第45話 勝利の雄叫び

 俺のジョブ、【七難八苦サンドバッグ】のスキル・絶対防御。

 コイツの効果は文字通り、あらゆる攻撃からの絶対防御。

 攻撃判定の基準は今の所あやふやだが、ほとんど全ての攻撃をノーダメージで防いでくれるようだ。

 ダンジョンボスであるガーディアンの攻撃だろうが例外ではない。

 おそらく、勇者のジョブを持つイクシアのスキル攻撃ですら、完全に防げてしまうのではないだろうか?

 ”絶対”防御の名は伊達ではない。といった所か。


 そして先程俺がガーディアンの締め付けから抜け出せた理由。

 それは多分、”俺の自由を妨げる状態”を、スキルが”攻撃”と判断したためだと思われる。

 「俺は動こうとしているのにそれを邪魔している。これは俺に対する攻撃だ」そういう理由なんだろう。

 我ながら、どんな理屈だ? と思わないでもないが、そう考えなければ、ガーディアンの攻撃をことごとく防げている理由が説明出来ない。

 相手の攻撃の意思に関わりなく、スキルが「邪魔だ」と判断すれば即時攻撃認定される。そして強引に障害をねじ伏せる。

 何というジャイアニズム。そして何というチート能力。


 更にスキルは発動直後、それまでの戦闘で負っていたケガは完全に治療される。

 これは負傷による痛みや傷も、いわゆるスリップダメージ――攻撃と判断されるためだろう。

 ここまで来れば便利過ぎて冗談のようだ。本当にこれでいいのか? と問い詰めたくなる程である。(誰を?)


 このように絶対防御は非常に強力なスキルだが、その効果時間はたったの三分間。

 戦闘中に溜めたMPがゼロになるまでである。

 つまり俺のジョブ、【七難八苦サンドバッグ】は、戦闘中にMPを溜め、その溜まったMPでスキル・絶対防御を発動させ、完全無敵の時間内に敵を倒す能力。と考えて良いだろう。

 確かにメリットはデカいが、その分、デメリットもデカい。

 MPが溜まるまでは、ステータスの体力値が上がるだけで、ジョブを持たない無能とほとんど変わらないのである。

 まあ、俺は今まで無能として何年も冒険者を続けて来たからな。デメリットと言う程デメリットとは感じないのだが。


 それはさておき。

 誰も知らないジョブとはいえ、ここまで理解するのに随分と時間がかかったもんだ。

 俺はため息をつきたい気分だった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 アキラは【七難八苦サンドバッグ】の能力をようやく分かったつもりになっているようだが、まだ理解が浅い。

 彼は絶対防御の能力について根本的に勘違いしている。

 その力は物理手段に対する絶対的な防御。

 仮に今この瞬間、この惑星が爆発、四散したとしても、スキル・絶対防御を発動中の彼は死ぬ事はないだろう。

 荒れ狂う膨大なエネルギーも、まるでそよ風のように感じたはずである。

 そして真空の宇宙空間でも、彼は死ぬ事は無い。

 彼の身に降りかかるあらゆる障害は”攻撃”と判断され、彼に届く前に自動的に消滅してしまうからである。(もちろん、MPが切れ、スキルが解除された途端、真空曝露で死んでしまうだろうが)


 魔力とはスキルのコストであり、魔力装甲マナ・アーマーのコストでもある。

 MPはその魔力の完全上位互換となる高レベルのエネルギー。この世界を作り上げた神の力。その一部を宿したエネルギー。

 そう。絶対防御の真の正体は神の防御力。

 絶対防御は、たったの三分間限定とはいえ、その身に神の力を得る能力、と言い換えても良いスキルなのである。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 とにかく時間が無い。

 スキル・絶対防御の残り時間は、もう、三十秒を切っている。

 俺は急いで『荒野の落雷』のリーダー、オモニをこの場に呼んで貰った。

 幸い、オモニはすぐ近くにいた。

 オモニはボディービルダーのようなポーズを取りながらやって来た。


「僕に話とは何かな?」

「俺を全力でヤツに目掛けてぶん投げて欲しい」


 オモニのジョブは【力士レスラー】。彼は優男の見た目に似合わぬ、パワータイプの前衛なのだ。

 オモニは俺とヤツ――鎌首をもたげてこちらを警戒しているガーディアン――とを見比べると、爽やかな笑みを浮かべた。


「意味は分からないが、勿論、いいとも」

「急いで頼む。俺達がガーディアン勝てるかどうかはあんたにかかっているんだ」


 俺の予想が正しければ、上手くいくはずだ。

 いや。俺達がヤツに――ガーディアンに勝つためにはこれしか方法はない。


「そう聞かされると張り切らざるを得ないな。スキル金剛力。むんっ!」


 オモニが力を入れると、彼の体は一回り大きくなった。

 【力士レスラー】のジョブのスキル・金剛力だ。

 短時間だけ自分の筋力を三倍まで高めるスキルである。

 もちろん、いくらスキルとはいえ、人間の筋肉がこんな風に瞬時に大きくなる訳はない。

 オモニの体を覆っている金色のゴツゴツとした魔力装甲マナ・アーマー

 この魔力装甲マナ・アーマーがパンプアップして、SF映画に出て来るパワードスーツのように彼の筋力を増幅しているのである。


 問題は、俺に対するオモニの行動を、俺のスキル・絶対防御が攻撃と判断してしまうかどうかだが・・・これに関しては、多分大丈夫じゃないかと思う。

 オモニはおもむろに俺の肩に手を置くと――なぜか後ろに回った。


「えっ? あれ? お、おい、何をする気だ?」


 不穏な空気の中、彼は俺を背後から抱きしめると・・・そのままよいしょと持ち上げた。


「えっ? ちょ、待て! 浮いてる! 足が浮いてるから!」


 オモニは慌てる俺を無視。俺を抱きかかえたまま、少し向きを整えた。

 そして鋭く息を吐くと・・・「ムンッ!」。

 俺を背後に放り投げたのである。

 プロレス技で言う所の、”投げっぱなしジャーマン”である。


「ウ、ウソだろおオオオオオオ!」


 確かに俺は「投げてくれ」とは頼んだ。頼んだが、まさかこんな投げられ方をするなんて想像していなかった。

 オモニは見事なブリッジを決めたまま、白い歯をキラリと光らせた。うるさいよ。

 ていうか、普通に投げろよ。


 投げ方はちょっとアレだったが、オモニのスキルはやはり凄い。

 俺はまるで弾丸のように、一直線にガーディアンに向かって飛んでいった。

 さしものガーディアンも、自分に向かって生身で飛んで来る人間がいるとは思わなかったようだ。

 躱すでもなく迎撃するでもなく、シューシューと警戒音を鳴らしながら呆然と立ち尽くしていた。


(上手くいった!)


 さっきココアに抱き着かれた時に分かったが、俺のスキル・絶対防御は、俺が「これは攻撃ではない」と判断した動きには反応しないようだ。

 そうではない動きに関しては、スキルが自動的に「攻撃」と判断して、全て遮断してしまうらしい。

 エミリーの強化魔法をはじいたのがいい例だ。

 あの時、俺は特に何も考えていなかった。そのせいで、スキルが勝手にエミリーの魔法を攻撃認定してしまったのだろう。

 オモニの行動は、俺が「攻撃ではない」と思ったため、疎外されなかったのである。


 ガーディアンの巨大な体が、俺の視界いっぱいに広がった。


(ガーディアンは俺の進行方向を妨げる障害物。妨害者。邪魔者)


 俺が強く念じる事で、スキルはきっと働くはずである。

 俺はチラリと視界の片隅のステータスボードを確認した。MPの残りは12。

 後12秒で絶対防御が切れてしまう。

 仮に失敗しても二度目のチャンスは無い。失敗は許されない。


(どけえええええええっ!)


 俺は心の中で絶叫した。




(どけえええええええっ!)


 俺は頭からガーディアンにぶつかっていた。

 とはいえ、衝撃はほとんど無かった。

 せいぜい、頭からシャワーを浴びた、その程度の感覚だった。

 俺はガーディアンの体を突き抜け、何事も無かったかのようにスタンと地面に降り立った。

 流石はスキル・絶対防御。物理法則に正面からケンカを売っていくスタイルである。


 そんな事より。

 俺は慌てて背後を振り返った。

 俺の視界の先で、グラリ・・・。大木のような大きな影がゆっくりと傾いていった。

 やがて――


 ズシ――ン。


 湿地帯の水を跳ね上げながら、巨大なモンスターが大地に倒れた。

 その眉間のド真ん中には大きな穴が開いている。

 どうやら即死のようだ。

 オモニのコントロールは俺の想像以上に正確だったらしい。

 あんなふざけた投げ方だったくせに。


「あっ」


 その時、プールから上がった時のような脱力感が俺の体を襲った。

 ステータスボードを確認すると、スキルとMPの表示が消えている。

 どうやら時間切れのようだ。


「ギリギリ間に合ったか・・・」


 俺はホッと胸をなでおろした。


 倒れたガーディアンの向こう。俺が飛んで来た場所に冒険者達の一団が呆然と立ち尽くしていた。

 全員、声も無く呆けたようになってピクリとも動かない。

 誰もが目の前の光景を信じられないようだ。

 それはそうだ。

 今まで自分達が必死で戦って、それでも敵わなかった化け物が、突然あっさりと、しかもこんな訳も分からない形で倒されてしまったのだ。

 悪い冗談を見せられたような気分なのだろう。


 俺は申し訳ない気持ちになりながらも、パーティーメンバーの姿を――ココアとエミリーの姿を探した。

 二人は直ぐに見付かった。

 俺は二人に手を振った。


「おおい! ココア! エミリー! 無事かーっ?!」


 我ながら「お前が言うのか?」と思わないでもないが、咄嗟に他に言葉が出て来なかったんだから仕方がない。

 まあこういうのは言葉の内容より、無事な姿を見せる方が大事だからな。


 俺の声が届いたのだろう。ココアとエミリーは嬉しそうに、俺に手を振り返した。

 すると、冒険者達の中にも、なぜか俺に手を振る者達が現れた。

 やがてその動きは周囲に伝わり、最初はポツリポツリと、そして直ぐに全員が千切れんばかりに大きく手を振り始めた。

 いや、何なんだコレ。


「「「「うおおおおおおっ!!」」」」


 冒険者達のあげる雄叫びがダンジョンの空気を震わせた。

 それは戦いの終わりを告げる、勝利の雄叫びだった。

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