第25話 二人の目標
俺は寝床にしている借家に帰ると、旅装を解くのもそこそこにベッドにダイブ。
シーツを掴んで身もだえした。
「・・・ハアハア、ヤ、ヤバイ、興奮し過ぎて変になりそうだ。ハアハア」
何か冒頭から気持ち悪い感じでスマン。
俺が部屋でハアハアと仕上がっている理由。
それは言うまでもなく、さっきの冒険者ギルドの一件が原因だった。
中でも最後の土下座からの下りがマジでヤバかった。
「ヤバイなんてもんじゃない。ダニエラに頭を踏まれた時は、マジで声が出るかと思ったぜ」
咄嗟に歯を食いしばり、手のひらに爪を立てて堪えたが、危なくココアとエミリーの前で変な声を出す所だった。
そんな事をすれば二人にドン引きされていただろう。
「中学生くらいの女子の前で性癖を暴露って。日本ならマジで事案だから。社会的に抹殺されるから」
そうは言いつつも、それはそれで・・・などと思ってしまう自分が自分で恐ろしい。
いや、ホント。マジでそれだけは勘弁してくれ。
「それにしてもカルロッテ。アイツとんでもないド天然だな」
まさか、あの場で土下座をしろと言い出すとは思わなかった。
何なんだその発想。アイツは神か。俺を喜ばせるためにこの世に生まれて来た女神か。
「女神・・・ちっ。イヤな事を思い出したぜ」
女神の話はこれ以上掘り下げないようにしよう。折角のいい気分が台無しになりそうだ。
それよりもあの土下座だ。あの場であの発想が出るのは神がかっていた。
「ファインプレーだカルロッテ。ハアハア・・・思い出すだけで今日はもう何もいらないわ。このままエンドレス、記憶に浸りたいわ」
俺は余韻に浸りながら、ベッドの上で身もだえした。
やがて日が傾き、仕事を終えて家に帰る人達で外が騒がしくなり、部屋の中が薄暗くなり、窓から月明かりが差し込むようになった頃、俺はようやくベッドから体を起こした。
「暗っ! いつの間に夜になってたんだ?」
ハッと我に返ると、びっくりする程時間が過ぎていた。
確か冒険者ギルドに着いたのが昼前だから、かれこれ六時間以上もずっとベッドで浸っていた事になる。
「・・・そう考えると、我ながら非生産的な事に時間を使ってたな。それはさておき、流石に腹が減ったんだが。確か荷物の中に保存食がまだ・・・あっ!」
俺は携帯食料を取り出そうと荷物を探して、どこにも見当たらない事に気が付いた。
「しまった。冒険者ギルドに忘れて来ちまったか」
そう。俺は冒険者ギルドの受付に荷物を置いたまま、家に戻っていたのである。
「うわっ・・・。とはいえ、仕方がないかぁ。あの時は、興奮を抑えるあまりそれどころじゃなかったからな」
ココアかエミリーが気を利かせて預かってくれてるといいが・・・。
取りに行かないのかって? もう夜だし、流石の俺も今は冒険者ギルドに顔を出すのが気まずかったのだ。
「とはいえ、依頼の清算はしないといけない訳だし・・・はあ。憂鬱だ」
俺は先程までの興奮から一転、ベッドの上で頭を抱えるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
アキラが頭を抱えている丁度その頃。ココアとエミリーは食堂で夕食を摂っていた。
大通りから外れた、奥まった路地にある店で、量もそれなり、味も悪くはない――と言うよりも、どっちかと言えば良い部類に入るが、立地が悪すぎるようだ。
夕食の時間でありながら客は常連だけ。しかもテーブルはまばらにしか埋まっていなかった。
「ココア。まだ喉が痛むの?」
エミリーはココアの体を心配して尋ねた。
ココアはあまり食事が進んでいなかった。
「えっ? あ、うん。それもあるんだけどさ・・・」
ココアはひとつ前の依頼の時に負ったケガで、破傷風にかかっていた。
破傷風の特徴として、筋
そのせいでココアは最近、食事が細くなっていた。
ココアはため息をつくと手の中でフォークを弄んだ。
「それより昼間の事を思い出してた」
「アキラさんの事ね」
ココアは黙って頷いた。
彼女は、アキラがSランクパーティー『竜の涙』の【
ましてや彼女達の言っている事はほとんどが濡れ衣――理不尽な言いがかりと言ってもいいものだった。
いくら相手がSランクパーティーのメンバーだとしても――いくら相手が元、同じパーティーの仲間だったとしても――あそこまでいいように言われて引き下がるのは流石におかしい。
ココアは冒険者ギルドの受付嬢、フレドリカに事情を聞かれた時、そう言って自分の怒りをぶちまけたのだった。
フレドリカは二人から詳しい事情を聞くと、難しい顔をして考え込んだ。
「それは――多分、アキラさんはお二人の事を考えて、非難の矢面に立ったんじゃないでしょうか?」
「私達の?」
「フレドリカさん、それってどういう事でしょうか?」
フレドリカは少し説明の言葉を探した後、口を開いた。
「もしもアキラさんがあの時、本当の事を言ったとします。お二人とは臨時のパーティーを組んだだけ。討伐依頼を受けたのは新人のココアさんで、自分は全く知らなかった。ダンジョンから戻った後で教会に行っていたのも、今回のケガの治療ではなく、前回のケガをココアさんが黙っていたのが悪化した物だった――」
「――あっ」
ココアは、フレドリカが事実だけを端的に羅列した事で、ハッと我に返った。
彼女はフレドリカの言いたい事に――全ては自分のしでかしが原因だった事に――気が付いたのだ。
「アキラさんは私達を庇って、何も言わなかった。そういう事だったんでしょうか?」
「きっと、そうなんじゃないかしら。あの場には他の冒険者の人達も大勢いたでしょう? 新人のあなたたちはどうしても冒険者の間で立場が弱い。アキラさんは二人に”勝手な事をする人間”というイメージが付く事を気にしたんだと思うわ。あの人もSランクパーティーの唯一の男性冒険者として、色々と言われてるみたいだし。そんな風に周りから悪く見られる辛さを良く知っているんでしょうね」
良くも悪くもSランク勇者パーティー『竜の涙』は、周囲の耳目を集める存在だ。
アキラはそんなSランクパーティーに所属する唯一の男性冒険者として、他の(主に男の)冒険者達から妬みや嫉妬を含んだ様々な視線に晒されて来た。
ましてや彼はジョブすら発現していない無能。
「イクシアの金魚のフン」「『竜の涙』の寄生虫」等、心ない陰口の数々が本人の耳にも入っていた事だろう。
「ココアさんとエミリーさんは新人冒険者で、経験も実績も他の冒険者達にはかないません。それなのに悪評まで付けば、今後お二人と組んでくれるチームや、お二人を受け入れてくれるパーティーが無くなってしまうかもしれない。アキラさんはそう考えたのではないでしょうか」
「そ、それは・・・」
エイミーのジョブ、【
確かに、ここで悪評まで立てば、誰もココアと組みたがらなくなる可能性は十分に考えられた。
(そんな・・・それじゃアキラは私の事を心配して、あんな風に言われたい放題、濡れ衣を着せられたって言うの? みんなの前で土下座までさせられたって言うの?)
ココアはフレドリカの説明にショックを受けていた。
それと同時に、自分が恩知らずにもそんなアキラの態度に、煮え切らなさや憤りを感じていた事が恥ずかしくなった。
出来ならこの場から消えて無くなりたい。
彼女は強くそう願った。
(でも、私は今、冒険者を諦める訳にはいかない。エミリーだってそうよ。だったら・・・あっ、そうか。だからアキラは)
アキラは元々、女性ばかりのSランクパーティー『竜の涙』のメンバーだった。
女性が冒険者という職業を選ぶ。その意味を知っているのだろう。
普通に働くだけなら、何もこんな危険な職業に就く理由はない。お針子でもやればいいのだ。
しかし、冒険者になるような女性は、そうするしかない何らかの事情を抱えている。
彼にはその事が良く分かっているのだ。
ココアはアキラの思慮深さ、情け深さに気付かされ、打ちのめされた気分になっていた。
エミリーは小さく頷いた。
「アキラさんは私達の事を考えてくれて・・・。本当はあんなにスゴイ冒険者なのに」
エミリーは冒険者になって、これまでアキラ程頼りになる冒険者と組んだ事は一度も無かった。
「そうそう。通路の先にいるモンスターの、しかも数まで分かるんだから驚くわよね」
「それにダンジョンの地図とか、全部頭の中に入っているみたいだったし」
「結局、血まみれ蜂の攻撃も全部一人で受け止めちゃったし。私はすぐ近くで見てたけど、あれはホントにスゴかったわ。ズドーンって大きな音がして盾が割れるんじゃないかと思ったもの」
エミリーは空になった料理の皿に目を落とした。
「それにアキラさんが作ってくれた雑炊も美味しかったな。ダンジョンの中でちゃんとしたお料理が食べられるとは思わなかった」
「エミリーは私の分まで食べてたよね」
「も、もう! それを言わないで! お腹が空いてたんだから仕方ないじゃない! ココアだって病気じゃなかったら、絶対私くらい食べてたに決まってるから!」
ココアがからかうと、エミリーは顔を赤くして彼女の服を掴んだ。
そうしてひとしきり騒ぎ終えると、ココアは真面目な顔でエミリーを見つめた。
「・・・ねえ、エミリー。今回の仕事って、アキラとパーティーを組んだというより、アキラのパーティーにお試しで参加する、って感じだったのよね?」
「うん」
ココアは少しためらった後、コホンと一つ咳ばらいをした。
「私、アキラの作るパーティーにだったら入ってもいいって思った。エミリーはどう?」
エミリーはコクリと頷いた。
「私もアキラさんは信用出してもいい人だと思った」
アキラは冒険者としての知識も経験も豊富で、探索でも戦闘でも頼りになる。
何よりもその思慮深さ、人柄が尊敬出来る。
二人にとっても彼は「自分もいずれこうなりたい」と素直に思える、目標にしたくなる人物だった。
ココアはパッと笑みを浮かべた。
「そう?! だったら明日、二人でアキラに言おうよ! アキラのパーティーに入るって!」
「うん」
エミリーは親友につられて笑みを浮かべると共に、「あっ」と何かに気付いた声を上げた。
「ひょっとして、さっきからココアが妙に黙り込んでいたのって、今の話をしようとして言い出せずにいたの?」
「なっ?! そ、そんな事ないし!」
ココアは思わず反射的にエミリーの言葉を否定したが、焦り過ぎて裏返った声が全てを台無しにしていた。
エミリーは堪えきれずに笑い出し、ココアはバツの悪い思いを味わうのだった。
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