第27話 初めてのパーティーメンバー

 ココアとエミリーの話は意外な物だった。


「私とエミリーをアキラのパーティーに入れてくれない?」

「わ、私とココアを、アキラさんのパーティーに入れて下さい!」


 その真剣な表情を見れば、二人が冗談や軽口で言った訳ではない事くらいは分かる。


(いや。意外と言ってはおかしいか。最初から今回の仕事の目的はパーティーメンバー選定にあった訳だし)


 ちなみにその点は二人にも最初に言ってある。

 そして実際にこの後、俺は二人をパーティーに誘うつもりでいた。

 二人共冒険者としてはまだ未熟で、特にココアは身勝手な行動を取ったりもしたが、性格は悪くないと感じていた。

 この”性格が悪くない”という点が特に重要で、ぶっちゃけ、現時点での二人の冒険者としての腕前はさほど評価には入れていない。そっちの方は後で教えればどうとでもなるからだ。

 冒険者は、何日も同じメンバーでダンジョンに寝泊まりするような仕事だ。

 四六時中、ずっと顔を合わせる相手がイヤなヤツだと、ストレスマッハでやっていられないのだ。

 実際、人間関係がこじれて解散するパーティーはかなり多いと聞く。


 とはいえ、この時点で二人の方からこの話を持ちかけて来るとは思わなかった。

 なにせ俺は昨日、冒険者ギルドで醜態を見せてしまったばかりである。

 あの姿を見て、呆れて引くどころか、よもやパーティー入りを希望してくるとは。

 俺は不意を突かれて言葉に詰まってしまった。


 そんな俺の反応にココアとエミリーの表情が曇る。

 どうやら、俺が考え込んでしまったせいで、自分達の加入が断られるのでは? と不安になったようだ。


「ああ、済まない。急にその話が出たので、つい驚いてしまった。勿論、歓迎するよ。むしろ俺の方から二人にお願いしたい所だ。だが、良ければなぜ、俺のパーティーに入ってもいいと思ったのか、聞かせてくれないか?」


 二人はパッと明るい表情になると、互いに顔を見合わせた。


「なぜって、アキラはスゴい冒険者じゃない」

「そうです。それに私達の事を庇って、あんな目に遭ってもその事を何も言わないなんて。中々出来ない事だと思います」


 俺がスゴい冒険者だって? 俺はジョブも持たない無能――ではないか、今では。だが、【七難八苦サンドバッグ】はどう役に立つのか分からない微妙なジョブだ。

 まあ、こんな俺でも新人の目には頼もしく映った、といった所か。

 それにしても、二人を庇ったというのは・・・ああ、あれか。重装蜂メタル・ビーとの戦闘の時の話か。

 確かに、あの時はボロボロになりながら頑張ったからな。こうして自分の仕事が誰かに評価されるというのは悪くない気分だ。Sランクパーティー『竜の涙』にいた時には感じられなかった新鮮な感覚だな。


(昔の俺は、パーティーメンバーの――イクシアの足を引っ張らないために何でもやった。それでもパーティーを追放されてしまった訳だが、あの時の努力と経験は無駄ではなかった、という事か)


 『竜の涙』の名を思い出すと、未だに寂寥感に似た胸の痛みと――後、幾ばくかの思い出し興奮(?)を覚えるが、それはさておき。

 俺にココアとエミリーを加えて三人。

 これで最低限、パーティーとしての体裁が整った事になる。


(出来れば後、二~三人欲しい所だが、二人の指導も行わなければいけないしな)


 浅層で仕事をするなら今の二人の力でも十分だが、流石にそれでは俺が(主に金銭面で)キツイ。

 それに二人も早く稼げるようになりたいだろう。

 そのためには最低でも安定して低層を回れるだけの力が――理想としては中層にも挑めるだけの実力が――欲しい。

 おっと、その話は先走り過ぎか。どうやら俺は自分で思っているより、二人に褒められてテンションが上がっていたようだ。


「コホン。そ、そうか。これからよろしく頼む」

「こちらこそよろしくお願いします」

「良かったー。実はちょっと心配だったのよね。エミリーの方はともかく、私は今回、結構、やっちゃったから」


 ココアはホッと一安心したのか、屈託のない笑顔を浮かべた。


「なんだ、自覚はあったのか」

「そうなんですよアキラさん。ココアったら、『私だけ断られたらどうしよう』って、ずっと心配していたんです。私はアキラさんならきっと大丈夫だって信じてましたけど」

「ちょっとエミリー! 私、そんな事言ってない!」


 真っ赤になって否定するココア。

 だが、口には出さなくても、友達のエミリーにはバレバレだったらしい。

 実際、ココアとエミリー、どちらかだけを取る事になれば、俺はエミリーの方を選んでいただろう。

 それほど彼女のジョブ、【小賢者セージ】は魅力的だ。

 ココアには悪いが、冒険者には前衛のアタッカーが多いため、替えが効きやすい立場にある。

 俺はかぶりを振った。


「いや、エミリーだけ誘って、ココアは誘わないという選択肢は流石にないな」


 この言葉はウソではない。

 人間というのは単純に能力だけでは割り切れない。

 引っ込み思案なエミリーが、安定してパフォーマンスを発揮するためには、彼女の事を良く知る友人――ココアはパーティーに欠かせない存在だろう。


「ほらね。良かったわねココア」

「だから私はそんな事は言ってないって! ――もう、いい!」


 ココアは口をへの字に曲げると、果実水をグイっと煽った。

 俺も彼女につられて自分のカップを傾ける。


(・・・やっぱりあまり美味いものじゃないな)


 俺は少しだけガッカリした。

 とはいえ、別にこの店がイマイチという訳ではない。大抵どこの店もこんなものだ。

 俺の中に前世の記憶が――日本人、狩野かのう明煌あきらの記憶が――蘇って、実は一番困っているのは、この生活レベルの差である。

 衣・食・住の全てにおいて、この世界は日本での快適な生活の足元にすら及ばないのだ。


(アニメや漫画で、転生者が異世界で日本の暮らしを再現しようとする訳だ)


 狩野かのう明煌あきらは別にオタクという訳ではなかったが、それでも普通にスマホでアニメや漫画くらいは観ていた。

 当時、流行していたのが異世界転生と呼ばれるジャンルで、ぶっちゃけ今の俺のような状況である。

 友人の中には、その手のWeb小説を読み漁り、好きが高じて自分で書いている者もいた。


(今後の事を考えると、俺も漫画の主人公みたいに、こっちの世界で日本の料理を再現したい所だな)


 そう考えると、ココアとエミリーの家族が食堂を経営していたのは渡りに船だ。

 狩野かのう明煌あきらはずっと実家暮らしで、自分で料理をした事は無い。

 自分で日本の料理を再現しようと思えば、それこそ料理屋を開けるくらいの修行と研究が必要になるだろう。

 とても冒険者と兼業でやれるとは思えない。


「どうしたのアキラ? 急に考え込んで」

「あ、いや。なんでもない。そうだそれよりも――」


 そう。二人とパーティーを組むのなら、金の話をしておかなければならない。

 今回の仕事はお試しだったこともあって、ココアの要望を全面的に取り入れて完全に頭割りにしたが、実際にパーティーを組むとなればそうはいかない。

 パーティーとして必要な経費というものがどうしても発生するのである。


「――という訳で、食料や薬などの消耗品、それに装備の補修なんかは、今後はパーティーの経費で落としたいんだがどうだろうか?」

「あ~、うん。そうだよね。分かった」

「私もアキラさんのおっしゃる通りで構いません」


 二人は驚く程、素直に俺の提案を受け入れてくれた。


「俺としては助かるが・・・それで本当にいいのか?」

「うん。実際にアキラの盾、ボロボロになっちゃってたしね」

「もし、アキラさんが自分の盾が痛むのを気にして、重装蜂メタル・ビーの攻撃を受けてくれなくなっていたら、私もココアも無事ではすまなかったと思います」


 流石に、盾の消耗を気にして仲間の命を危険に晒すような事はしないが、二人にも俺の言いたい事は伝わったようだ。

 俺は少しだけホッとした。

 パーティーのために使われる金は、パーティーが稼いだ金の中から出すべきだ。個人が負担するようでは、そのパーティーは長続きしない。


「だから、今回稼いだお金からも、アキラさんの盾の修理代を引いて下さい」

「それは――正直言って助かるが、いいのか? 最初の話と違って来るが」

「構いません。ココアもそれで納得してますから」


 エミリーの言葉に、ココアは気まずそうに手の中でカップを弄んだ。


「今回、私はあまり役に立てなかったし。それでいいよ。それどころか、勝手に危ない依頼を受けてみんなにも迷惑をかけちゃったし」

「そうね」

「確かにな」

「もう! だから反省してるって言ったじゃない! ――いや、反省してます。だからアキラの方針に従う、従います」


 ココアは殊勝な態度でペコリと頭を下げた。


「いやいや、パーティーに入るからって、そんな風にムリして言葉遣いを変える必要はないぞ。今まで通りで大丈夫だ」

「そう? だったら良かった」

「それでアキラさん。パーティーの名前は決まっているんですか?」


 名前? そういえばまだ決めていなかったな。

 ちなみに以前まで俺が所属していたSランクパーティー、『竜の涙』の名前は俺が決めた。

 竜の涙が落ちた場所には財宝が眠っている。そんな伝説から付けた名前である。

 いかにも夢を追う冒険者らしい名前だと思ったのだが・・・そうだ。


「だったら『虹のふもと』というのはどうだろう?」

「虹のふもと? どういう意味があるんでしょうか?」

「ああ、俺の前世――ゴホン。俺が前にいた場所では、虹のふもとには宝が埋まっている、と言われていたんだ」


 宝という単語にココアが目を輝かせた。


「私はそれがいいと思う! エミリーはどう?!」

「キレイな名前だし、私もそれで構いません」


 冒険者パーティーの中には、『赤い髑髏』だの『トロールの睾丸』だのという名を付けている者達もいる。

 本人達は真面目に考えて付けた名前なのかもしれないが、エミリー的には、そういった名前にならずにホッとしているようだ。


「ならそれで決まりね! じゃあ早速、『虹のふもと』の初仕事を受けにギルドに行きましょう!」


 ココアは元気よく立ち上がると、エミリーの腕を引っ張った。

 エミリーはお菓子の皿に伸ばした所を掴まれて、「ふええ?!」と妙な声をあげた。

 俺は慌ててココアを止めた。


「いや、流石に今日は勘弁してくれ。個人的にも昨日のほとぼりが冷めるまで、しばらく冒険者ギルドには近付きたくないし、ボロボロになった盾の代わりも買いに行かなきゃならない」

「それにココアはしばらく安静にしておかないとダメなんでしょ。教会で病気の治療は受けたけど、体の毒は消えていないからって」

「あっ! ・・・そう言えばそうだった」


 ココアは水に濡れた猫のようにしょぼんと小さくなった。

 その絵に描いたようなリアクションに、俺とエミリーは思わず吹き出してしまった。


「もう! じゃあ、みんなでアキラの盾を買いに行こうよ!」

「それぐらいならいいかな」

「なら、ついでにパーティー用の道具も見ておくか」


 俺達は立ち上がると荷物を背負った。

 俺が新たに立ち上げた冒険者パーティー『虹のふもと』。

 そこに初めてのパーティーメンバーが加入した瞬間であった。




 俺がパーティーを発足してから五日。

 俺達はココアの病気の様子見で仕事は休みとしていた。

 だから俺は知らなかった。その間に俺の古巣、Sランクパーティー『竜の涙』は休みを明けて活動を再開。

 【魔女ウィッチ】のダニエラが捜して来た冒険者を仲間に加え、ダンジョンの下層を目指して出発していたのであった。

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