第32話 スキル

 ひとまず移動することにした俺達だったが、ココアはずっと不満そうにしていた。

 そんな彼女に親友のエミリーは呆れ顔になった。


「アキラさんに文句を言ったって仕方がないじゃない」

「それは・・・分かってるけど、アキラの方が先にレベル5に到達しちゃうなんて」


 ココアが悔しがっている理由。それは俺がジョブレベルを5に上げた事にある。

 ジョブはレベルを上げる事で新たな能力――スキルを得る。

 そのスキルを覚えるのがレベル5、レベル10などと、五の倍数に到達した時なのである。


「それでアキラさんは、レベル5になって何のスキルを覚えたんですか?」

「いや、実はそれが良く分からないんだ」

「?」


 先程、レベル5に到達した時、確かに俺はスキルを覚えた。

 しかし、ステータスボードに表示されていた文字は暗く、全く読めなかったのだ。


「何かを覚えたのは間違いないが、それが何なのか分からない。使い方も分からないんだ」

「おい、待ちなよ兄ちゃん。そんなはずはないだろ」


 俺達の話を聞いていた中年冒険者達が横から口を挟んだ。


「俺ん時はスキルを覚えた時から普通に使えたぞ」

「ああ、俺もだ。ていうか、普通みんなそうだろう」

「――いや、待て」


 皮鎧の中年冒険者が仲間の言葉を遮った。


「確か俺の知り合いに、似たような状態になったヤツがいた。そいつは【剣士ソードマン】のジョブだったんだが、他のヤツらより魔力の伸びが悪かったらしい。間違いなくスキルを覚えたのに、スキル名が黒いままで使えなかったんだ」


 スキル名が黒いままで使えない? 俺と同じ症状だ。

 俺とココアとエミリーは顔を見合わせた。


「その人はどうなったの?」

「ああ。レベルが上がったら、普通に使えるようになったらしいぞ」


 なる程。

 【剣士ソードマン】のジョブが最初に覚えるスキルはスラッシュ。魔力を消費して斬撃を飛ばす【剣士ソードマン】の基本的なスキルだ。

 多分、その男はスラッシュを覚えた時点で、そのスキル使えるだけの魔力がなかったんだろう。

 しかし、レベルが上がって魔力が増えた事で使えるようになった、と。


「アキラさん。今の魔力の量は?」

「・・・全く増えていない。最初の数値のままだ」


 俺の魔力は10。これは戦闘中に魔力装甲マナ・アーマーが維持出来るだけのギリギリの数値でしかない。

 ちなみに中年冒険者の中には【剣士ソードマン】のジョブもいて、さっき言ったスラッシュには約50の魔力が必要だと教えてくれた。

 魔力量はジョブや個人差によって多少の違いはあるが、普通はレベル1の時点でも100前後はあるものだ。

 その男は余程魔力の低い体質だったらしい。


(魔力が足りなければスキルは使えない。言われてみれば当たり前だ。数日前まで、自分にジョブが発現するなんて思ってもいなかったから、うっかりしていた)


 どうやら俺のスキルは、話の男と同様、発動させるための魔力が足りないために、今はブランク状態になっているようだ。

 しかし、相変わらず【七難八苦サンドバッグ】のジョブは使い勝手が悪い。

 魔力がやたらと低いせいで、魔力装甲マナ・アーマーとしても役に立たないばかりか、せっかく覚えたスキルも使えないとは。


(とんでもないゴミクズジョブを引かされたんじゃないか? コレ)


 俺は俺をこの世界に転生させた神、女神クロスティナの悪意に満ちた耳障りな笑い声を聞いた気がした。




 俺達は順路にたどり着くとその場に腰を下ろした。


「やれやれ、酷い目に遭った」

「ホント、いい迷惑よね」


 ココアは恨めしそうな目で少年冒険者達を睨み付けた。

 中年冒険者達も彼女の言葉にウンウンと頷いている。


「違いない。蟻塚を壊して白大蟻の群れに襲われるだけならともかく、他の冒険者パーティーに自分達の尻拭いをさせるなんてな」

「冒険者の恥さらしだ。坊主共、しっかり反省しろよ」

「わ、分かってるよ」


 少年達は殊勝な態度で頭を下げ、しおらしく反省している様子を見せた。


 俺の予想通り、彼らは新人冒険者。三人でチームを組んでいるらしい。

 ジョブは【剣士ソードマン】一人と【戦士ファイター】が二人。

 前衛が三人だが、男だけの冒険者としては割と一般的な編成だ。


 ココアとエミリーは俺とパーティーを組む前に、彼らと一緒にダンジョンに入ったらしい。

 その時に、彼らと激しい口論になったそうだ。

 男の冒険者が女の冒険者に求めるのは後衛のジョブ。具体的には魔法が使える【魔女ウィッチ】系のジョブである。この世界では魔法が使えるジョブには女しか付けないのだ。

 実際さっきの白大蟻との戦いも、範囲攻撃魔法が使える後衛職が一人でもいれば、これ程苦労する事は無かっただろう。

 しかし、【闘技者モンク】のココアは完全な前衛だし、【小賢者セージ】のエミリーも、1.5列目の前衛と言っていい。

 少年達は二人のジョブにガッカリしたようだ。


 少年達の気持ちは分かるが、ココアとエミリーにとっては知った事ではない。

 そもそも、自分達のジョブを知った上で組んでいるのに、今更文句を言われてもどうしようもない。

 気の弱いエミリーは、少年達から浴びせられる心ない罵倒にすっかり委縮してしまった。

 それに怒ったココアは少年達に食って掛かり、売り言葉に買い言葉。なんとその場でパーティーは解散となってしまったんだそうだ。

 ココアとエミリーはたった二人で町に戻る事になり、その道中での無理がたたり、ココアは背中を負傷してしまったという。


 なる程。あの時ココアがエミリーに、まだケガが治っていない事を言えなかったのは、彼女を気遣っての事だったんだな。


「ココアがレベル上げにこだわっていた理由も分かった。あの少年達に言われた言葉がよっぽど悔しかったんだな」

「そ、そんなんじゃないわよ! 私は早く稼げるようになりたいだけなんだから!」


 ココアは真っ赤になって否定した。

 おいおい。そんなリアクションをすれば、図星を突かれた事がバレバレだろうに。

 ココアは生暖かい目で見つめる中年冒険者達を睨み付けた。


「なによ!」

「わっはっは、こっちに飛び火した」

「お~怖い怖い。ま、そう焦らなくても、レベルなんてモンスターと戦ってれば、イヤでも上がるさ」

「そーそー。【闘技者モンク】だっけ? 気にする事はないって。女の冒険者でも前衛をやってるヤツがいる訳だし。Sランクパーティーの【勇者セイント】とかさ」


 【勇者セイント】のイクシア。

 その名前に俺はハッと息を呑んだ。

 ココアとエミリーが俺を気遣って黙り込む。

 俺達に漂う微妙な空気に、中年冒険者達は「しまった」と顔をしかめた。


「あー、スマン。そんなつもりで言ったんじゃないんだ」

「いや、構わない。もう割り切ってるから」


 妙な空気を作ってしまった。

 俺は「それより」と無理やり話題を変えた。


「それよりそっちはこれからどうするんだ?」

「ああ。丁度仕事を終えて町に戻る所だったからな。悪ガキ共を冒険者ギルドに連れて行ってやるよ」


 ダンジョンから採れるハチミツは、このカーネルの町の冒険者ギルドの稼ぎ頭だ。

 乱獲されて枯渇しないように、また、採りすぎて需要と供給のバランスが崩れないように、冒険者ギルドが管理コントロールしている。

 冒険者だからと言って、勝手に採っていいものではないのだ。


 少年達の顔が青ざめる。

 自分達のしでかした事に気付いたのだろう。


「で、でも俺達はハチミツを採ってないぜ!」

「そ、そうだ。あれは蜂の巣じゃなくて蟻塚だったし!」

「だが、依頼も受けていないのに、勝手に採ろうとしていたのは事実だ」


 少年達の言い訳を、赤ら顔の中年冒険者がバッサリと切り捨てた。


「二度と悪さをしようと考えないように厳重注意、といった所か。お前らの担当からコッテリ絞られるんだな」

「そ、そんなあ~」


 少年達は情けない声を出してへたり込んだ。

 俺はココアの肩に手を置いた。


「どうだ? 少しは溜飲が下がったか?」

「・・・まあ、ちょっとだけね」


 ココアはそう言いながらも、まんざらでもなさそうな顔で小さく鼻を鳴らしたのだった。




 中年冒険者達が少年冒険者達を連れて去って行くと、この場には俺達『虹のふもと』のメンバーだけが残った。

 そろそろ休憩も取れた事だし、これからどうするか。俺は二人に相談した。


「四階層はもういいかな。三階層に戻らない?」


 意外な事にココアの口からそんな言葉が飛び出した。


「いいのか? あんなに四階層で戦いたがっていたのに」

「だって・・・」


 前回の兵隊蜂ソルジャー・ビーの討伐依頼。四階層で俺達の前に現れたのはイレギュラーな重装蜂メタル・ビーだった。

 そして今回。四階層で俺達の前に現れたのは、金にもならないくせにやたらと時間と手間だけはかかかる白大蟻の群れだった。


「私達と四階層は相性最悪だと思う」

「確かにそうかも」


 エミリーもココアの意見に頷いた。

 俺はただの偶然だと思うが、冒険者というのはげんを担ぐ所がある。

 二人の気持ちも理解出来なくもなかった。


「じゃあ三階層で戦おうか」

「うん」「分かりました」


 こうして俺達は三階層に移動してモンスターと戦った。

 しかし、白大蟻の群れとの戦った疲労は思っていたより尾を引いていた。


「ダメだな。今日はもう仕事を切り上げて町に戻ろう」

「・・・そうね」


 さすがのココアも今回ばかりは素直に従った。

 それでも帰り道で「もう少しでレベルが上がりそうな気がしていたのに」などと呟いて、エミリーから「また言ってる」と呆れられていた。


 町に戻った俺達はその足で冒険者ギルドに向かった。

 モンスターから手に入れた魔石を換金するためである。

 ギルドの中は人で溢れ、妙に浮足立っていた。

 俺はいつもの窓口で、受付嬢のフレドリカに尋ねた。


「冒険者達が騒いでいるが、何かあったのか?」


 フレドリカの返事は驚くべき物だった。


 Sランクパーティー『竜の涙』のダンジョンアタックが失敗。

 『竜の涙』のメンバーはダンジョンの中で行方不明になっていると言うのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る