第29話 パーティー始動

 俺達は一週間ぶりにダンジョンに入っていた。

 期間は一泊二日。依頼は上層のモンスターの魔石の採取。

 ハッキリ言って割は悪い。普通は上層に入りたての新人が受けるような依頼だ。

 この俺の説明に、黒髪ポニーテールの少女が「え~っ」と声を上げた。


「だったらもっと稼げる依頼を受けたら良かったのに。せっかく仕事に復帰出来たってのにさ」

「だからだ。お前は病み上がりなんだぞ」


 俺はポニーテールの少女――【闘技者モンク】のココアの不満をバッサリ切り捨てた。

 ココアはブスッと唇を尖らせた。


「――アキラってエミリーみたい」

「ちょっとココア! それってどういう意味よ!」

「口うるさい所。なに? 自分で分かってないの?」

「ココア!」

「コラ。二人共声が大きいぞ。周りに迷惑だろうが」


 ここはまだ浅層。俺達の周囲には他の冒険者達もいる。

 冒険者の通う順路とはいえ、危険なモンスターが徘徊するダンジョンである事に違いはない。多少の会話程度なら許されるが、あまり大声で騒ぐとうっかりモンスターの接近に気付かない可能性もある。


「ゴ、ゴメン」

「ごめんなさい、アキラさん」


 とはいえ、二人がはしゃぎたくなる気持ちも分からないではない。

 今日は俺達、冒険者パーティー『虹のふもと』が結成されて初めての仕事なのだ。

 実は俺も昨夜は中々寝付けずに、二度も荷物の確認をしてしまったのは秘密だ。


「でも、一週間も休んでいたんだからさ。その分稼ぎたいじゃない」

「ココアったらまだ言ってる」

「だって折角、私達もパーティーを組んだんだよ。ハチミツ採取とかしたくない?」


 ダンジョンにはそれぞれ特徴があって、このカーネルのダンジョンではハチミツ採取が主要な産業となっている。

 しかし、それは裏を返せば、このダンジョンではそれだけ多くの冒険者がハチミツ採取の依頼を受けて生活している、という事でもある。


「無理だな。俺達のパーティーは結成したばかりのEランク。最低でもDランクに上げないとギルドから依頼を回して貰えない」

「アキラでもダメ? 私はフレドリカさんならアキラが頼めば何とかしてくれそうな気がするけどなぁ」


 フレドリカは冒険者ギルドの受付嬢だ。ココアとエミリー、二人の新人冒険者の担当でもある。


「彼女は優秀なギルド職員だ。俺達のようなまだ信用の無いパーティーに重要な仕事を任せる訳がないだろ」

「あらら。フレドリカさん可哀想」

「・・・同情します」


 二人は急に残念な人を見る目で俺を見た。どういう事だ?


「まあ、あの人も自分で気付いていないみたいだし。仕方がないんじゃない?」

「あんなに分かりやすいのに」


 俺は会話の流れから、二人が何を考えているのかを大体察した。


(なる程。そう言う事か)


 どうやら二人は、フレドリカが俺に好意を持っていると――つまりは俺の事が好きなんじゃないかと思っているようだ。

 おそらく、俺がギルドでSランクパーティー『竜の涙』のカルロッテ達に絡まれた時、彼女が俺の味方をしてくれたのを見て、勘違いしたんだろう。


(そんなはずないだろうに)


 俺は二人の思い違いに呆れてしまった。

 あの時、フレドリカがカルロッテに反論したのは、彼女の職業意識の高さによるものだ。

 つまりは、彼女がそれだけ優秀なギルド職員であるが故の行動である。

 それを好きとか嫌いとか、そういった感情論で推し量るのは、彼女に対して失礼でしかないだろう。


(とはいえ、二人は十五歳。日本で言えばまだ中学に通っている年齢なんだからな)


 丁度、なんでもかんでも恋愛に結び付けて考えたがる年頃だ。

 そう考えれば二人の勘違いも分からないではなかった。


「ねえココア。アキラさんがさっきから変な目で私達を見てるんだけど」

「ああうん。なんだか妙にイラっとする顔だよね、あれ」


 二人が俺を見てヒソヒソと話をしている。

 どうやら俺の生暖かい視線が気に入らないようだ。


「おっと、三階層への階段だ。上層に入ったら順路から外れるぞ。注意しろ」

「分かった」

「は、はい」


 俺は階段に足を踏み入れた。

 階段を抜ければダンジョンの森の中。

 一週間ぶりの上層――今回の我々の仕事場である。




 上層の探索は順調に進んだ。


「せいっ!」

「ココア、一人で前に出過ぎだ! エミリーは逆に下がり過ぎだ! モンスターは後ろからも来るかもしれない! 不意打ちさえ受けなければ、このレベルのモンスターの攻撃なら魔力装甲マナ・アーマーが防いでくれる! だから俺達から離れるな!」

「は、はい!」


 とはいえ、相変わらずココアは戦っている最中は周囲が見えず、エミリーはモンスターに怯えて後ろに下がり気味ではあったが。


「おっと、甲虫系のモンスターか。コイツの硬さは厄介だ。エミリー、俺の武器にバフ強化を頼む」

「わ、分かりました! 能力向上!」


 その瞬間、俺の剣が紫色の淡い光に包まれた。

 エミリーのジョブ、【小賢者セージ】の魔法による武器強化である。

 俺のサーベルは紙でも切るように甲虫系モンスターの固い殻を断ち切った。


「やっぱりスゴイ・・・」


 エミリーは驚いているような感心しているような、何とも言えない声を上げた。

 彼女の説明によると、今まで何人もの冒険者の武器を強化して来たが、俺程容易くモンスターを切り裂く者はいなかったんだそうだ。

 そりゃまあ、俺はイクシアと一緒に五年も冒険者をやって来たからな。

 ジョブ無しの無職で彼女について行くために、今までずっと努力し続けて来た。

 武装解放トランスレーション無しの純粋な剣技だけなら、そこそこの腕前に達している自信がある。

 まあ、実際はジョブを使いこなしているような冒険者には敵わないし、ジョブ無しでもイクシア相手にはどうあがいても勝ち目はないのだが。


 こうして戦闘は終わった。

 俺は茂みの向こうに声を掛けた。


「ココア! いい加減に戻って来い!」

「・・・ごめん。私またやっちゃった」


 ココアは逃げたモンスターを追っていたが、見失ってしまったらしく、すごすごと戻って来た。


「どうも戦闘が長引くと自分の感情がコントロール出来なくなるみたいだな。・・・まあ慣れもあると思うが」


 ココアとエミリーは、本格的な上層の探索は今回が初めてとなる。

 緊張からテンションが上がり、視野が狭くなりやすいのかもしれない。


「――しまった。魔石まで切ってしまったか」


 俺は先程切り裂いたモンスターの死骸を見て舌打ちをした。

 ダンジョンのモンスターは魔石と呼ばれる結晶を核とする魔法生物だ。

 死ぬと死体はバラバラになって魔石がむき出しになる。

 俺のサーベルはその魔石も断ち切っていた。


「あ~あ。これじゃ使い物にならないね」

「エミリーの強化の魔法は確かに有効だが、強力すぎて弱いモンスター相手だとオーバースペックなのかもしれないな」

「ご、ごめんなさい」


 俺は慌てて謝るエミリーに、「いや、魔法を使うように頼んだのは俺だから」と手を振った。


「この魔石一つでいくらぐらいの買い取りになるのかな?」

「そうだな。このサイズだとせいぜい小銅貨二~三枚かな」


 日本円で言えば二百円か三百円といった所か。


「うそっ?! たったそれだけ?!」

「だから効率良く片付けていかないとな。逃げたモンスターをいつまでも追いかけては稼ぎにならない」


 ココアは、さっきの自分のミスを指摘された形になってシュンとしょげ返った。


「気を付けます」

「少しずつ慣れていけばいい」


 戦闘中、周囲が見えなくなるのはココアのジョブ、【闘技者モンク】の欠点だが、逆に言えばそれだけ戦いに集中しているという事でもある。

 上手く長所を生かしたまま欠点を補えれば、ウチのパーティーのメインアタッカーになれるだろう。

 それこそSランクパーティー『竜の涙』における不動のエース、【勇者セイント】イクシアのように。


(・・・イクシア)


 『竜の涙』は現在、マルチパーティーを組んでダンジョンアタック中だと言う。


(このダンジョンにイクシアがいる)


 ただし彼女がいるのは下層。今、俺達のいる三階層よりもずっと下。十三階層以下の深い階層である。


(まさかこんな風に彼女と離れてダンジョンに潜る日が来るなんて。少し前までは想像すら出来なかったな)


 二人で一緒に村を出て冒険者になってから五年。俺はずっとイクシアと一緒にダンジョンに潜り続けて来た。

 俺はイクシアの仲間のつもりでいた。彼女の隣に立っているつもりでいた。


(しかし、彼女はそう思っていなかった。俺の事を自分の後ろに付いて来る取り巻きか何かとしか思っていなかったんだ)


 その想像は俺の心を重くした。心臓に痛みが走り、顔から血の気が引くのが分かった。


(なんだろう。ちょっとだけ気持ち良くなって来た気も・・・やれやれ、俺というヤツは)


 俺は疼き始めたM感覚を慌てて押さえつけた。全く、油断も隙もあったもんじゃない。

 急に黙り込んだ俺に、エミリーがおずおずと声を掛けた。


「あの、どうしたんですか? アキラさん」

「ん? いや、なんでもない」


 まさか、ちょっと気持ち良くなりかけてました。などと馬鹿正直に言える訳がない。

 俺は適当に誤魔化すと魔石を拾い上げた。


「次のモンスターを探そう。のんびりしていたら今回の仕事は赤字になるぞ」


 こうして俺達は再び探索を開始した。

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