第46話 人外

◇◇◇◇◇◇◇◇


 ここはダンジョンの最下層。深層と呼ばれる場所。

 ダンジョンの崩落事故に巻き込まれたイクシア達、Sランク勇者パーティー『竜の涙』の前に突如現れた異形の男。

 男は自らを”破壊の天使”と名乗った。


「は、破壊の天使だと?」

「ああ、そうだ。お前達、地上にはびこる生きとし生ける者、この惑星の命の全てを刈り取る使命を帯びて生まれた存在。それがこの俺、破壊の天使だ」


 破壊の天使。この星の命の敵。

 不思議な事に、この場にいる誰もが男の言葉を疑わなかった。

 実際、男はこうして立っているだけで不安を覚える、独特の存在感を放っていた。

 逆に「人間の味方だ」と言われた方が信じられなかっただろう。


 【聖騎士クルセイダー】のカルロッテが震える声で詰問した。


「そ、その破滅の天使とやらが、なんでダンジョンの最深部なんかにいるんだ!」

「お前ら人間ごときに教えてやる義理はねえが、退屈していた所だ。いいだろう教えてやる。俺の目的はダンジョンの暴走だよ。お前ら人間は知らないだろうが、ダンジョンってのはこの星の命を滅ぼすためのシステムだ。俺はそいつをチョコチョコといじって暴走を引き起こすつもりなのさ」


 男の言葉は正気を疑うものだった。

 ダンジョンが命を滅ぼすシステムというのも初耳だし、男の目的はそれを暴走させる事にあるというのだ。


「なっ! 貴様! そんな事をすれば、カーネルの町にどれ程の被害が出るか分かっているのか?!」

「分かっているからやってんだろボケ。やっぱ人間は低能だな」


 男の言葉に、【狩人ハンター】のドリアドが「違う」と言った。


「私は貴種エルフ。人間と一緒にしないで欲しい」

「はあ? 一緒だっつーの。貴種エルフだろうが人間だろうが、テメエらが勝手に呼び分けているだけで、俺から見れば全員無価値な雑草なんだよ」

「なんだと?!」


 種族の誇りプライドを傷付けられ、ドリアドの顔が怒りで朱に染まった。


武装解放トランスレーション!」

「ま、待てドリアド! うかつに手を出すな」


 カルロッテが止める間こそあれ。ドリアドは瞬時に魔力装甲マナ・アーマーを身に纏うと「ダブルショット」。同時に二本の矢を放った。

 ドリアドが放った矢は狙い過たず、二本とも男に命中した。

 しかし、男は平気な顔で体に突き立った矢を払い落とした。


「そ・・・そんな」

「見た目通りのザコい攻撃だ。いちいち躱すまでもねえな」


 男は鼻で笑うと、足元に落ちた矢を踏み折った。


「バカな・・・既に魔力装甲マナ・アーマーを身に纏っていたのか?!」

「ウソっ! そんなはずない!」


 確かにあり得ない話だ。

 ジョブを持つ冒険者達が武装解放トランスレーション化した際に身に纏う、魔力で作られた鎧、魔力装甲マナ・アーマー

 その特徴として、半透明で輝いている点が挙げられる。

 魔力装甲マナ・アーマーの原理が魔力の物質化である以上、どうしても完全な物質化は不可能だ。

 余剰分のエネルギーは光となり、外に放出されてしまうのである。

 しかし、男が着ているのは、どう見てもただの服にしか――真っ黒なボディースーツにしか見えなかった。


「確かに、ジョブのレベルが上がれば――魔力量が上がれば、魔力装甲マナ・アーマーが覆う面積は大きくなり、物質化は進んで行くわ! それでも完全に物質と見間違うなんてあり得ない!」


 【魔女ウィッチ】のダニエラが断言した。

 彼女のジョブレベルは12。パーティーリーダーのイクシアのレベル23には遥かに劣るが、魔法専門職だけあって、パーティーの中では最も高い魔力の持ち主である。

 というか、この若さでレベル20を超えているイクシアが化け物なのだ。

 そんなダニエラの魔力量は550。

 魔力量の上限は999なので、かなり高い数値と言える。

 そんな彼女の魔力装甲マナ・アーマーですら、緑の光のローブのような形をしていた。


「けど、魔力装甲マナ・アーマーでなければ、今の攻撃で全くダメージを負わなかった理由が説明出来ない」

「それは・・・た、確かにそうだけど」


 魔力装甲マナ・アーマーは、本来であれば装備者が負うはずだったダメージを、魔力の消耗という形で肩代わりしてくれる、冒険者達の生命線だ。

 この力があるからこそ、冒険者達は危険なモンスターと戦う事が出来るのである。

 カルロッテがダニエラに尋ねた。


「あの男がダニエラよりも魔力量が上だとすればどうだ? それなら可能性はあるんじゃないか?」

「なんだ? さっきからゴチャゴチャと。俺の魔力量が気になるのか?」


 男は小さく鼻で笑った。


「そんなに知りたいなら教えてやる。7000だ」

「えっ?」


 この場の空気が凍り付いた気がした。


「だから俺の魔力量だよ。俺の魔力量は7000だ」

「7000っ! バ・・・バカなふざけるな!」


 魔力の上限値は999。

 そもそもこの数値自体、あくまでも「おそらくそうであろう」という予想であって、現実に誰かが到達した数値ではない。


 しかし、男が告げた数値は驚異の7000。

 想像上の上限のほぼ十倍に近い量の魔力を持っていると言うのだ。

 少女達が動揺したのも無理はないだろう。


「7000って・・・そ、そんな相手にどう戦えばいいんだ?」

「騙されないで! ウソに決まってるでしょ! そんな魔力量があるはずない!」


 ダニエラは男の言葉が信じられなかった。いや、信じたくなかった。

 武装解放トランスレーション した相手を倒す場合、先ずは相手の魔力装甲マナ・アーマーを解除させなければ――相手の魔力を削り切らなければならない。

 そうしないと相手に攻撃が通らないからである。


 ちなみに『竜の涙』最大の戦力となるイクシアの魔力量は450。この男の一割にも満たない。

 計算上、イクシアは相手の十倍の手数で攻めても、まだ足りない事になる。勿論、攻撃にスキルを混ぜてしまえば、更に状況は厳しくなる。


「ひっ! ひいいいっ! こんな化け物に敵う訳がねえ!」

「に、逃げろ!」


 恐怖に耐えかねた男達(『竜の涙』と一緒にダンジョン崩落に巻き込まれていた冒険者達)が、荷物を投げ捨てて逃げ出した。

 男は不愉快そうに舌打ちをした。


「ちっ。余計な手間をかけさせんじゃねえよ。――縮地」

「なっ! 何で目の前に――ぐはっ!」

「うわああああっ! ぶげっ!」

「や、止め――ぎゃっ!」


 男はまるで瞬間移動したかのように、突如、逃げる冒険者達の目の前に現れると、無造作に手刀で彼らの首を切り落とした。

 こうして三人の冒険者達はあっさりと殺されたのであった。

 男は不思議そうに返り血の付いた手を眺めた。


「なんだ、今の手応え? まさかコイツらの装備はただの物理武装だったのか? オイオイ、俺も随分とナメられたもんだぜ。魔力武装すら身に纏っていなかったのかよ」


 魔力武装というのは魔力装甲マナ・アーマーの事を言っているのだろうか?

 どうやら男は冒険者達の装備を魔力装甲マナ・アーマーと勘違いしていたようだ。

 男にとって、それほど魔力装甲マナ・アーマーを身に纏っているのは当たり前の事らしい。


 男は死体からマントをはぎ取ると、手に付いた血を拭った。


「さて、そろそろ話も飽きて来た。次はお前らを殺す。少しでも長く生き延びられるように、せいぜい抵抗してみるがいい。だが、追うのが面倒くさいので逃げるのはナシだ」

「!!」


 『竜の涙』のメンバー達の間に戦慄が走った。

 恐怖と緊張で誰かの喉がゴクリと鳴った。

 全員がまるで蛇に睨まれた蛙のようにピクリとも動けない。

 いや、蛇と蛙の方がまだ可愛げがある。それほど彼女達と男の間には絶望的な格差があった。


 彼女達もようやく理解したのだ。この男は紛れもない化け物。絶対の強者であると。

 圧倒的な暴力を、人間の形をした型に無理やり押し込めた、理不尽な生き物であると。

 膨大な魔力の塊。

 意志を持った天変地異。

 人間では敵わない存在。

 命を持つ者の天敵。死の使い。


 正に破壊の天使。


 そう呼ぶにふさわしい存在であると。




 動きを止めた『竜の涙』の美女達に、男はつまらなさそうに呟いた。


「なんだ、抵抗しないのか? まあいい、だったら直ぐに終わらせて――」

「あ。話、終わった?」


 突然、男の言葉は遮られた。この場にそぐわない緊張感に欠けた声だ。

 ここまでずっと無言で会話に加わらなかった人間。『竜の涙』のリーダー、イクシアである。


「ゴメン。何だか長い話になりそうだったから、ついボーッとしてた」


 イクシアはチラリと周囲を見回した。その目が首の無い冒険者達の死体の上に止まる。


「・・・殺しちゃったんだ。私達の代わりに荷物を運んでくれてたのに」


 イクシアは不愉快そうに眉間にしわを寄せた。

 そして淀みない動きでスラリと剣を引き抜くと、その切っ先を男に向けた。

 たったそれだけの動きが、まるで舞踊か何かのように洗練されていた。


「コイツがやったんでしょ? だったらコイツも殺しちゃっていいよね」


 いつもなら頼もしく感じるはずの、イクシアのマイペースな態度とセリフ。

 しかし、今回だけは状況が――相手が悪かった。


「イクシア、駄目!」

「イクシア、よせ! 相手が悪い」

「ヤツは化け物なのよ!」


 仲間達は必死になってイクシアを止めた。


「化け物? 確かにズボンから羽根や尻尾が生えてるけど」

「それだけじゃない! あいつの魔力は7000もあるんだ!」


 カルロッテの言葉に流石のイクシアも目を見張った。


「何それスゴイ! 私以外で魔力が千を超えている人って初めて見た! あれ? アイツって人って扱いでいいのかな?」

「だから化け物だと――えっ? 私以外で、だって?」


 イクシアの言葉に、今度は仲間達が目を見張った。


「千を超えるって・・・イクシア。あなたの魔力は450だって――」

「あ、ゴメン。あれウソ」


 イクシアはダニエラの言葉をサラリと否定すると、「だって説明が面倒だったし」と手を振った。


「確か魔力の上限は999とか言われているんでしょ? 千を超えたなんて言ったら、絶対、貴族とか王家とかが放っとかないじゃん。私、『冒険者なんて辞めて王宮魔術団に仕えよ』とか命令されるのイヤだし」


 いかにもイクシアらしい理由だが、それはそれ。

 ドリアドが仲間達が最も気になっていた事を聞いた。


「魔力が千を超えたって・・・なら今、イクシアの魔力はいくらなの?」

「6800かな」

「「「六千?!」」」


 あまりにも桁外れな数値に、仲間達は顎が外れそうなほど大口を開いた。

 イクシアは興味深そうにこちらの話を聞いている男に――破壊の天使へと向き直った。


「でも、アイツを倒してレベルアップしたら、次は七千を超えるかもね」

「ほう・・・この俺に勝つつもりでいるのか?」


 男は嬉しそうにニヤリと笑った。


「気に行った。お前は特別に五体をバラバラに刻んで殺してやるよ」

「なら私は五体に羽根、ついでに尻尾もバラバラにして殺す事にしよっか」


 こうして人外の怪物同士の一騎討ちが始まったのだった。

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