第21話 濡れ衣
依頼の報告に来た冒険者ギルドで、俺は思いもかけない遭遇をしていた。
「教会で見かけた時に荷物を背負っていたからさ。ダンジョンから帰った所だと思ったのよね~」
Sランク勇者パーティー『竜の涙』の【
意外な事に、彼女達は俺に何か用があってギルドにやって来たらしい。
彼女の言葉によれば、ココアの治療に寄った教会にダニエラもいたようだ。
(・・・全く気が付かなかった)
確かに、ダニエラのジョブは【
それを思い付かなかった俺が迂闊だったのだ。
(知っていれば、あの時外で待っていたものを――)
「アキラ。お前が少女二人を連れ回していたというのは・・・どうやら本当だったようだな。パーティーを追い出されただけではまだ足りないのか」
怒気を含んだ固い声。これは【
この険しい声から察するに、俺が『竜の涙』の名前を使って、何も知らない少女達を騙していると思っているようだ。
俺は彼女達に背を向けたまま考えた。
(多分、犯人はダニエラだな。あるいは【
【
それに【
人一倍正義感が強く石頭のカルロッテは、ダニエラ達の根も葉もない中傷を信じ込み、俺を冒険者に憧れる少女をたぶらかした卑劣漢だと思ったのだろう。
良く言えば真っ直ぐ。悪く言えば騙されやすい彼女ならありそうな話だ。
そうして彼女は怒りのまま、この冒険者ギルドへと直行した。他のメンバーは彼女の付き添い、といった所か。
「アキラ! こっちを向け! お前に話しているんだ!」
「ア、アキラさん・・・」
受付嬢のフレドリカが震える声で俺の名を呼んだ。
怒った冒険者が恐ろしいのだろう。ましてや長身のカルロッテ。ましてや『竜の涙』のSランク冒険者である。
「・・・・・・」
俺は一度目を閉じると――覚悟を決めて振り返った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
アキラはゆっくりと振り返った。
彼を取り囲むように立っている三人の美女達。
燃えるような赤毛の長身の美女。【
スラリと背の高い
全身黒ずくめの美女。【
Sランク勇者パーティーのリーダー、氷のような美貌の持ち主。【
「・・・俺に何の用だ?」
アキラの言葉にカルロッテの
「何の用だと?! 胸に手を当てて自分の心に聞いてみるがいい!」
「勘違いじゃないか? 俺には心当たりがないんだが」
「とぼけるな!」
カルロッテは怯えるようにアキラの後ろに隠れている二人の少女を――ココアとエミリーを指差した。
「年端もいかぬ少女達を騙して連れ回していただろうが! ちゃんとダニエラが見ているんだぞ!」
アキラは誰にも聞こえない程の小さな声で「やはりダニエラに何かを吹き込まれたのか」と呟いた。
ココアが慌てて叫んだ。
「だ、騙すだなんて。私達はアキラとパーティーを――」
「止めろ」
しかし、アキラは手を上げて彼女の言葉を遮った。
「えっ? 何で」
「下がってろ。今はいい所――ゴホン。彼女が用があるのは俺だ」
ココアは到底納得出来なかったが、アキラの怒りを含んだ目に睨まれ、引き下がらざるを得なかった。
(あのアキラが怒ってる・・・私が勝手に依頼を受けていた事を知った時だって、こんなに怒らなかったのに。昔のパーティーメンバーに――仲間だった人達に疑われているのがよっぽど悔しいんだ)
「俺が二人を連れ回していたからどうだと言うんだ? お前達には関係のない話だろう」
「開き直るのか! この下衆が!」
カルロッテは腕を伸ばすとアキラの胸倉を掴み上げた。
アキラの口が嬉しそうに――いや、苦しそうに歪む。
「いいや、何度でも言ってやる。お前達には関係ない話だ」
「まだ言うのか、貴様!」
ココアとエミリーはハラハラしながら二人を見守った。
(アキラ! 言い方! なんでちゃんと説明しないのよ!)
二人はアキラが怒りのあまり、引くに引けなくなったのだと思った。
しかしこれでは事態が悪化するばかりだ。
開き直っているようにしか見えないアキラに、Sランク勇者パーティー『竜の涙』のメンバーは蔑みの目を向けている。
そんな美女達の視線を受け、アキラは喜びに――いや、怒りに顔を朱に染めた。
正に一触即発。
しかし、ここで割って入ったのは意外な人物だった。
「ま、待ってください!」
受付嬢のフレドリカである。
「ココアさんとエミリーさんは冒険者です! 何も騙されてなんていません!」
「よせ、フレドリカ! あんたには関係ない話だ!」
「いいえ、言わせて下さい! アキラさんが私の心配をしてくれるのは嬉しいですが、担当している冒険者の方が濡れ衣を着せられているのを黙って見てはいられません!」
アキラは「いや、心配とかそんなつもりは」などとゴニョニョと口ごもっている。
フレドリカはココアとエミリーの二人を指差した。
「ココアさんおジョブは【
「なん――だと? 二人が冒険者?」
ダニエラは凛々しい眉をひそめた。
【
(【
実は彼女はアキラの抜けた穴を埋めるための即戦力として、【
(新人だったのかあ。流石にSランクパーティーには誘えないわね。残念)
ダニエラは密かにガッカリした。そんな彼女にカルロッテが尋ねた。
「ダニエラ」
「ん? 何? カルロッテ」
「【
「・・・あなたね。後で教えてあげるわ」
カルロッテは受付嬢のフレドリカに振り返った。
「私はアキラが二人の少女を連れ回して淫行に及んでいると聞いたが」
「淫行? それは――」
「アキラさんはもう喋らないで下さい! さっきも言いましたが、そんな事はありません!」
アキラはフレドリカにピシャリと遮られ、なぜか頬を染めて黙り込んだ。
ココアとエミリーは、そんなアキラの反応に怪訝な表情を浮かべたが、(きっとフレドリカさんに庇って貰って嬉しかったんだろうな)などと、勝手に納得していた。
カルロッテは二人に振り返った。
「そこの二人。二人はアキラにいやらしい事を要求されているんじゃないのか?」
ココアとエミリーは顔を真っ赤にして、慌てて首を振った。
「ち、違いますっ!」
「う――っ!」
ココアは全力で否定した。エミリーは・・・彼女は恥ずかしさのあまり言葉が出ないようだ。
それでも体全体を使ったジェスチャーで、カルロッテの言葉を否定した。
冒険者ギルドの職員フレドリカ。そしてココアとエミリー。
当事者全員に否定され、さすがにカルロッテも考え込んだ。
分かって貰えた。
三人はそう思った。というよりも、普通は今のカルロッテの姿を見ればそう思うだろう。
カルロッテは顔を上げるとキッパリと言った。
「君達の話は分かった」
「そうですか。では――」
「だが、私はパーティーメンバーの言葉の方を信じる」
カルロッテの言葉は意外なものだった。
呆気にとられるフレドリカ達。彼女達はカルロッテの事を知らなかった。
確かにカルロッテは強い正義感の持ち主だ。ただし、”何があっても仲間を信じる”という強い信念の持ち主でもあるのだ。
Sランクパーティー『竜の涙』のメンバーは全員、そして元、メンバーだったアキラもその事をイヤと言う程知っていた。
「私は周りが何を言おうと、最後まで仲間を信じる! 仮に仲間が間違っていたとしても、最後まで信じ抜くのが本当の仲間だ!」
「そ、それは・・・」
その信念は尊敬出来るし、言葉自体は立派――な気もする。
しかし、それはあまりに視野が狭すぎて、パーティーメンバー以外の人間にとっては迷惑な話だった。
「あなたがアキラに二人を斡旋したとの話だが、それはこの男を庇っての事ではないのか?」
「そんな事はありません! そうだ! アキラさん達はちゃんとパーティーとして依頼も達成しています!」
フレドリカはハッと思い付くと、目の前の――先程アキラがカウンターに置いた依頼用紙を手に取った。
全員の視線が依頼用紙に集中する。
その時、アキラは何かに気付いたのか、サッと表情をこわばらせた。
そしてそれに目ざとく気付いた者がいた。
【
彼女は自分達の旗色が悪くなっているのを敏感に察していた。
(あそこでギルドの職員が口を挟んで来たのは予想外だったわ。せっかくアキラを徹底的に潰して、この町から――イクシアの前から消し去るチャンスだと思ったのに)
彼女はカルロッテの不甲斐なさにも腹を立てていた。
(カルロッテは正面から行き過ぎ。先ずはアキラを完全に悪者に仕立て上げてから、問い詰めるべきだったのに。まあ、カルロッテにそれが出来なのは最初から分かってたけどさ)
この場の空気は、アキラを非難する流れから外れつつある。
今はどちらかと言えば、聞き分けのないカルロッテに戸惑っている感じだ。
アキラを陥れたいダニエラにとっては面白くない展開だった。
(本当に目障りな男!)
ダニエラは苛立ちを込めてアキラを睨んだ。
そのせいで――そのおかげで? だろうか。彼女はアキラの表情の変化に気が付いた。
あの依頼用紙には、アキラにとって都合の悪い何かがある。
それは直感だった。
そしてダニエラは自分の直感に従って、カウンターに向かった。
「ふうん、そうなんだ。私に見せて貰ってもいいかな?」
「!」
その瞬間、アキラはギクリと体をこわばらせた。
明らかに不自然な反応だ。
ダニエラの赤い唇がニヤリと吊り上がった。
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