第28話 小さなひび割れ
◇◇◇◇◇◇◇◇
冒険者ギルドは、建物内に酒場を併設している場合が多い。
その方が冒険者達がギルドを待ち合わせ場所に使う際に便利だし、ギルドの方でも、報酬で懐が温かくなり財布のひもが緩んだ冒険者達から、支払った金額のいくらかを回収出来る。
需要と供給。そういった訳で、このカーネルの町の冒険者ギルドにも酒場が作られていた。
そんな酒場の一角。
三人の男達が一つのテーブルを囲んでいた。
「くそっ。面白くねえ」
髭の中年男が不機嫌そうにジョッキの中身を煽った。
禿頭の男がつまみを口に運びながら、髭の男をからかった。
「良く言うぜ、おやっさん、最初に『竜の涙』のマルチパーティーに参加した時には、『女の下でなんて働けるか』とかブーブー文句を言ってたくせに。誘われなかったら誘われなかったで不貞腐れるのかよ」
「う、うるせえ! テメエにゃ関係ねえだろうが!」
髭の男はテーブルにジョッキを叩きつけた。
「ワシはな、筋が通らないって言ってんだ! 大体、前回まで誘われて今回誘われなかったら、まるでワシのパーティーが使えねえみたいじゃねえか!」
「おやっさんのトコの『鉄の骨団』にそんな事を言うヤツがいるわけないだろ」
禿頭の男は呆れ顔で肩をすくめた。
彼らはそれぞれ、このカーネルの町の冒険者パーティーのリーダーである。
中でも髭の中年男の冒険者パーティー、『鉄の骨団』は、ここカーネルの町でも最大手となるパーティーだ。
その所属人数はなんと二十五人。
ダンジョンでの仕事以外にも、要人や商隊の護衛、果ては傭兵の仕事と、幅広い活動をこなす万能型のパーティーとして知られている。
美女ばかりのSランク勇者パーティー、『竜の涙』がダンジョンに向かったのは昨日の事だ。
『竜の涙』が目指すのは下層――最終的にはこのダンジョンの制覇にある。
その行程は長く、日程は半月から一月にも及ぶ。
それ程の長期間の遠征を、たかだか四~五人の、一つのパーティーだけで行う事は不可能だ。
ダンジョン内に持ち込む荷物だけでも、かなりの量になる。
そのため通常、下層を目指すパーティーは、他のパーティーにも協力を求めるのがセオリーとなっている。
マルチパーティーとは、このような混成パーティーの事を言うのである。
「しかし、なんだって今回はおやっさんの所がハブられたんだろうな?」
「知るかよ! くそっ! パーティー内での俺のメンツは丸つぶれだぜ!」
前回まで『竜の涙』は、ダンジョンアタックの際には、必ず『鉄の骨団』に協力を求めていた。
『鉄の骨団』のリーダーは、最初こそ女ばかりのパーティーに使われる事に抵抗を感じていたが、女だてらにダンジョンの制覇を狙う『竜の涙』の気骨に感じ入り、今ではパーティーの総力を上げて協力を行うまでになっていた。
しかし、なぜか今回は彼らに声はかからなかった。
『鉄の骨団』のリーダーは、完全に裏切られた気持ちになっていたのだった。
「『竜の涙』のリーダー、イクシアなら俺の息子の嫁にしてもいいと思っていたのによ」
「いやいや、そんな事言ってるから避けられたんじゃねえの? 大体、おやっさんの所の坊主は、まだ尻の青いガキじゃねえか」
『鉄の骨団』のリーダーの息子は今年で七歳。十九歳のイクシアとは十歳以上も年が離れている。
流石に本人も自分の言葉に無理があるとは思ったのだろう。「口が滑っただけだ。そんな事は誰にも言ってねえ」と、不機嫌そうに口をへの字に曲げた。
ここで三人目の男、派手な出で立ちの伊達男が、前髪を弄びながら呟いた。
「う~ん、これって大変言い辛い雰囲気だけど、実は僕のパーティーには『竜の涙』からマルチパーティー参加のお誘いが来たんだよね」
「はあっ?!」
「おい、マジかよ! じゃあなんでお前、こんな所で呑気に酒を飲んでるんだよ!」
「断ったからに決まってるだろ。いやね、パーティーに負傷者が出ていて人数が揃えられなかったのだよ。――まあ、仮に万全だったとしても、参加していたかどうかは微妙な所だったがね」
「おう? そりゃ一体どういうこった?」
伊達男は芝居じみた仕草で長い足を組むと、肩を大きくすくめた。
「ウチにやって来たのがモルディブ商会の使いの者だったのさ」
「モルディブ商会? なんだってそんな所が?」
モルディブ商会は衣服を扱っている商会だ。とは言っても、現代の日本とは違い、この世界はまだ産業革命が――工業化が行われていない。
店には生地が並んでいるだけで服はない。客は生地を買って店に仕立てて貰う、つまりは完全オーダーメイドの高級店である。
ちなみにそんなお金のない庶民は、古着屋でありものの服の中から選ぶ事になる。
「『竜の涙』の【
「あの黒いローブの、ちっとばかり尻が軽そうな姉ちゃんか」
「いや、おやっさん。若い娘にそれはないだろ」
『鉄の骨団』のリーダーの口の悪さに呆れる禿頭の男。
実は今回、【
伊達男は「それでね」と言葉を続けた。
「ウチのメンバーが怒っちゃって。協力を求めるのに本人ではなく商人の、しかも使いっぱしりをよこすなんて何事だ! ってね。まあ、僕も面白くはなかったからね。一応、参加出来ない理由もあったし、今回はお断りさせて貰ったって訳さ」
冒険者はメンツを第一に考える。
商人に顎で使われて面白いはずもなかった。
「どこにもあんな形で要請を出していたのなら、古株の冒険者程、機嫌を損ねてしまったんじゃないかな」
「ていうか、『竜の涙』のあの若いのはどうしたんだ? ホラ、無能のアイツだ。ウチにはいつもアイツが話を持って来ていたんだがな」
「おやっさん、知らないのか? アキラは『竜の涙』を追い出されたってよ。今、スゲエ噂になってるぜ」
「なっ?! マジかよ! それってアイツをパーティーに誘うチャンスって事じゃねえか!」
『鉄の骨団』のリーダーはギョッと目を剥いて身を乗り出した。
酔いも吹き飛んだのか、その顔は期待と興奮に輝いている。
しかし、伊達男はつまらなさそうに頷いた。
「ウチでも話題になってるね。概ね『いい気味だ』とかそんな意地の悪い意見ばかりかな」
「あーウチもそうだわ。大体、若いヤツ程そんな感じだな」
禿頭の男は「『竜の涙』は美人揃いだからな。アキラをひがんでるんだろ」と言って酒をあおった。
『鉄の骨団』のリーダーは二人の気の無い反応に、肩をガクン落とした。
「ちっ・・・。アイツがフリーになってるなら、ウチに引き入れるチャンスだと思ったのに。その様子だとダメだな」
「おやっさんでも無理かい?」
『鉄の骨団』のリーダーは残念そうにかぶりを振った。
「お前らの所でその反応なら、ウチでは絶対に無理だ。なにせウチは大所帯だからな。揉め事の火種は作っちゃならねえ」
人間三人集まると派閥が出来るのを避けられないと言う。
二十人以上もの――しかも我の強い冒険者という人種を纏めていくためには、アキラという見えている地雷を自ら踏みに行く訳にはいかなかった。
「おやっさんなら、アキラを逃がさないと思ったけどな」
「ぬかせ。どうせテメエらだってアキラを狙ってたんだろうが」
「・・・違いない」
冒険者達の間でアキラの評判は悪い。
アキラはSランクパーティーに所属しているのに、ジョブを持たない無能である。その力不足に対する嘲り。そして美女ぞろいのパーティーの唯一の男性冒険者という点に対する妬み。
実力を重視する冒険者としては当たり前の評価であり、また、魅力的な異性に囲まれている相手に対して抱く、当たり前の感情とも言えた。
しかし、それはあくまでも一般冒険者の話。
一部の者達は――特にパーティーリーダーの間では、アキラは非常に高く評価されていた。
アキラは冒険者になって五年、ずっと幼馴染のパーティーリーダー、イクシアを支え続けて来た。
ジョブを持たないアキラは、モンスターとの戦闘では彼女の役には立てない。
そこでアキラは戦闘以外の仕事――今回のようなマルチパーティーの調整、冒険者ギルドでの手続き、消耗品や装備品の手配、パーティーへの参加希望者との面接などをこなすようになっていた。
先程も言ったが、冒険者は我が強い。そして基本的には脳筋が揃っている。と言うか、ほぼ脳筋だ。
一般の冒険者ならそれでもいいが、パーティーリーダーともなると、組織には腕っぷし以外に必要なものがある事が分かって来る。
こればかりは一度、実際に人を纏める立場に立ってみないと分からないのかもしれない。
そしてそんなパーティーリーダー達にとって、アキラのような存在は喉から手が出る程欲しい人材なのであった。
「アイツは俺の右腕になれる男なんだ。【
「確かに、無職じゃなあ」
「むしろよく無職でここまで続けて来られたと言うか。その我慢強さも並の冒険者にはない資質と言うか」
三人のパーティーリーダーは「ハア・・・」と大きなため息をこぼした。
「とにかく、『竜の涙』は早まった。それだけは間違いねえ」
「だな」
噂では『竜の涙』は無職のアキラを追放し、代わりに【
三人も名前は知っている、歳は若いのにしっかりとした優秀な冒険者だ。
この選択により、『竜の涙』の戦闘力は、見かけ上は確かに上がったかもしれない。
しかし、冒険者はコンピューターゲームの操作キャラではない。血の通った生きた人間である。
単純な戦力プラスが、そのまま戦闘力の強化につながるとは限らない。
むしろ逆に戦闘力を下げる事だってあり得るのだ。
Sランク勇者パーティー『竜の涙』に生じた変化。
その歪みは、今は小さなひび割れにしか見えないかもしれない。
しかし、そのひびは大きな亀裂となり、パーティーを揺るがすまでになろうとしていた。
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