第23話 土下座
Sランク勇者パーティー『竜の涙』の【
「アキラ、今のダニエラの話は本当か? お前は新人冒険者二人に無理をさせ、ケガまで負わせたというのか?」
落ち着け、カルロッテ。
と言うかその目はよせ。興奮するだろうが。
二人に無理をさせたかどうかで言えば、無理はさせたと思う。
これでは、無理はさせていない、とは言えないだろう。
それにココアは破傷風の疑いが強かった。
彼女の体を第一に考えるなら、あの時点で探索を切り上げて町に戻るべきだった。
それをしなかったのは、俺の冒険者としてのメンツを守るためだ。
――最も、こんな状況になってしまっては、メンツも何もあったもんじゃないが。
ココアのケガに関しては、全くの濡れ衣だ。
彼女は俺とパーティーを組む前からケガをしていた。
教会に治療に行ったのはその治療であって、
しかし、それを素直に説明するのはためらわれた。
だって、せっかくいい感じに睨まれているのに、勿体ないじゃないか。
「・・・そうか。良く分かった」
俺の躊躇いを、肯定ないしは後ろめたさのためと捉えたのだろう。
カルロッテが俺を睨み付けた。
かつてパーティーを組んでいた頃、一度も聞いた事の無いドスの利いた低い声だ。どうやら彼女は本気で俺に怒っているらしい。
俺にとってはご褒美だが、普通ならば恐怖で震えあがっていた所だ。
(こんな性癖で何かスマン)
Sランクパーティー『竜の涙』の【
「ふうん。
「最低だな、アキラ」
【
ダニエラの想像は全くのお門違い、彼女の勘違いなのだが、カルロッテとダニエラ、そして冒険者ギルドの受付嬢フレドリカまでもが俺を軽蔑の眼差しで睨むものだから、どうしても否定する事が出来ない。
むしろもっと煽って欲しいくらいだ。
どうにかして、今より更に刺激的に出来ないだろうか?
「その通りだ」と肯定する? いや、それだとカルロッテが激怒して俺が殴られて終わりな気がする。
それはそれで魅力的だが、今の俺の気分は、もっとこのひり付くような緊張感をエンジョイしたい。虫のように見下して貰いたい。
俺は何か良いアイデアは無いかとチラリと周囲を見回した。
その時、熱に浮かされた俺の目に、泣きそうな顔でこちらを見つめる二人の少女の姿が映った。
(・・・ココア。エミリー)
その瞬間、俺は頭から冷水を被せられた気がした。
当然、二人は事情を知っている。ダニエラの推理が間違っている事も良く知っているのだ。
(二人が心配してくれているというのに俺は、感情に振り回されて、自分が気持ち良くなる事しか考えていなかった・・・)
彼女達はまるで自分自身が非難されているかのように、俺への中傷に心を痛めている。
それなのに俺というヤツは、今の状況をコッソリ楽しんでいるばかりか、「もっと酷く出来ないか」とヒントまで探していたのだ。
俺は自分が酷く薄汚い人間に思えて仕方が無かった。
(こんな男は罵られても当然か・・・)
俺は二人に申し訳ないと反省すると同時に、「心を強く持たなければ」と決意した。
「アキラ」
カルロッテが俺の名前を呼んだ。
それはとげとげしく、冷たい声音だった。
俺は思わずちょっと気持ち良くなったが、反省した俺は今までの俺とは違う。
安易に感情に流されるような事はなかった。
俺は確固たる意志を込めてカルロッテに向き直った。
彼女は足元を――冒険者ギルドの床を指差していた。
「二人に謝れ。ここで土下座をするんだ」
「な・・・土下座だと?!」
すまん。ココア、エミリー。
心を強く持つのはまたの機会にさせてくれ。
その発想は無かった・・・。
カルロッテの言葉は俺にとって完全なる予想外だった。
予想外過ぎて、直前に反省していた心を忘れてしまった程だった。
「ここでか?」
「そうだ。土下座して二人に謝れ」
お前、何と言う事を・・・
俺はココアとエミリーの二人を見た。
二人は必死にプルプルと頭を振っている。「そんな事しなくていい」と言いたいのだ。
それはそうだ。事情を知っている彼女達にすれば、そんな事をされても気まずくなるだけに決まっている。
俺はもう一度カルロッテに振り返った。
「お前、天才か」
「何だと?」
「ゴホン。何でもない」
いかん。つい感極まって声に出てしまった。
しかし、これで確信した。今の俺にとってカルロッテは得難い人材だ。彼女は無自覚に俺のM心を満たしてくれる。
そしてここまでカルロッテを煽ってくれた、【
俺は嗜虐的なニヤニヤ笑いをしているダニエラに、感謝の念を込めて力強く頷いておいた。
ダニエラは意味が分からず怪訝な表情を浮かべた。
「後で二人に謝るのではダメか?」
「ダメだ! ここで謝れ!」
俺は往生際が悪いふりをしてカルロッテを煽った。
心情としては直ぐにでも土下座をしたい気分だったが、あえてもったい付けてみたのだ。
「さあ、やれ。それとも私が頭を押さえつけないと出来ないか」
「それはそれで・・・あ、いや、分かった」
お前、どれだけ俺を喜ばせれば気が済むんだ。
俺はカルロッテの尽きないアイデアに戦慄すら覚えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
全員が声も無く見守る中、アキラはココアとエミリー、二人の前に立った。
「アキラ・・・そんな」
「アキラさん」
ココアとエミリーの口から押し殺した声が漏れる。
アキラは軽く手を上げて二人の言葉を遮った。
「二人共――いいんだ」
アキラはそのままゆっくりとギルドの床に両ひざをついた。
彼の顔は羞恥と屈辱感、それと怒りに歪んでいた。
少なくともここにいる全員はそう思った。
「情けねえヤツ。女に言われて土下座するのかよ」
「しっ。聞こえるぞ」
「構うもんか。こんな場所でやってる方が悪いんだよ」
野次馬から心ない罵声が浴びせられる。
アキラはチラリとそちらの方を見ると、不愉快そうに舌打ちをした。
【
アキラはチラリとダニエラの方を見ると、今度はまんざらでもなさそうに鼻を鳴らした。
ダニエラは「はあっ?」と眉間にしわを寄せた。
「いや、おかしいでしょ。そうはならないわよね?」
「どうしたダニエラ」
「おい、カルロッテ、よそ見をするな。ちゃんとこっちを見てろ」
ダニエラが思わず漏らした言葉に反応するカルロッテ。そんなカルロッテを注意するアキラ。
「何でアンタが注意するのよ。何? ひょっとして土下座したいの?」
「「そんな訳ないだろう」」
アキラとカルロッテの言葉が重なった。
ダニエラも言ってはみたものの、本気でアキラが土下座をさせられて喜んでいるとは思っていない。
あるいは以前からアキラにそんな趣味が――マゾ的な性癖が――あれば気付いたかもしれないが、アキラがこの性癖に目覚めたのはほんの数日前。
それで彼女に察しろと言うのは無理があった。
アキラは正座をすると両手を前に付いた。
「ココア、エミリー」
二人はビクリと身をすくめた。
「・・・今回は済まなかった」
アキラは深々と頭を下げると、床に額を押し付けた。
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