルセイダー】? 知らないジョブね。あなたウチでは何がしたい? 別に好きな事をやっていいわよ」

「好きな事って・・・なら私はアタッカーがやってみたい」

「そう。じゃあそれでいいんじゃない? 詳しい話はアキラとして頂戴」


 イクシアはあっさりと言い放った。

 こうしてカルロッテはイクシアと並んでアタッカーをする事になったのである。

 アキラは内心、カルロッテのジョブは純アタッカーには向いていないと思ったが、当時の彼はイクシアの言葉を否定するなど考えもしない人間だった。

 アキラはカルロッテに足りない部分は自分が補う事にして、イクシアの要望に応えた。

 最も、基本的に他人に対して関心が薄いイクシアは、すぐにそんな会話があった事すら忘れてしまったのだが。


「だが、アキラは――」

「私はアキラじゃありません」


 ハンナはキッパリと言い放った。


「その人がいた方がいいのなら、訳を話してパーティーに戻って貰えばいいんじゃないでしょうか? 別に冒険者を辞めた訳でもないのでしょう?」


 苛立ちでドリアドの額に青筋が立った。

 ダニエラが慌てて二人の間に入ろうとしたその時、人の良さそうな中年冒険者が声を掛けて来た。


「あ~、取り込んでる所を悪いけど。ちょっといいかな?」


 ダニエラ達は思わず顔を見合わせた。

 パーティーリーダーのイクシアは、いつものように、退屈そうな顔でどこか遠くを見つめている。

 こういう時に必ず真っ先に動いていたアキラは、もうここにはいない。

 人間を見下している貴種エルフのドリアドは論外だし、頑固で融通の利かないカルロッテや、新入りのハンナに任せるのは厳しいだろう。


(はあ・・・私がやるしかないのか)


 消去法で自分を選んだダニエラは、仕方なく男の話を聞くことにしたのだった。




 男の話は予想外のものだった。


「物資が足りないかもしれない?! それって、どういう事?!」


 男の名はケンツ。中堅冒険者パーティー『ハニーチャンピオン』のリーダーだそうだ。

 ちなみに『ハニーチャンピオン』は、アキラ達が討伐依頼を受けて上層に入った時、ココアとエミリーにハチミツをくれた、あの気の良い中年パーティーである。


「いやね。あんた達が雇った荷運び人ポーターが運んでいるキャンプ道具。何だか似たような物が多いように見えたんで、さっき仲間と確認してみたんだよ」


 ザッと調べただけだが、かなりの物資が無駄に重複していたという。

 つまりその分だけ不足している物があるという事だ。


「具体的に言うと毛布は多いけど薪は少ない。後、保存食も十分とは言えない。量だけは多いが種類が少ない上に、痛んでいる物もあるみたいだ」


 愕然とするダニエラに、ケンツは気の毒そうに言った。


「大方、悪い商人に騙されたんだろう。商人ってヤツらはちゃんと見張ってないと、すぐにズルをするからな」


 ケンツは「あんたら、自分達の目で確認しなかったんじゃないか?」と肩をすくめた。

 ダニエラは何も言い返せなかった。自分達の目で確認するも何も、物資の支度は完全に人任せ。

 実家のモルディブ商会から連れて来た男に丸投げしていたからである。


(アイツめ! いい加減な仕事をしやがって!)


 ダニエラは悔しさと腹立たしさに奥歯を強く噛みしめた。

 しかし、いくら怒っても後の祭り。

 そもそも、彼女の実家は高級洋服店。そこから来た男にとっても冒険者用の物資の調達は完全な畑違いであった。

 多少の不備があっても仕方がないというものだろう。

 そもそも、ダニエラが「今までアキラが一人だけでやってた事だから、一人いれば十分だろう」などという甘い考えを持たず、必要な人数をちゃんと確保しておけば良かったのである。

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