第26話 路地の食堂
俺達は大通りを外れて、住宅地の路地へと入った。
目の前を歩く黒髪の少女のポニーテールがリズミカルに左右に揺れる。
ポニーテールの少女――【
「ここまで来れば、お姉ちゃんの食堂はもうすぐだから!」
俺はチラリと背後を振り返った。砂色のフードを目深にかぶった少女がコクリと頷く。
ココアのチームメンバー、【
俺がなぜ、二人と一緒にこんな場所を歩いているのか。
その理由は、今から十分ほど前に遡る。
俺は冒険者ギルドの入り口が見える路地裏で、朝からずっとしゃがみ込んでいた。
待つ事、一時間弱。ようやく俺が待っていた人物達がやって来た。
「ココア、エミリー。俺だ」
「アキラさん?」
「アキラ、何でそんな所にいるの?」
俺は「いいから、いいから」と二人の背中を押すと、路地裏に連れ込んだ。
「何? どこに連れて行く気?」
「あ、あの、アキラさん?」
「どこって、とりあえず冒険者ギルドから見えない場所までだ」
俺は昨日、冒険者ギルドの中で、元パーティーメンバー、Sランク勇者パーティー『竜の涙』のメンバー達と派手なやり取りをしてしまった。
あの時は刺激的なシチュエーションだった事もあってノリノリだったが、一晩たつと流石に頭も冷える。
「・・・き、気まずい」
特に俺の数少ない味方、受付嬢のフレドリカ。彼女の前で醜態を晒してしまったのは失敗だった。
いずれは彼女に事情を説明しに行かなければならないにしても、昨日の今日ではその勇気も出なかった。
だからと言って、冒険者ギルドに顔を出さない訳にはいかない。
荷物も置き忘れたままだし、依頼の報告もしなければならないからだ。
「エミリー達に頼むしかないか」
こんな時、前世なら電話やメールの一本で済んだのだが。
俺は慌てて身支度を整えると、家を後にしたのだった。
「――という訳で、二人は俺の代わりに依頼報酬を受け取りに行って貰えないだろうか?」
「それなら昨日、私らがフレドリカさんから受け取って置いたわよ」
「その時に、一緒に、アキラさんは無実だって話をしておきました」
えっ? マジで?
二人は俺が置き忘れた荷物の中から、魔石と討伐証明を取り出し、手続きを行ってくれたんだそうだ。
昨日は荷物を忘れた事を後悔したが、結果としてそれで良かったという訳か。
しかもフレドリカに事情の説明までしてくれたという。
日本だとまだ中学生くらいの年齢なのに、なんて出来た子達だ。
「勝手にアキラさんの荷物を開けてごめんなさい」
「いや、いいんだ。むしろ助かったよ」
これで冒険者ギルドに行かずに済んだ。
俺はホッと胸をなでおろしたのだった。
「それでどうするのアキラ? 荷物はともかく、報酬はこんな場所じゃ出せないんだけど」
「ギルドの酒場で、というのも、アキラさん的にはイヤでしょうし」
まあな。出来る事なら当分、冒険者ギルドには近寄りたくない。
とはいえ、いつまでも貯金で食いつなげる訳でもないので、そのうち仕事を受けに行かなければならないのだが。
さて、だが場所と言われてもどうするか。
この近くに、以前二人と入った店があるにはあるが、この時間はどうだろうか? 混んでいる店の中で、テーブルに金を広げる気にはなれないが。
二人を俺の借家に連れ込むのも、二人の家に俺が出向くのも、どちらもあまり気が進まない。
「だったら、私のお姉ちゃんがやっている食堂に行かない? ここからならすぐの距離だし、この時間なら他にお客さんはいないと思うから」
ココアがパチンと手を打ち鳴らした。
客が少ない時間と言うならそれもアリか。
「そうか。だったらその店に案内してくれ」
「分かった。付いて来て」
ココアはポニーテールを揺らしながら先頭に立って歩き始めたのだった。
といった訳で、俺達はココアの姉がやっている食堂に向かう事になったのである。
ちなみに正確に言うと、ココアの姉の店ではなく、姉の旦那がやっている店らしい。
「エミリーのお姉さんは、私のお兄ちゃんの奥さんなんです」
エミリーが少しはにかみながら説明してくれた。
二人の仲が妙にいいと思ったら、それぞれの兄と姉が結婚していたのか。
「こんな所に食堂があったんだな」
周囲は家が立ち並んでいて、店や食堂があるようには見えない。
いわゆる”隠れた地元の名店”というヤツだろうか?
「ふうん。こんな立地条件でもやれているんだから、料理の腕前は確かなんだろうな」
「・・・はい。お兄ちゃんは凄く料理が上手だと思います」
なぜだろうか? 今のエミリーの返事はどこか元気が無いように感じられた。
「アキラ、着いたよ。ホラ、あそこ」
「おう・・・本当にこんな場所に食堂があるんだな。店も開いてるようだし、早速入ろうか」
しかし、その直後に食堂に到着してしまったため、俺は今の違和感について深く考えられなかったのだった。
食堂はこじんまりとした感じの良い店だった。
カウンターは無く、小さめのテーブルが六つ。
開店直後なのか、俺達の他に客はいなかった。
「いらっしゃい。ああエミリーちゃん。それにココアも」
奥から若い(と言っても、俺とさほど年の変わらない)女性が現れた。
ココアと同じ黒髪を後頭部でシニヨンにした、大人しそうな女性だ。
(姉妹でも、活発なココアとは対照的だな)
どっちかと言えばエミリーの姉と言われた方がしっくり来そうだ。
ココアは気安い感じで、「お姉ちゃん、テーブル使わせて貰うね」と言って、奥のテーブルに座った。
「アキラ、あれが私のお姉ちゃん。お姉ちゃん、この人はアキラ。アキラは元Sランクパーティーの冒険者なのよ」
「へえ、Sランク。確か冒険者のSランクってスゴイのよね。若いのに立派だわ」
若いって・・・俺と大して違わない年齢だろうに。
結婚しているせいだろうか、良く言えば落ち着いている、悪く言えばオバチャンっぽい反応だった。
「若いのにって――お姉ちゃん、今の反応、近所のオバチャンみたい」
「こら、ココア!」
近所のオバチャンは――いや、ココアの姉は(後で聞いたがダリアという名らしい)、生意気な妹の頭をペチンと叩いた。
「飲み物と全員で軽く摘まめる物を頼む」
「え~、別に気を使わなくてもいいのに」
「ココア、いい加減にしなさい。はい、承りました」
ダリアは俺の注文を書き留めると、店の奥に入って行った。あそこが厨房なんだろう。
「アキラさん、荷物お返しします」
「ああ、助かったよ」
エミリーが俺の荷物を持って奥から現れた。
実はココアとエミリーの二人はこの店の二階に部屋を借りているんだそうだ。
「へえ。そうだったのか」
「ああ、うん。はい、アキラ。こっちが受取証」
「ん、すまない」
俺はザッと受取証に目を通すと、合計金額を三等分した。
「一人小銀貨六枚と、大銅貨四枚と小銅貨三枚、それに賤貨四枚か。フレドリカは随分と奮発してくれたんだな」
「ええっ?! 今のでもう計算しちゃったの?!」
「頭の中だけで計算したんですか?! スゴイ!」
そうか? 二人は驚いているが、単純な計算だし、それほど難しくはないんじゃないか?
この世界は、日本円と違って、金貨、銀貨、銅貨と別れているため、多少ややこしくなるが、このくらいの計算は
Sランクパーティー『竜の涙』では俺が金を管理していたからな。
実家が商売をしているダニエラはともかく、イクシアと
カルロッテも、二人よりはまだマシ、といった程度で、計算自体は苦手としていた。
そしてココアとエミリーは、家族が食堂をやっているだけあって、計算は得意なようである。
「いやいや、頭の中だけで計算なんて、私には無理だから!」
「私は・・・出来るけど自信はないな」
ココアはブンブンと両手を振っている。
今回の報酬の合計は大銀貨一枚と、小銀貨九――ややこしいな。日本円で、大体二十万円といった所か。
実質二日の仕事が二十万。
そう考えれば随分と割が良く聞こえるが、文字通り命がけの報酬と考えればどうだろうか?
確か、スズメバチの巣を業者に頼んで駆除してもらおうと思ったら、確か一万円から五万円程かかるんじゃなかったか。
あっちも危険はあるが、ダンジョンの奥で
ちなみに俺が思っていたよりもかなり額はいい。
受付のフレドリカは随分と奮発してくれたようだ。
「じゃあ早速分配を――あっと、補助貨が混ざっているのか。まいったな。どこかで両替をして来ないと・・・」
報酬の入った袋をひっくり返すと、小さな四角い金の粒が混ざっていた。補助貨と言われる貨幣で、国が発行する正式な硬貨ではなく、庶民が便宜的に使っている代用品である。
この金の粒は粒金貨。小銀貨五枚分として流通している。
立ち上がろうとした俺を、ココアが「ちょっと待って!」と止めた。
「その事なんだけどさ――その前に話を聞いてくれない?」
「? ああ。別に構わないけど、どうした?」
ココアとエミリーは頷き合うと、俺に振り返った。
「私とエミリーをアキラのパーティーに入れてくれない?」
「わ、私とココアを、アキラさんのパーティーに入れて下さい!」
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