第30話 トレイン

 戦闘後、俺は体の変化を感じて思わず声を上げた。


「おっと、レベルが上がったようだ」

「うそっ?! なんで?!」


 なぜかココアが驚いた。


「何が『なんで』なんだ?」

「『何が『なんで』なんだ?』じゃない! これでアキラのジョブレベルは3になったって事でしょ?! 私だってまだ3なのに!」


 どうやらココアは自分のレベルに追いつかれたのが納得いかなかったらしい。

 いや、俺に言われても知らんのだが。


「・・・私はまだ2です」

「エミリーはもう少し積極的にモンスターと戦おうか」


 エミリーはモンスターとの戦闘を苦手としているらしく、気が付くと後ろに下がっている。

 もしもこれがゲームなら、パーティーのキャラには戦闘後、均等に経験値が入るだろうが、これは現実。

 自分で戦わないと経験値は入らないのである。


「なんでアキラばっかり・・・私だってモンスターを倒しているのに」


 ココアはまだ納得がいかないのか、ブツブツと文句を言っている。

 俺は小さくため息をついた。


「ココア。そういう事は思っても口に出さない方がいい。俺やエミリーは気にしないが、冒険者によってはそういう事を言われると不快に感じる者もいるだろうからな」


 仕事で言えば、「アイツの方が俺より給料が上なのが納得いかない」と愚痴るようなものだ。

 言っている本人に特に悪気はなくても、勝手に比較されて文句を言われる人間は良い気分がしないだろう。


「うっ・・・確かにそうね。ゴメン」


 ココアはしゅんとしょげ返った。

 いや、それ程強く注意したつもりはないんだが・・・こういうのは言い方が難しいな。


「き、気にする事ないよココア。モンスターを倒している数はアキラさんが一番多いんだから、仕方ないよ」


 慌ててエミリーが親友のフォローに入る。

 実際、確かに俺の方がココアよりもモンスターを倒しているが、体感的にも俺は人よりレベルが上がるのが早いような気がする。


「やっぱり!」

「ひょっとして、それがアキラさんの【七難八苦サンドバッグ】のジョブの能力なんでしょうか?」


 マジか? だとすればなんとも微妙な能力だ。

 勿論、レベルが上がって悪い事は無いが、どうせ10を超えれば上がり辛くなるのは分かっているのだ。


「つまり早熟系のジョブという訳か」


 ちなみにレベルが上がった事で体力バイタリティーの値は伸びている。というよりも、他の値はほとんど動いていない。

 そして魔力は10のままである。

 つまりは魔力装甲マナ・アーマーの維持時間に変化はない、という事になる。

 本当に何がやりたいんだろうな、俺のジョブは。


 結局、この日、俺のジョブレベルは4にまで上がった。

 たった一日でココアのレベルを抜いた事になる。

 おかげでココアは完全に不貞腐れてしまったのだが、これって俺が悪いのか?




 翌日。俺達は朝食を終えると今日の予定を話し合った。

 ここでココアが元気よく「ハイッ!」と手を上げた。


「今日は四階層で戦いたい!」


 どうやら俺にレベルが抜かれた事が、余程悔しかったようだ。

 ココアは一つ下の階層での戦いを熱望した。


「三階層も四階層も、モンスターの強さはさほど変わらないぞ?」

「それでもいい! なんかこう、後もう少しでレベルが上がりそうな気がするのよね」

「ココアったらそればっかり」


 エミリーは呆れながらクッキーを頬張った。

 このカーネルのダンジョンは、三階層から九階層までが森のエリア――上層と呼ばれている。

 そして上層を徘徊するモンスターは、どの階層だろうがそれほど違いはない。

 三階層より九階層の方が難易度が高いのは、モンスターの数の差でしかないのだ。

 ぶっちゃけ、みんな近場で済ませた方が楽だから、わざわざ九階層まで潜って戦う者が少ない――それだけ間引かれていないだけなのである。


「どうします? アキラさん」

「あまりレベルレベルと気にするのもどうかと思うが・・・」


 昨日戦った感じだと、このパーティーなら五階層か六階層くらいまでは問題無く戦えるだろう。ならば四階層は大丈夫じゃないだろうか?


(ココアは割と気持ちテンションが戦闘時の動きに直結しやすい。どっちかと言えば『竜の涙』のイクシアに近いタイプだ。だったらある程度は本人がやりやいようにやらせる方がいいか)


「いいだろう。今日は四階層に向かおう。――ただし!」


 ココアは一瞬喜びかけたが、俺の強い語気にハッと背筋を伸ばした。


「ただし・・・四階層での戦いで俺のレベルが5に上がっても、今度は不貞腐れないように」

「なっ?! き、今日は私の方が先にレベルを上げて、アキラを悔しがらせてみせるんだから!」

「凄く楽しみだ」

「何その余裕の表情! ムカつくーっ!」


 俺がからかってやると、ココアはポニーテールを振り乱して地団太を踏むのだった。




 四階層に入った俺達は、早速順路を外れて森の中を進んだ。


「しかし、アキラって本当にスゴイよね」


 不意にココアが感心したように呟いた。


「スゴイって何がだ?」

「だって、アキラは斥候系のスキルを持ってないじゃない。それなのに、私達って一度もモンスターから不意打ちを受けてないのよ」

「あ、それは私も思ってました」


 ココアの軽口にエミリーも乗って来た。


「真っ先にモンスターを見つけてくれるので、安心して歩けます」

「そうそう。余裕を持ってモンスターを迎え撃てるのよね」

「まあ、以前のパーティーでもずっと俺が先頭を歩いていたからな」


 Sランクパーティー『竜の涙』のメンバーは、俺、【勇者セイント】のイクシア、【聖騎士クルセイダー】のカルロッテ、【狩人ハンター】のドリアド、【魔女ウィッチ】のダニエラの五人となる。

 この中で比較的斥候に向いているジョブは【狩人ハンター】なのだが、ドリアドはその手の事が全くダメだった。

 実はドリアドはああ見えて結構おおざっぱで、周囲を気にもしない図太い性格をしているのだ。


「斥候というのは、ちょっとくらい臆病な方が丁度いいんだ」

「だったらエミリーに向いているかも」「だったらココアには向いていませんね」


 二人は互いに顔を見合わせて「もう!」と肩を叩き合った。


「! 二人共静かに!」


 俺は足を止めると耳を澄ました。

 ココアとエミリーは素早くしゃがんで息を殺す。

 昨日から何度も繰り返した行動だ。二人の動きは非常にスムーズで遅滞が無かった。

 その時、森に男の――いや、まだ若い少年の声が響いた。

 ココアはハッと目を見開いた。


「アキラ! これってひょっとして!」

「ああ。冒険者がモンスターに襲われているようだ」


 そう。それは少年達の悲鳴だった。




 面倒な事になった。


 トラブルの予感に、俺は舌打ちしたい気持ちを堪えた。


「モンスターに襲われているって・・・アキラ、どうするの? 助けに行く?」

「で、でも、私達では敵わないモンスターかも」


 ダンジョン内は基本的には自力救済。

 危険なダンジョンの中には衛兵の目も届かない。ある種の無法地帯だ。

 敵はモンスターだけではない。ダンジョンの中では人間も危険な敵となるのだ。


 なので冒険者は自己責任。自分達の身は自分で守らなければならない。ソロで活動する者がほとんどいないのはそのためである。

 そういった理由もあって、普通、冒険者はダンジョン内では他のパーティーには近づかない。

 それが自分達の身を守るためでもあり、相手に無用な警戒を与えないためでもあるのだ。

 例外は階層間の最短ルート、いわゆる順路くらいである。

 ここは多くの冒険者の目に晒されている。こんな場所で他の冒険者を襲うようなヤツはいない。

 そういった意味でも、順路はダンジョン内の数少ない安全領域セーフティーゾーンなのである。


 俺はチラリと横目でココアとエミリーの様子を窺った。


(ここで安易に、見捨てる、という選択も取り辛い、か)


 理屈で言えば俺達に他の冒険者を助ける義理は無い。また、見捨てたとしても非難されるようないわれはないだろう。

 だが、ココアとエミリーはまだ新人の冒険者だ。

 パーティーは仲間で、他の冒険者は仲間じゃない。仲間のためには危険を冒せるが、他者のためには危険は冒せない。そんな風には割り切れない可能性がある。

 それどころか、「この人は冒険者を見捨てた」「いざという時は自分達も見捨てるんじゃないだろうか?」そんな疑いを俺に抱くかもしれない。


(厄介だな。どうする? トラブルを承知で首を突っ込むか、あるいは二人の信頼を失っても安全を取るか)


 しかし、俺が迷っている時間はなかった。

 少年達の悲鳴が次第にこちらに近付いて来たのである。


「アキラ! 近付いて来る!」

「ああ、トレイン・・・・だ。くそっ、ココア、エミリー、荷物を置いて武器を構えろ!」


 トレインとはMMORPGの用語で、大量のモンスターのヘイトを集め、連れ回す行為の事を言う。

 経験値稼ぎの一種だが、他のプレイヤーを巻き込んでキルしてしまう事もあるため(または、それを狙った悪質なプレイヤーも存在するため)、マナーの悪い迷惑行為とされている。


 咄嗟に口を突いて出てしまった前世の言葉だが、幸いココア達は気付かなかったようだ。

 二人は荷物を降ろすと、「武装解放トランスレーション!」。戦闘の準備を整えた。


 少年達の悲鳴に混じって、バキバキと茂みをかき分ける音が聞こえて来る。

 かなり近い。

 どうやら彼らの進路にかち合ってしまったようだ。


「来るぞ! 武装解放トランスレーション!」


 俺が例のSMチックな魔力装甲マナ・アーマーを身にまとったその瞬間、三人の少年冒険者達が俺達の前に飛び出して来た。

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