第48話 叫び

「大丈夫だエミリー。コイツで最後だ」


 俺はモンスターに止めを刺すと、背後のエミリーに振り返った。

 エミリーはおっかなびっくり。

 モンスターがグズグズと体を崩し、いくつかの部位と魔核を残して消えたのを確認すると、申し訳なさそうにしながら俺の所にやって来た。


「ご、ごめんなさい、アキラさん。全然役に立てなくて」

「今は仕方がない。無理する事は無いさ」


 中層でダンジョンのボス、守護者ガーディアンと戦ってから三日後。俺達『虹のふもと』は中層へとやって来ていた。

 ちなみに今、俺が止めを刺したモンスターはジェネラルスネークという蛇型のモンスターだ。

 サイズによって体色が異なるモンスターで、俺達が戦ったのは一番小型の青ジェネラルスネーク。最大の赤ジェネラルスネークともなれば体長が十メートルを超えるそうだ。

 エミリーは余程ガーディアンとの戦いが恐ろしかったのだろう。

 ジェネラルスネークを――蛇の姿を見た途端、悲鳴を上げて逃げ出してしまったのである。


「い、いえ! いつまでも怖がってはいられません! わ、私だってDランクパーティーのメンバーなんですから!」

「そ、そうか。ボチボチ慣れて行けばいいさ」


 エミリーは拳を握りしめてフンスと気合を入れた。

 まあ、向上心があるのは良い事だ。とはいえ、彼女はまだ冒険者としての経験が不足している。変な形で暴走しないよう、俺が注意をしておくべきだろう。


 ガーディアンとの戦いで、俺達のパーティー『虹のふもと』はEランクからDランクに昇格した。

 なんでもこのカーネルの町の冒険者パーティーでは、最短記録らしい。

 馴染みのギルドの受付嬢、フレドリカからこの話を聞かされた時、ココアとエミリーは嬉しそうにしていたが、俺は素直には喜べなかった。


「なんで? アキラは嬉しくないの? ギルドに私達の実力が認められたのよ?」

「いや。確かに今後、受けられる仕事が増えるのはありがたいんだが、最短記録とか流石に悪目立ちし過ぎじゃないか?」


 俺はSランクパーティー『竜の涙』に所属していた時、常に周囲の冒険者達からのやっかみや妬みに晒されていた。

 こんな風に急に昇格してしまうと、また周囲の嫉妬を集めてしまうのではないか? 俺はそう思って喜べなかったのだ。


「それなら大丈夫だと思いますよ」


 フレドリカは嬉しそうに大きく頷いた。


守護者ガーディアンとの戦いでは、皆さん『虹のふもと』は大活躍だったそうじゃありませんか。逆に他の冒険者の方達からは『あいつらがEランクとかあり得ないだろう』とか、『俺達より強いヤツらがずっと格下とか、どう接していいか分からずに困るんだが』など、不満が寄せられていたくらいですから」


 マジか。本当にそんな事になっていたのか?

 しかし、驚いたのは俺だけで、ココアとエミリーはしたり顔でウンウンと頷いていた。


「ガーディアンの素材を運ぶ時も、アキラって『自分達はEランクだから』って、自分から荷運び人ポーターに立候補したじゃない。あの時、周りが変な空気になったのに気が付かなかったの?」

「わ、私もアキラさんは少し腰が低すぎると思います。あ、でも、その礼儀正しさがアキラさんのいい所だとも思いますが」


 ガーディアンの素材を運ぶ時って・・・。


 俺達が倒したガーディアン「いや、倒したのはアキラだよね」「アキラさんでした」・・・俺が倒したガーディアンは、その場に巨大な魔石と多くの素材を残した。

 調査隊のリーダー、『鉄の骨団』のドランクから報告を受けたギルドマスターは、目の色を変えたそうだ。

 それはそうだろう。今までガーディアンがこんな浅い(と言っても中層だが)階層で倒された記録はない。

 通常、ガーディアンが徘徊しているのはダンジョンの最下層、深層だ。

 そんな場所まで到達出来る冒険者など、極一握りしかいない。

 そもそも深層まで距離が遠い。そして到達できる人数が少ない。その上、ガーディアンとの激しい戦いが待っている。

 結果、ガーディアンからは魔石や極一部の素材以外、回収された事は無いのである。

 そんな貴重な素材が丸々一体分、手の届く場所に転がっている。

 ギルドは上を下への大騒ぎになったのも無理はないだろう。

 俺達冒険者は、ギルドの依頼を受け、全員が荷運び人ポーターとなってガーディアンの素材をピストン輸送する事になった。

 当然、俺達もガーディアンの素材を運んだのだが・・・


「そうは言うが、ケガ人も多かった中、俺達は誰もケガ一つしていなかったんだぞ。(まあ俺はケガどころか死にかけだった所を、スキルの効果で治ったんだが)それに俺達は元々荷運び人ポーターとしてあの場にいたんだ。率先して荷運びを引き受けるのが当たり前だろう?」

「何言ってるの。アキラはガーディアンを倒したのよ? あの場で一番働いた人間が、『荷運び人ポーターをやります』と言って、『そうだね』と納得する人がいると思う?」

「みんなイヤそうな顔をしてました」


 ウソ・・・だろ。そんな空気になっていたなんて。

 だったら誰か一言言ってくれれば――って、あっ! 調査隊のリーダー、『鉄の骨団』のドランクが俺に笑顔でサムズアップをしていたのはそういう事か!


 彼はギルドから命じられ、冒険者達を使ってガーディアンの素材を運ばなければならなくなった。

 しかし、冒険者達は激しい戦いの後で消耗していて、今はそんなキツイ仕事はしたくない。

 こいつは面倒な事になった、と思っていた所で、ガーディアンを倒した俺があっさり荷運びを引き受けた。

 「ガーディアンを倒したアキラが率先して荷運びをしているのに、お前らは何もしないのか?」そう言われてしまえば、プライドの高い冒険者達は何も言い返せない。

 ドランクは「アキラよ、良く言ってくれた」と、さぞ上機嫌だったに違いない。


「マジか・・・俺の家に『鉄の骨団』から酒樽が届いていたのはそういう意味だったのか。やけに高価な酒だったから気味が悪くて手が出せなかったが、だったら昨夜飲んじまっても良かったな」

「えっ? アキラだけズルい! 私達にも飲ませてよ!」

「わ、私はお酒はちょっと・・・」


 この世界には未成年者飲酒禁止法は存在しないが、流石に小さな子供に酒を飲ませる親はいない。

 俺の目の届く範囲で、二人に酒を飲ませるつもりはなかった。


「ココア。この仕事を長く続けたければ、酒は控える事だ」

「何それ。アキラ、オッサンっぽい」


 失礼な。親切心で言ってやっているのに。




 そんなこんなで、俺達冒険者は二日間かけてガーディアンの素材を外に運び出した。

 その報告にギルドに行った所で、俺達はDランクに昇格した事を知らされたのである。

 それを聞いたココアのテンションは爆上がり。「せっかくだから、一日も早くDランクの仕事を受けたい!」と力説した。

 この数日、調査隊に加わってずっとダンジョンで働いていたというのに、元気なヤツだ。

 これが若さか。

 結局、俺達はココアの熱意に折れ、翌日、こうしてダンジョンにやって来たのであった。


 で、そのココアは、と言うと・・・おっと。噂をすれば影が差す。

 しょんぼりと肩を落としたココアが戻って来た。


「ゴメン・・・またやっちゃった」


 そう。彼女はモンスターと戦い始めるやいなや、逃げたモンスターを果てしなく追って行ってしまったのである。


「レベルが二つも上がってもそういう所は変わらないんだな」

「うっ・・・だからゴメンって」

「せっかくスキルを覚えたって張り切っていたのに台無しね」


 ガーディアンとの戦いが終わった後、ココアは何と2つもジョブレベルが上がっていた。

 彼女の今のレベルは5。

 そう。ついに念願のスキルを手に入れたのである。

 ココアが覚えたスキルは【シャドウステップ】。

 自分の体重移動を打ち消し、まるで滑るようにステップを刻むという、攻防のどちらにも使える、かなり便利なスキルである。

 実はココアがダンジョンに来たがっていたのは、この新しく得たジョブを実際に戦闘で試してみたい、という気持ちも大きかったようだ。

 とはいえ、本人は攻撃用のスキルが欲しかったらしく、最初は少し微妙な表情をしていたが。


「私が微妙な顔をしていたのは、アキラのレベルのせいだって!」

「ココアはアキラさんに負けて悔しかったんだと思いますよ」


 ココアのジョブレベルが上がったように、俺の【七難八苦サンドバッグ】のレベルも上がっていた。

 ちなみにレベルは10。

 なんと5も上がっていた。いくらガーディアンを倒したとはいえ、デタラメである。

 これではココアが不満に思うのも当然かもしれない。

 レベルが10に上がった事で、俺はスキル・絶対防御に次いで二つ目のスキルを覚えた。

 いや、覚えたはずだが、相変わらずステータスボードには何の表示もない。

 どうやら今回も何らかの条件を満たさなければ使えない仕様らしい。

 知ってた。というか、もう諦めた。

 相変わらず俺のジョブは一筋縄ではいかないようだ。


「それより、これで依頼は達成だ。町に帰ろうか」

「待って! もう一回! もう一回だけ戦おうよ! ねっ! 次は上手くやれそうな気がするの! お願い!」

「もう。ココアはいつもそうなんだから」


 俺は「帰り道でモンスターを見つければ戦うから」と言ってココアを説得した。

 ココアは一応、納得したが、この数日、ダンジョンの中は調査隊が崩落事故の調査で探索している。

 おそらく順路の近くのモンスターは、彼らによって狩り尽くされているだろう。

 ――そう思った矢先の事だった。


「あっ。ココア。今日のお前はツイているみたいだぞ」

「えっ?」

「近くにモンスターの気配がある。あそこの木だ」


 俺は茂みの向こうの大木を指差した。

 どうやらさっきの戦闘の音を聞きつけて寄って来たモンスターのようだ。

 戦いで弱った相手を狙う気か、死んだ獲物を横から奪う気かは分からない。

 つまりはネトゲのバトロワで言う所のハイエナというヤツだ。


「あの木の後ろでジッとこっちの様子を窺っている。多分一匹。けど周りに他のヤツもいるかもしれない。油断はするなよ」

「一匹か。なら私に任せといて。武装解放トランスレーション!」


 ココアは俺が止める間こそあれ。魔力装甲マナ・アーマーを身に纏うと、俺が指差した方向に駆け出した。

 さっき戦ったばかりなのにこの元気。これが若さか・・・ってそれはもういいか。

 俺は念のためエミリーにも武装解放トランスレーションをしておくように告げ、自分も魔力装甲マナ・アーマーを身に纏った。


(崩落事故・・・か)


 イクシア達Sランクパーティー『竜の涙』を巻き込んだ崩落事故。

 例のガーディアン騒ぎもあって、その調査は先送りになっている。

 つまり、イクシア達の安否は相変わらず不明のまま、という事だ。

 ギルド的には、元々、崩落事故という珍しい事故が、中層という比較的冒険者の出入りする階層で起こったために調査を行っていただけで、『竜の涙』の安否の確認は二の次だったのだろう。

 一見、酷い話のようにも聞こえるが、冒険者の基本は自力救済。

 生きるも死ぬも、冒険者本人が負うべき問題で、本来、ギルドは彼女達を助ける義務は無いのである。


(だが、イクシアは必ず生きている)


 俺はイクシアが今もどこかで生きている事に微塵も疑いを抱いていなかった。

 あのイクシアが死ぬなどあり得ない。それこそダンジョンが丸ごと崩れても、イクシアなら平気な顔で戻って来るだろう。

 我ながらどうかとも思うが、それほど俺は彼女を――彼女の持って生まれた力を――信頼していた。

 カルロッテ達、他のメンバー達はどうかって?

 正直、彼女達だけならば厳しいと思う。

 しかし、彼女達のそばにはイクシアがいる。イクシアなら決して仲間を見捨てたりはしないだろう。

 無事にダンジョンから生きて戻ったら、また元気に俺に酷い仕打ちをして欲しいものである。


 ・・・・・・。


「アキラさん?」

「ゴホン。い、いや、何でもない」


 いかん。うっかりあの日の羞恥心を思い出して、少し気持ち良くなっていた。

 仕事中に何をやってるんだ俺は。


「ココアがモンスターを倒したようだ。俺達も合流しよう」

「分かりました」


 俺達は念のため魔力装甲マナ・アーマーを維持したままでココアの下に向かった。

 ここは危険なダンジョンだ。ハイエナのハイエナがいても全く不思議ではない。油断は禁物である。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 この時の俺は知らなかった。

 神という存在は、俺達人間の想像を遥かに超えた別次元の超エネルギー体。

 その存在に接しただけで、俺達の小さな魂は膨大なエネルギーに晒され、変貌してしまうのである。

 神域で長時間(という程でもないと思うが)女神クロスティナから注目され、言葉を(情報を)交わしてしまった俺の魂は、他の人間より高いエネルギーを持つようになっていた。

 俺のジョブが特殊なのも、おそらくその影響によるものだと思われる。

 つまり俺は、知らず知らずのうちに、物語のようなチート転生を果たしていたのである。


 しかし、俺がこの事実を知るのはずっと先の話だ。

 そこで俺はイクシアと再会。彼女も過去に女神クロスティナと出会っていた事を知るのだが・・・

 この続きはまた、その時が来ればする事にしよう。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 俺達は武装解放トランスレーション状態のままココアの下に向かった。

 だから視界の片隅にステータスボードも表示されたままになっていた。

 そこに俺は見慣れない表記を見つけた。


(これは・・・HP?)


 そう。そこに表示されていたのはHP。例のマゾポイントではなく、HPである。


(HP1? 体力1――な訳はないよな?)


 普通に考えればHPはヒット・ポイント。体力を表す数値となる。

 しかし、いくら何でも俺の体力が1という事はあり得ない。ワンダメで即死とか一体どんなオワタ式だ。

 そもそも今までステータスボードにこんな表示は無かった。

 このHPもMPと同じく、何らかの条件で増える数値と見て間違いないだろう。


(・・・考えられるのは、【七難八苦サンドバッグ】のレベルが10に達した事で覚えた新たなスキル。そのスキルを発動させるための条件、って所か)


 相変わらず、何もかも手探りで探らなければならないのがキツイ。

 確かに俺はマゾかもしれないが、気持ち良くなるのは美女からの冷たい態度に限定される。こういうのはいらないのだが・・・


 ――美女?! まさか?!


 俺はハッとその場に立ち尽くした。


「アキラさん、どうしたんですか?」

「アキラ、急にどうしたの?」


 ココアとエミリーの言葉も耳に入らない。

 自分で言うのもなんだが俺は被虐性愛者マゾヒスト。そしてMPの正体はおそらくマゾ・ポイント。

 ならばHPは――


(HPはヘンタイ・ポイントの略かあああああっ!)


 さっき俺は『竜の涙』のメンバー達から受けた刺激――いや、仕打ちを思い出して、少しだけ気持ち良く――いや、精神的なストレスを感じていた。

 その直後に現れた謎の数値HP。

 おそらく間違いない。

 MPが物理ダメージに応じて増えるポイントだったように、このHPは俺が精神的なダメージを受けるごとに増えるポイントなのだ。

 そして数値がある一定量溜まった時、スキルを発動させる条件が満たされるのだろう。

 原理は分かった。原理は分かったが――


「――だからといって納得出来るか! 俺のジョブは俺を一体どうしたいんだ――っ!!」

「ちょ、アキラ?! どうしたの?!」

「アキラさん?!」


 ダンジョンの中、突然キレて叫び出した俺に慌てるココア達だった。

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俺はサンドバッグ 元二 @moto_zi

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