第24話 【魔女《ウィッチ》】のダニエラ
◇◇◇◇◇◇◇◇
「アキラ・・・さん」
エミリーの口から思わず声が漏れた。
アキラは二人に対して土下座をしたまま動かない。
シンと静まり返った冒険者ギルドの中、Sランクパーティー『竜の涙』の【
そして突然、彼女はアキラの頭を踏みつけた。
「ぐっ・・・!」
「ちょ、ダニエラさん!」
ギルドの受付嬢、フレドリカが悲鳴をあげた。
「ダニエラさん! やり過ぎです!」
「そうだぞダニエラ」
ダニエラのパーティーメンバー、赤毛の【
「せっかくアキラが謝罪しているのに、横から出しゃばるのは良くない」
「ハイハイ。悪かったわよ」
ダニエラは軽く肩をすくめると意外とあっさり引き下がった。
(まあ、これだけ恥をかかせておけば、流石にこの町にもいられないっしょ)
アキラは怒りで耳まで真っ赤にしながら、体を震わせ、拳を固く握りしめている。ように見えた。
歯を食いしばり、今にも爆発しそうな感情をグッと堪えている。
(とはいえ、ここまでされても何も言い返さなかったのは、ちょっと意外だったかも~)
元々アキラは口数の多い方ではないが、決して無口では無い。
とはいえ、ダニエラがそこそこ名の知れた商会の娘に対して、アキラは辺鄙な村で生まれ育ったただの村人である。
ロクな教養も無いアキラごときに(※ただしアキラの前世、
(まあ、それもあって、パーティーメンバーを連れて来たんだけどさ)
アキラが口で負けた腹いせに暴力に訴えて来る可能性は十分に考えられた。
【
とはいえ、町中で
しかし、カルロッテとドリアドがいれば大丈夫だ。
それにイクシア。
彼女の剣技はジョブ無しでもずば抜けていた。
カルロッテはアキラのしおらしい態度に満足したようだ。ギルドの職員に向かって「邪魔をしたな」と謝った。
そのまま彼女は踵を返すと、大股でこの場から立ち去っていった。
「ちょっと、カルロッテ! あんた勝手に・・・はあ。まあいいわ。行きましょう、みんな」
「ああ」
「――――」
【
こうしてSランク勇者パーティー『竜の涙』のメンバーは、現れた時と同様に唐突にこの場を去って行ったのだった。
『竜の涙』の美女達がいなくなると、ギルド内に喧騒が蘇った。
冒険者達が口々に今の出来事を語り合う中、ココアとエミリーははじかれたようにアキラに駆け寄った。
「アキラ!」
「アキラさん!」
アキラはうずくまったまま、屈辱に震えている。
そんなアキラの姿にココアは怒りの感情を爆発させた。
「何がSランクパーティーよ、イヤなヤツら! 一方的に勝手な事ばかり言ってアキラを悪者にして! アキラも黙ってないで言い返してやれば良かったのに!」
「コ、ココア、や、やめようよ」
エミリーはおどおどと周囲を見回した。
「『竜の涙』の人達の耳に入ったらどうするの?」
「それは――ふん! べ、別にどうって事ないわ!」
ココアは鼻息も荒く胸を反らしたが、空威張りである事は明白だった。
新人冒険者がSランクパーティーに睨まれて、ロクな事がある訳はない。
アキラはしばらくそのままでいたが、やがて立ち上がると二人から眼をそむけた。
「・・・すまん。悪いが今は放っておいてくれ」
「う、うん。それはいいけど」
「あ、あの、わ、私とココアはアキラさんの事を信じてますから」
アキラはエミリーの言葉には答えず、足早にギルドを後にした。
後に残された二人は顔を見合わせていたが、「じゃあ私らも帰ろうか」「う、うん」荷物を背負い直そうとして、アキラの荷物に気が付いた。
「あ、アキラさん、荷物を忘れてる」
「仕方がないわね。今日の所は私らが預かっておこうか」
アキラの荷物に手を伸ばしたココアの腕を、女性の手が掴んだ。
「フレドリカさん」
「・・・お二人共、詳しい話を聞かせてくれますよね?」
ギルドの受付嬢、フレドリカは険しい表情で二人に詰め寄った。
カーネルの町の目抜き通りを歩く三人の美女達。
その華やかさに若い男達が振り返るが、声を掛ける者はいない。
彼女達が有名なSランク勇者パーティー、『竜の涙』のメンバーだと知っているからである。
【
目障りなアキラをパーティーから追放する事に成功したばかりか、町からも追い出せそうな展開になったからである。
(これでもしも急にイクシアの気が変わったとしても、二度とアキラがパーティーに戻って来る事は無いわね。いいよ、いいよ。最高かぁ~)
彼女がここまでアキラを排除しようとする理由。それは、Sランク勇者パーティー『竜の涙』のブランド力を上げるためである。
『竜の涙』は銀髪の美女、リーダーのイクシアのカリスマもさる事ながら、【
実力と華やかさを兼ね備えた、この国でも他に類を見ない唯一無二の冒険者パーティーであった。
(私は『竜の涙』を――このパーティーを王国随一の冒険者パーティーにしてみせる! いずれは王都でも売り出して、宮廷貴族――いや、王族の目に留まり、王城に呼ばれるまでに登り詰める! イクシアと一緒なら、それも不可能じゃないわ!)
ダニエラはイクシア程、才能に満ち溢れた人間を見た事が無かった。
まるで人形のような美貌。すらりと伸びた美しい手足。輝くような白銀の髪。それでいて剣技の冴えは他の追随を許さない。
剣に愛された乙女。美剣神。
イクシアはかつていた町でそう呼ばれていた。
(美剣神イクシアと、美しき冒険者達。フフフ・・・ぶっちゃけアキラの存在は目障りだったのよね)
アキラはイクシアの幼馴染。同じ村から出て来て一緒に冒険者になった仲間。
しかし、天に愛されたイクシアに対し、アキラはただの凡人――いや、冒険者としての実力はそれ以下だった。
何せ彼は、冒険者なら誰でも持っているジョブを発現出来なかったのだ。
ダニエラは以前から、商人の娘らしい計算高さで、このパーティー、『竜の涙』の価値を高めるためには、アキラの存在がネックになると考えていた。
(アキラはいらない。いや、イクシアの持つある種の神秘性、穢れのない美を損なうという意味では害悪ですらあるわ)
彼女の中では、アキラはイクシアという女神を崇める信奉者。
今まではその献身的な働きが役に立つ事もあったが、今後、『竜の涙』を貴族社会に売り出す際には、存在それ自体が邪魔になる。
『竜の涙』にアキラという異物はいらない。
裏方の仕事が必要なら、自分の実家に頼めばいいのである。
(王都の貴族と、ましてや王族と伝手が出来るとなれば、きっとパパも目の色を変えるに決まっているわ)
ダニエラは二歳年上の姉の顔を思い浮かべた。
姉の横には、彼女の夫、ハンサムな青年が立っている。
(シンディー。私からカールを奪った事を死ぬほど後悔させてやる)
シンディーはダニエラの姉。カールは商会の番頭。
カールは自分の雇い主の長女シンディーを妻に迎え、今では商会の跡継ぎになっている。
彼はダニエラの初恋の相手でもあった。
ダニエラは湧き上がる暗い復讐心に醜く顔を歪めた。
その時ダニエラは、いつの間にかイクシアが立ち止まって、こちらをジッと見ている事に気が付いた。
彼女は慌てていつも仲間に対して見せている軽い態度を装った。
「あれあれ? どうしたの、イクシア。急に立ち止まったりして。何か気になる物でもあった?」
イクシアは表情はそのままに、少しだけ視線を反らした。
これは彼女が何かを考えている時の癖である。
「さっきの冒険者ギルドの事だけど」
ダニエラは内心で気を引き締めた。
(ひょっとして調子に乗り過ぎた? 最後にアキラの頭を踏んだのはやり過ぎだったかも。カルロッテも不快そうにしていたし、もしもイクシアがアキラに同情したとしたら最悪だわ)
もし、イクシアがアキラに対して幼馴染みとしての情を思い出し、パーティーに呼び戻すと言い出したら・・・。
最悪の想像にダニエラはヒヤリとした。
しかし、次のイクシアの言葉は完全に彼女の予想外のものだった。
「あなたにはあれがアキラに見えた?」
「は?」
ダニエラは一瞬、イクシアの言葉の意味が理解出来なかった。
「アキラに見えたって・・・あれはどう見てもアキラだったっしょ」
「ドリアド。あなたはどう?」
「イクシア。あなた何を言っているの?」
そんな彼女の数少ない例外がイクシアである。
しかし、そのドリアドにしても、流石に今のイクシアの言葉には呆れているようだ。
「あれはアキラだったじゃない」
「ふうん。みんなはあれをアキラだと思ったんだ」
「? あれがアキラでなければ誰な訳?」
しかし、イクシアはこの質問には答えなかった。
こうなった時の彼女には何を言っても無駄だ。
ダニエラはドリアドと困り顔を見合わせるのだった。
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