第31話 白大蟻

 俺達が身構える中、三人の少年冒険者達が目の前に飛び出して来た。

 ここまで全力で走って来たのだろう。全員汗だくで息を切らせている。

 俺達の存在に気付いていなかったらしく、武器を構えた俺達を見てギョッと足を止めた。

 そんな彼らの姿に、ココアとエミリーは「あっ!」と声を上げた。。


「あんた達は!」

「あっ、この間の・・・」


 どうやら二人は彼らの事を知っているようだ。

 年齢も近いし、ひょっとして臨時でパーティーを組んだ事があるのかもしれない。

 少年達も二人の事を思い出したようだ。


「【闘技者モンク】の女と【小賢者セージ】の女?!」

「なんでお前らがここに?!」


 少年達が驚く中、三人の中でリーダー格と思われる少年が仲間を諫めた。


「バカ! そんな事を言っている場合じゃねえよ! 白大蟻が追って来るぞ!」

「白大蟻?」


 今の言葉で俺は大体の事情を察した。


(くそっ。また、面倒な事に巻き込んでくれたな)


 俺は少年達に毒づきたい気持ちをグッと堪えた。

 今はそんな事を言っている時間は無い。

 ココアとエミリーは白大蟻と聞いてもピンと来なかったらしく、キョトンとしている。

 少年の一人が背後を振り返って叫んだ。


「ヤバイ! 来た!」


 その途端、茂みの中から大きな昆虫が姿を現した。




 白大蟻はその名の通り、シロアリ型のモンスターだ。

 体長は三十センチ程。昆虫としては巨大だが、モンスターとしては小型な部類に入る。

 ダンジョンのモンスターはそのサイズに応じて強さが変わる。

 これはモンスターの核となる魔核の保有魔力の量に関係するのだが、ここでは詳しい話ははぶく。

 基本的にモンスターは大きくなる程強く、狂暴になると考えておけばいいだろう。 

 そういった意味では、白大蟻は大したモンスターではない。

 一匹だけなら、ジョブすら持たないそこらの人間でも対処できるだろう。


 しかし、白大蟻は冒険者達の間で厄介者扱いされている。

 それは”群れの数”だ。

 白大蟻は一度敵と認識した相手をどこまでも執拗に追いかける。

 戦いにおいて数はそれだけで十分な力となる。

 百の力を持つ一匹より、一の力しか持たない百匹の方が危険な場合もあるのだ。


 この少年達は、ココア達と同じ駆け出しの冒険者なんだろう。

 おそらく、背伸びをしてこの階層にハチミツ採取に来たんじゃないだろうか。

 そして、蜜蜂モドキの巣と勘違いして、白大蟻の蟻塚を破壊してしまった。

 気付いた時には後の祭り。

 白大蟻は彼らを敵と認識。どこまでも追いかけて来た。

 そんな所じゃないだろうか?


 俺達が彼らと遭遇したのは偶然だが、多分、順路を目指して――他の冒険者に助けを求めて――逃げて来た所にかち合ってしまったのだろう。

 巻き込まれてしまった俺達にはいい迷惑だ。


「き、来た!」


 少年達の顔に恐怖の表情が浮かんだ。

 もう時間は無い。


「ア、アキラ!」

「アキラさん!」


 少年達のただならぬ様子にココアとエミリーが緊張する。


「二人共慌てるな! 白大蟻は数は多いが決して強いモンスターじゃない! おい、お前達!」


 俺は少年達に呼びかけた。


「ここで戦うぞ! 全員で円を作れ! 急げ!」

「た、戦うって・・・」

「グズグズするな! 黙って俺の言う通りにしろ! 今は時間が無い!」

「――わ、分かったよ」


 全く、誰のせいで俺達がこんな目に遭っていると思ってるんだ。

 俺が怒鳴り付けると少年達は慌てて俺の指示に従った。

 俺はココアとエミリーに指示を出した。


「ココア、エミリー! 魔力装甲マナ・アーマーを解除しろ!」

「えっ?」「何でですか?」


 俺は自分も魔力装甲マナ・アーマーを解除。足元に這い寄って来たモンスターを踏み潰した。


「見ての通り、白大蟻は一匹一匹は弱いモンスターだ。だがむやみやたらと数が多い。長期戦を覚悟しろ。本当に危険な状況になるまで魔力は温存しておくんだ」

「でもアキラ、私、武装解放トランスレーションしないと、武器がないんだけど?」


 【闘技者モンク】のココアは徒手空拳。魔力装甲マナ・アーマーを纏った手足を武器にして戦う。

 武装解放トランスレーションを解除すれば、戦う武器を失う事になる。

 俺は予備のナイフを引き抜くと、愛用のサーベルを彼女に押し付けた。


「それを使え」

「ええっ?! こんなの私、使った事無い!」

「コ、ココア! モンスターが来たよ!」

「ああ、もう! どうなっても知らないから!」


 ココアはやけくそになってサーベルを振り回し始めた。

 剣に振り回されているだけで、刃筋も立っていないデタラメな攻撃だが、それでも十分に効果はあるようだ。

 何度も言うが白大蟻自体は弱いモンスターだ。

 魔核の大きさも米粒サイズで、ギルドでも買い取りを拒否される程である。

 つまり俺達冒険者にとって、白大蟻との戦いは何のメリットもない、完全なタダ働きなのだ。

 そのくせやたらと数が多くて手間がかかるときている。

 白大蟻が嫌われる所以ゆえんである。


「全員覚悟を決めろ! 白大蟻の群れが諦めるまでここで戦い続けるぞ! 危険になるまで魔力は温存しておけよ!」

「わ、分かりました!」

「もう! このっ! このっ!」

「お、おいチッタ、ど、どうするんだよ」

「うるせえ! こうなったらこのオッサンの言う通りにするしかないだろうが!」


 誰がオッサンだ。俺はまだ十九だぞ。

 少年冒険者達のリーダーが怯える仲間を怒鳴り付けた。


 こうして俺達のいつ終わるともしれない戦いが始まったのである。




 俺達の戦いは終わった。


「ハア、ハア、ど、どうやら、白大蟻の群れも諦めたみたいだな」


 俺は額の汗をぬぐうと荒い息を整えた。

 周囲は足の踏み場もない程モンスターの死骸が――白大蟻の残骸が――転がっている。

 少年冒険者達は、精も根も尽き果てたらしく、その場でペタンと尻をついた。


「た、助かった」

「俺、もう魔力がカスカスだぜ」

「お、俺もだ」


 さすがにココアとエミリーはモンスターの死骸の上に座る気にはならないらしい。

 フラフラと歩くと適当な場所に座り込んだ。


「お、終わったー」

「も、もう腕が上がりません」


 俺はナイフをしまうと、中年の冒険者に近付いた。

 途中から手伝ってくれたベテラン冒険者パーティーだ。


「助かったよ。ありがとう」

「なあに、気にするな。というか、どうせお前さん達も巻き込まれたクチなんだろ? 迷惑をかけられたのは俺達と一緒って訳だ」


 髭の中年冒険者が少年冒険者達の方を見て苦笑した。


「知ってたのか」

「戦いながら嬢ちゃん達が文句を言ってたからな。おおかた蜜蜂モドキの巣と間違えて白大蟻の蟻塚を踏み抜いてしまったってトコだろう?」

「素人目には紛らわしいからな。慣れればイッパツで分かるけど」

「駆け出しはよく間違えるんだよ。ヤツらにはいい経験だろうさ」


 男達はそう言って白い歯を見せた。

 俺は男達の反応が――俺に対して意外と好意的だった事に驚きを隠せなかった。


「ん? どうした?」

「あ、いや・・・あんた達は俺をバカにしないんだな」


 俺はカーネルの町の冒険者達の間ではバカにされている。

 Sランク勇者パーティー『竜の涙』のお荷物。【勇者セイント】のイクシアの腰巾着。そんな風に陰口を叩かれている事を知っている。

 だから彼らがこんな風に屈託のない笑顔を見せるとは思わなかったのだ。


 男達はちょっとバツが悪そうな顔になった。


「まあ、正直言って今までお前を侮っていた事は認めるさ。だがな、お前は新人二人と重装蜂メタル・ビーを倒したって言うじゃないか」

「あれは間違いなく重装蜂メタル・ビーの――”血まみれ蜂”の角だった」

「血まみれ蜂を倒すようなヤツがザコな訳がねえ。アイツには俺も兄貴を殺られてるんだ」


 どうやら彼らはあの時、冒険者ギルドにいたらしい。

 俺が重装蜂メタル・ビーを――”血まみれ蜂”を倒したと知って、俺に対する認識を改めたようだ。


(だからと言って、こうもコロリと態度が変わるのか? ――いや、冒険者ならこんなものか)


 冒険者は脳筋だ。彼らの価値観は非常にシンプルである。

 強いヤツ、金を稼げるヤツが偉い。

 冒険者というのは、常に死の危険と隣り合わせの仕事である。細かい理屈や建前には価値が無い。口先だけが立派でも弱ければ死ぬのだ。


 実際、俺達の視線の先では少年冒険者達がココアとエミリーに声をかけている。

 やはり二人は俺のパーティーに入る前に、彼らと一緒にパーティーを組んだ事があるようだ。

 二人の活躍を見て、自分達のパーティーに誘おうとしているようだ。


「はあ? 私とエミリーとパーティーが組みたい? あんた達、以前に一緒にダンジョンに入った時、私に何を言ったか覚えて無いの? 【闘技者モンク】なんて役立たずのジョブだ。女の前衛なんて要らない。あんた達そう言ったのよ?」

「だからそれは謝っているじゃないか。今日の戦いで見直したんだよ」

「でもよチッタ。俺達の言った事だって間違いじゃないだろ? 前衛なら別に女じゃなくてもいい訳だし」

「なんですって?!」

「おい、バカ、よせ! 今そんな事を言うな!」

「ホラ、やっぱりあんた達、エミリーの強化魔法が目当てだったんじゃない! 行こうエミリー! こんなヤツらほっとこう!」


 ココアはエミリーの手を掴むと、少年達の制止を振り切ってこちらにやって来た。


「良かったのか? 知り合いのようだが」

「別に知り合いって程じゃないし。それに私達、もうアキラのパーティー『虹のふもと』のメンバーだから」


 ココアは少年達を睨み付けると「ふんっ」と鼻を鳴らした。

 どうやら少年達はフラれてしまったようだ。

 会話の内容から察するに、多分に彼らの自業自得のような気もするが。

 俺は申し訳ない、といった感じで頭を掻いた。


「あ~、ココア。こんな時にこんな事を言うのは心苦しいんだが」

「何? アキラ」


 我ながら、「何でこのタイミングで?」とは思わないでもないが、黙っていて後でバレた方が彼女の機嫌を損ねてしまうだろう。


「今の戦いでジョブのレベルが上がったようだ。レベルが5になっていた」

「はあっ?!」


 ココアは「もうっ!」と足を踏み鳴らした。

 ホントにスマン。

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